139 / 935
ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第27話 セイ、オリンピック参戦!!!
しおりを挟む
観衆がわーっとおおきく沸き立った。
第一種目の槍投げが終了し、次の種目の円盤投げに移ろうとした矢先に、タルディスがなにごともなかったように戻ってきたのだ。盛り上がらないはずがない。リタイア確実だとすっかり落胆していたアテナイの市民たちはもちろん、ヒッポステネスと互角の飛距離をだしたタルディスとの勝負が続くことを、みな素直に喜んでいた。
万雷の拍手と声援がセイにむけられる。
何万もの歓声が自分だけに向けられているという状況はセイにとってもはじめてだった。自分が別の人物のからだを借りていることも忘れて心が踊った。
いくぶん顔が上気しているのを感じながら、競技場のなかから観客席のほうを見回した。
四方からトラック内にこぼれ落ちてきそうなほど、ひしめき合っている異常な状態があらためて見て取れた。自分たちの知っているスタジアムは、かなり勾配のある椅子が整然と並んでいるが、それでも満員ともなると人が波のようにうねる。
だが、このスタディオンがもつ圧力はそんなものではなかった。
ただの200メートルの長さの空き地を取り囲むちょっとした土手。そこにスタジアムとおなじ4万人もの人が詰め込まれているのだ。それは『波』のような動きもない、ただの『壁』にしか見えない。
セイは観客たちにむかって手をふってみせた。一層おおきな歓声があがった。セイは手を振りながら、指先や足先まで自在に動かせるか確認してみた。憑依したタルディスのからだは、驚くほどスムーズに動いてくれた。
よし、問題ない——。
「勝てっこない!」
あのあと、マリアは言った。
「相手は、オリンピックの選手だ。ただの高校生が、素のまま太刀打ちできるはずがねぇ」
「マリアさんの言う通りです。セイさん。競技によっては、殺されてしまうかもしれません」
エヴァも心配げな目をむけた。
「やってみるよ。円盤投げは一度、陸上部の体験入部でちょこっとだけ齧ったことがあるし、幅跳びは体育の授業でやったし……」
「ちょこっとって……。セイさん、オリンピックですよ。見よう見まねでできるとは……」
「バカか!、セイ。最後のレスリングはどうするつもりだ?」
エヴァもセイも否定的な意見を矢継ぎ早にがなりたててきた。が、スピロだけは真剣な目でセイを見つめてきた。
「セイ様。今はこの方法しか思いつきません。だからお願いします」
「スピロ、おまえ、無茶を言う……」
マリアがスピロに抗議したが、スピロは声を強めてマリアのことばを制した。
「無茶をやってもらわねば困るのです!」
「セイはてめぇの尻拭い係りじゃねぇぞ!」
「あなたの尻拭い係でもないはずです」
スピロがからだを前に乗り出して、睨みつけてくるマリアに鋭い視線をくれた。
「あなたもタルディス様をお守りできなかったんです。責任を感じなさい」
その言い草にマリアがぶち切れた。
「てめぇ、やっぱりそういう気持ちでいたか!」
マリアがからだをさらに前に乗り出して、スピロに掴みかかろうとした。その体重移動のせいで、肩車をしているプラトンの頭がひっぱられる。
「ちょ、ちょっとマリアさん……」
からだが前傾姿勢になったプラトンがバランスをとろうとしてふらつく。それに気づいてソクラテスがプラトンのからだに手をやって支えようとしたが、支えきれずにふたりともその場に倒れ込んでしまった。ぎゅう詰めのなか倒れたので、巻き込まれたあたりの観衆たちが、プラトンたちの下敷きになった。
「かーっ、プラトン。幼子のひとりも抱えきれねぇのかよ」
タルディスが、マリアたちのいるほうをちらりと見た。
そこにセイの身体があった——。
眠るように目を閉じたままだったが、依然その場に立っていた。セイのからだは、左側からスピロが、右側からエヴァが支え、背中側からゾーイが手で押して支えてくれていた。頬っぺたがくっつくほど人が密集していることが幸いして、意識がない抜け殻の状態でもセイのからだは立っていられた。
『セイさん、聞こえますか?』
ふいにセイの右耳の近くでエヴァが囁く声が聞こえた。中身が抜けでたセイのからだの耳元で耳打ちした声が、タルディスに憑依したセイにも聞こえている。
「あぁ、聞こえる」
セイは呟くように言った。
『よかった。こちらでもセイさんの声が聞こえます』
どうやら、セイの抜け殻のからだはトランシーバーのような役割ができるようだった。
ふいに左耳のほうから、マリアが大声でまくしたててきた。
「セイ、もうオレはうだうだ言わねぇ。ただ現代の人類代表として……」
「たかが2400歳、年喰ってるだけのやつらに負けないでくれ!」
