ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜

第35話 幅跳びはオレたちの世界のものとは違うらしいぞ

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 新記録の興奮がまだおさまっていなかったが、すぐに選手たちはスタディオンの端のほうへ移動するように係員にうながされた。

 幅跳びハルマの競技場はスタディオンの一部を借りて行われた。ツルハシでスタディオンの地面の一角を掘って、すこし柔らかくしたスカンマ砂場と呼ばれる着地点を設けただけだった。しかも近代の幅跳びとは異なり、助走のためのフィールドはそれほど長い距離はとられておらず、どんなに勢いをつけたくても、あっという間に踏切板バーテルに達してしまう。
 審判員が金属製の奇妙な形をした物体を運んできた。
 それはダンベルに形状が似ている金属製の重りだった。両端が膨らみ真ん中が持ちやすいように、やや絞られているのも、二個が対になっているのもダンベルとおなじだ。ただ、いくつかの形状の違いがあり、絞りにカーブがつけられていて、公衆電話の受話器に似ているものもあった。

 セイはその中の一つを持ちあげてみた。
「おい、オレのを触るんじゃねぇ、タルディス。オマエのは隣のだろうが!」
 ひとりの選手がセイのほうへ、怒りの目をむけていた。
「あ、ごめんなさい」
 セイは反射的にその選手に謝ったが、他の選手たちもセイの方に強い敵意をむけていることに気づいた。
『円盤投げ』の記録を出したことで、ふいにライバル視すべき人物に急上昇してきたのだろう。
 いや、要注意人物のレッテルを貼られたのか……。

 そのとき、マリアが声をひそめてきた。
「セイ。どうやら、幅跳びはオレたちの世界のものとは違うらしい。そこに持ち込まれた『ハルテレ』とかいう重りを両手にもって跳ばなくちゃならんそうだ」
 セイは先ほどの隣のハルテレに両手を伸ばした。両腕でぶら下げてみると、ずしりとした重みが伝わってくる。
「マリア、嘘だろ?。これさっきの円盤より重たいよ。こんなの持って飛距離が延びるわけない」
 すると今度は右耳の方から、エヴァがやさしく語りかけてきた。
「それを両手で前に突き出して、うしろに放り投げることで、前への推進力が生れるそうですよ」
「いや、いや、無理だろ。こんなの持って走るだけで無理ゲーだって」

 やわらかでゆっくりとしたリズムがスタディオンに流れはじめた。それは有名な奏者が二重笛ディアウロスで奏でる幅跳びハルマ用の調べだった。
 あきれるほどのんびりしたその笛の音色をききながら、待機する選手たちは力強く屈伸をはじめた。選手たちのなかには、コーチ専用ブースに駆け寄り、やはり素っ裸のコーチたちに指示を仰いでいる者もいる。
『ずいぶんのんびりした音楽だなぁ』
 セイが呟くと、スピロが説明をしてきた。
「セイ様。その音楽のテンポにからだを馴らしておいてください。この幅跳びハルマという競技は、この笛の音色にあわせて跳ぶことが義務づけられています」
「ちょ、ちょっとぉ。こんな間延びしたテンポに合わせてなんて跳べないよぉ」
「残念ですがセイ様、この笛の音は音楽の神様でもある『アポロン』が幅跳びで優勝したことを讚えて演奏されるようになった神聖な音色ですのよ。選手たちの高ぶる魂を沈めることで、集中力を高め、理想的なフォームを保つ手助けになるそうです」
「スピロ、こんなのじゃあ、とてもモチベーションをあげられないし、遠くまで跳べそうもないよぉ……」
「セイ様。あなたはなにか勘違いをしているようですね。この競技は遠く飛ぶだけの競技であはありません。この幅跳びハルマという競技は、遠くだけでなく、美しく飛ばないと失格になるのですよ」
 突然重要なことを言ってきたので、あわててセイが聞き返した。
「スピロ。どういうことだ?」
「この競技は笛の音色にあわせて飛んで、きっちりと足を揃えて着地することが絶対条件です。着地の乱れは精神が崩れたものだって言われております。ですから、着地は足を揃えて、くっきり砂場に足跡がつかくように飛ばないと失格になります。まぁ、しかたありませんわ。ゼウス神に捧げる奉納の舞いみたいなものですからねぇ」
 スピロがひとごとのようにそう言うと、マリアが突っ込みをいれてきた。


「おいおい、これじゃあ、まるっきり奇祭だな」

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 幅跳びハルマという競技が、じぶんたちの知っているものとかなり違うことへの違和感はあったが、とりあえずベストを尽くすしかないので、セイはほかの選手を見習ってストレッチをおこなうことにした。
 セイは足を脱力させてぶらぶらと振り子のようにふってみたり、前かがみの姿勢で腕を付根からぐるんぐるん回して、肩甲骨を動かしたりした。ほかの選手が筋肉やけんを屈伸でゆるめているのとはまったく違う動き。
 はじめて見るおかしな動きの柔軟体操は、観衆にはよほど滑稽こっけいに映ったらしい。あちらこちらから嘲笑を含んだようなどよめきが漏れ聞こえてきた。
 左耳にマリアの声が響く。
「お、セイ、てめえ、なにやってる。笑われてるぞ」
「なにって、動的ストレッチ」
「動的ってなんだ?」
 マリアが反射的に疑問を口にしたが、すぐさまスピロがそれに答えた。
「マリアさん。それは21世紀のスポーツ界で提唱されている最新ストレッチですよ。ほかの選手たちが行っている、筋肉を引っ張って、からだを柔らかくするストレッチとは、まったくちがうアプローチのものです」
「ストレッチって言えば、いろんなとこを伸ばしたり縮めたりするモンだろうがぁ」
「怪我をしないためでしたらね。ですが、そのやりかただと、アスリートにとってもっとも重要な、バネになる筋肉や腱を伸ばしきってしまい、パフォーマンスをむしろ低下させるのです」
「で、それを防ぐのが、その動的ストレッチなんですね」
 スポルスの説明に感心したようにエヴァが言った。
 セイが肩甲骨ごと腕をまわしながら言った。


「そうだよ。キミたちはメジャーリーガーの前田投手がやってるの見たことないかなぁ……」
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