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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第67話 ソクラテスとプラトンとの対話4
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ソクラテスはプラトンにむけて口を開きかけたところだったが、すぐさまスピロのほうへ怒気をふりむけた。
今のことばは聞き捨てならなかったらしい。
「なんじゃとぉ」
「どういうことです?」
プラトンも思わずスピロを問いただした。スピロはふたりの顔を交互に見ながら、諭すように言った。
「今から400年後から広まりはじめる『キリスト教』という宗教の『神学』と結びついたせいで、ピタゴラスの流れをくむ哲学が主流になったのです。そのせいで、ソクラテス様の哲学も、タレスの哲学も軽視されてすっかり廃れてしまうことになるのです」
「廃れた……だと……。ピタゴラスの哲学にわたしの哲学が屈したと……」
「いえ、今では別の名前で呼ばれています」
「なんと……、なんと呼ばれているのじゃ」
「『プラトン哲学』です」
「な……」
ソクラテスはことばをうしない、プラトンはさっと血相を変えた。
「ど、どういうことです……、スピロさん。まだ見知らぬ未来のことと言えども、言って良いこととわるいことが……」
「これが真実ですわ。プラトン様、あなたはそこにいるソクラテス様の弟子ではありますが、ピタゴラス派の思想に傾倒していき、その哲学を確立して、あなたの弟子になるアリストテレスという男が、それを完成させます」
「わしの哲学は……どういうことだ。プラトン」
プラトンはすぐにことばを紡げなかった。スピロはソクラテスに言った。
「いえ、もちろんプラトン様はソクラテス様の『知を吟味する哲学』も説きました。が、それはピタゴラスの哲学を邪魔しない範囲内でです。それは『数』にこそ、この世の真理が詰まっている、という考えを後押しするための手段としての『問答』に、ほかなりません」
「そ、それはソクラテス様の教えをより深くしるための手段として……」
プラトンがとりあえず、その場を取りつくろう程度の言い訳を訥々と口にしはじめたが、スピロはそれをひとことで断じた。
「プラトン様、すこし見苦しいですよ。あなたがこのあと創設する学校『アカディミア』の入り口に、あなたはこう書いていますよ——。
『幾何学を学ばないものはこの門をくぐるな』、とね」
ソクラテスはもうなにも言わなかった。
プラトンもなにも抗弁しようともしなかった。ただ、彼の顔にはおびただしい脂汗が浮かんで、だくだくと流れ落ちていた。
スピロはため息をついた。
まいったな——。ふたりとも尻尾を出さなかったか……。
これだけゆさぶりをかけたのに、ふたりとも【悪魔の証】らしいものを一切みせなかった。どちらかでも迂闊に口を滑らせてくれれば、もしくはおかしな行動をとってくれれば、それを突破口に悪魔の失態につけ込み、おおきく力を削ぎ落とすことができたのに、と考えると、今回のトライアルはおよそ合格点とは言えなかった。
残ったのは、だれもが口をきかない重苦しい空気だけになってしまった。
そのとき、はるかむこうから、観衆の頭の上をぴょんぴょんととび跳ねながら、やってくるマリアの姿が見えた。未練の力を使ってからだを浮かせているのだろう。実に軽やかに、しかも楽しそうに、人の頭を足蹴にしている。
「スピロ、タルディスはもうすぐこの会場に姿を見せるぜ」
マリアはプラトンの頭の上に足を乗せてからそう言った。が、すぐにソクラテスとプラトンが押し黙って、険悪な様子になっているのを察知した。
「おい、スピロ。てめぇ、なにを言った?」
「いえ、ちょっと哲学について語っていただけですが……」
だが、マリアはこれ以上ないほどの猜疑の目で睨みつけながら、うれしそうに口をゆがませて言った。
「すげぇな、スピロ。なにを言ったら、弁論術に長けた希代の賢人たちを、こんな風に押し黙らせられる?」
今のことばは聞き捨てならなかったらしい。
「なんじゃとぉ」
「どういうことです?」
プラトンも思わずスピロを問いただした。スピロはふたりの顔を交互に見ながら、諭すように言った。
「今から400年後から広まりはじめる『キリスト教』という宗教の『神学』と結びついたせいで、ピタゴラスの流れをくむ哲学が主流になったのです。そのせいで、ソクラテス様の哲学も、タレスの哲学も軽視されてすっかり廃れてしまうことになるのです」
「廃れた……だと……。ピタゴラスの哲学にわたしの哲学が屈したと……」
「いえ、今では別の名前で呼ばれています」
「なんと……、なんと呼ばれているのじゃ」
「『プラトン哲学』です」
「な……」
ソクラテスはことばをうしない、プラトンはさっと血相を変えた。
「ど、どういうことです……、スピロさん。まだ見知らぬ未来のことと言えども、言って良いこととわるいことが……」
「これが真実ですわ。プラトン様、あなたはそこにいるソクラテス様の弟子ではありますが、ピタゴラス派の思想に傾倒していき、その哲学を確立して、あなたの弟子になるアリストテレスという男が、それを完成させます」
「わしの哲学は……どういうことだ。プラトン」
プラトンはすぐにことばを紡げなかった。スピロはソクラテスに言った。
「いえ、もちろんプラトン様はソクラテス様の『知を吟味する哲学』も説きました。が、それはピタゴラスの哲学を邪魔しない範囲内でです。それは『数』にこそ、この世の真理が詰まっている、という考えを後押しするための手段としての『問答』に、ほかなりません」
「そ、それはソクラテス様の教えをより深くしるための手段として……」
プラトンがとりあえず、その場を取りつくろう程度の言い訳を訥々と口にしはじめたが、スピロはそれをひとことで断じた。
「プラトン様、すこし見苦しいですよ。あなたがこのあと創設する学校『アカディミア』の入り口に、あなたはこう書いていますよ——。
『幾何学を学ばないものはこの門をくぐるな』、とね」
ソクラテスはもうなにも言わなかった。
プラトンもなにも抗弁しようともしなかった。ただ、彼の顔にはおびただしい脂汗が浮かんで、だくだくと流れ落ちていた。
スピロはため息をついた。
まいったな——。ふたりとも尻尾を出さなかったか……。
これだけゆさぶりをかけたのに、ふたりとも【悪魔の証】らしいものを一切みせなかった。どちらかでも迂闊に口を滑らせてくれれば、もしくはおかしな行動をとってくれれば、それを突破口に悪魔の失態につけ込み、おおきく力を削ぎ落とすことができたのに、と考えると、今回のトライアルはおよそ合格点とは言えなかった。
残ったのは、だれもが口をきかない重苦しい空気だけになってしまった。
そのとき、はるかむこうから、観衆の頭の上をぴょんぴょんととび跳ねながら、やってくるマリアの姿が見えた。未練の力を使ってからだを浮かせているのだろう。実に軽やかに、しかも楽しそうに、人の頭を足蹴にしている。
「スピロ、タルディスはもうすぐこの会場に姿を見せるぜ」
マリアはプラトンの頭の上に足を乗せてからそう言った。が、すぐにソクラテスとプラトンが押し黙って、険悪な様子になっているのを察知した。
「おい、スピロ。てめぇ、なにを言った?」
「いえ、ちょっと哲学について語っていただけですが……」
だが、マリアはこれ以上ないほどの猜疑の目で睨みつけながら、うれしそうに口をゆがませて言った。
「すげぇな、スピロ。なにを言ったら、弁論術に長けた希代の賢人たちを、こんな風に押し黙らせられる?」
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