第一種目の槍投げが終了し、次の種目の円盤投げに移ろうとした矢先に、タルディスがなにごともなかったように戻ってきたのだ。盛り上がらないはずがない。リタイア確実だとすっかり落胆していたアテナイの市民たちはもちろん、ヒッポステネスと互角の飛距離をだしたタルディスとの勝負が続くことを、みな素直に喜んでいた。
万雷の拍手と声援がセイにむけられる。
何万もの歓声が自分だけに向けられているという状況はセイにとってもはじめてだった。自分が別の人物のからだを借りていることも忘れて心が踊った。
いくぶん顔が上気しているのを感じながら、競技場のなかから観客席のほうを見回した。
四方からトラック内にこぼれ落ちてきそうなほど、ひしめき合っている異常な状態があらためて見て取れた。自分たちの知っているスタジアムは、かなり勾配のある椅子が整然と並んでいるが、それでも満員ともなると人が波のようにうねる。
だが、このスタディオンがもつ圧力はそんなものではなかった。
ただの200メートルの長さの空き地を取り囲むちょっとした土手。そこにスタジアムとおなじ4万人もの人が詰め込まれているのだ。それは『波』のような動きもない、ただの『壁』にしか見えない。
セイは観客たちにむかって手をふってみせた。一層おおきな歓声があがった。セイは手を振りながら、指先や足先まで自在に動かせるか確認してみた。憑依したタルディスのからだは、驚くほどスムーズに動いてくれた。
よし、問題ない——。
「勝てっこない!」
あのあと、マリアは言った。
「相手は、オリンピックの選手だ。ただの高校生が、素のまま太刀打ちできるはずがねぇ」
「マリアさんの言う通りです。セイさん。競技によっては、殺されてしまうかもしれません」
エヴァも心配げな目をむけた。
「やってみるよ。円盤投げは一度、陸上部の体験入部でちょこっとだけ齧ったことがあるし、幅跳びは体育の授業でやったし……」
「ちょこっとって……。セイさん、オリンピックですよ。見よう見まねでできるとは……」
「バカか!、セイ。最後のレスリングはどうするつもりだ?」
エヴァもセイも否定的な意見を矢継ぎ早にがなりたててきた。が、スピロだけは真剣な目でセイを見つめてきた。
「セイ様。今はこの方法しか思いつきません。だからお願いします」
「スピロ、おまえ、無茶を言う……」
マリアがスピロに抗議したが、スピロは声を強めてマリアのことばを制した。
「無茶をやってもらわねば困るのです!」
「セイはてめぇの尻拭い係りじゃねぇぞ!」
「あなたの尻拭い係でもないはずです」
スピロがからだを前に乗り出して、睨みつけてくるマリアに鋭い視線をくれた。
「あなたもタルディス様をお守りできなかったんです。責任を感じなさい」
その言い草にマリアがぶち切れた。
「てめぇ、やっぱりそういう気持ちでいたか!」
マリアがからだをさらに前に乗り出して、スピロに掴みかかろうとした。その体重移動のせいで、肩車をしているプラトンの頭がひっぱられる。
「ちょ、ちょっとマリアさん……」
からだが前傾姿勢になったプラトンがバランスをとろうとしてふらつく。それに気づいてソクラテスがプラトンのからだに手をやって支えようとしたが、支えきれずにふたりともその場に倒れ込んでしまった。ぎゅう詰めのなか倒れたので、巻き込まれたあたりの観衆たちが、プラトンたちの下敷きになった。
「かーっ、プラトン。幼子のひとりも抱えきれねぇのかよ」
タルディスが、マリアたちのいるほうをちらりと見た。
そこにセイの身体があった——。
眠るように目を閉じたままだったが、依然その場に立っていた。セイのからだは、左側からスピロが、右側からエヴァが支え、背中側からゾーイが手で押して支えてくれていた。頬っぺたがくっつくほど人が密集していることが幸いして、意識がない抜け殻の状態でもセイのからだは立っていられた。
『セイさん、聞こえますか?』
ふいにセイの右耳の近くでエヴァが囁く声が聞こえた。中身が抜けでたセイのからだの耳元で耳打ちした声が、タルディスに憑依したセイにも聞こえている。
「あぁ、聞こえる」
セイは呟くように言った。
『よかった。こちらでもセイさんの声が聞こえます』
どうやら、セイの抜け殻のからだはトランシーバーのような役割ができるようだった。
ふいに左耳のほうから、マリアが大声でまくしたててきた。
「セイ、もうオレはうだうだ言わねぇ。ただ現代の人類代表として……」
「たかが2400歳、年喰ってるだけのやつらに負けないでくれ!」
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ドマゾネスの掟 ~ドMな褐色少女は僕に責められたがっている~
桂
ファンタジー
探検家の主人公は伝説の部族ドマゾネスを探すために密林の奥へ進むが道に迷ってしまう。
そんな彼をドマゾネスの少女カリナが発見してドマゾネスの村に連れていく。
そして、目覚めた彼はドマゾネスたちから歓迎され、子種を求められるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる