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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第18話 どうやってこいつを勝たせるつもりだ
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夜遅くにセイたちはもう一度タルディスとじっくりと話し合いをすることになった。ソクラテスとプラトンは、ヒポクラテスと共に酒屋のほうで哲学や医学談議に盃をかたむけており、朝一番でふたたびギムナシオンで待ちあわせることになっていた。
セイたちは選手の宿舎になっている『レオニダイオン』のタルディスに割り当てられた部屋に全員で集まっていた。
レオニダイオンはゼウス神殿のすぐそばにある二階建ての豪奢な宿泊施設で、役員や一部の選手と幸運な招待客しか泊まれなかった。それぞれの階に20づつの広々とした部屋があり、いずれも中庭に面している。花が咲き誇る中庭はドーリア様式の柱で囲まれ、中央には噴水がしぶきをあげていた。
ほかの選手たちはギムナシオンの周囲に配置された小部屋や、ヘラの祭壇近くにある『財宝館』を一時的に解放して宿泊していたが、タルディスがギリシア一番のポリス、アテナイの代表ということで優遇されていた。
タルディスは浴場で汗を流して、さっぱりとした様子でセイたちの前に現れた。体臭を消すための香料がまぜられたオリーブ油を全身に塗り込んでいる。革のサンダルにキトン(やわらかい羊毛のチュニカ)という出で立ちで、見る限りはリラックスしているように見える。
「本当にぼくを助けられるのかい」
タルディスは開口一番、そう言った。
「おい、タルディス。ソクラテスとプラトンからさっき聞いたよな。オレたちは未来から来たって」
マリアが威嚇するような目つきでタルディスを見あげて言った。
「簡単には信じられない。じゃあぼくはどうなる?。この大会でぼくは勝てるのかい?」
タルディスはマリアの顔を見おろして、真剣な眼差しで問いかけた。
「それは知らねぇ。おまえ、試験にでねえからな」
「知らない?。さっき未来からって……」
「あなたはオリンピックで勝つことはできませんわ……」
スピ口が横からマリアに助け船を出したが、抑制された口調で語られた内容はとんでもないものだった。
「だって、その前に命を落としますから」
セイはスピロのふいうちに虚をつかれた。それはタルディスはもちろんとして、マリアとエヴァも唖然としていた。
「スピ口さん、それって初耳ですわ」
エヴァが不満げな口調で問いただした。
「あら、言いませんでしたか?。このタルディス様の心残りは、オリンピックで優勝できずに死んでしまったことなのですから……」
マリアが拳をふりあげてスピロに詰め寄った。
「おい、スピロ、貴様ぁ。こいつはどうやって死ぬんだ。知ってることを全部吐け!」
あまりの剣幕にゾーイがマリアのふりあげた腕を掴んでとめた。
「マリアさん、よしておくれよ。ちゃんとわけを話すからよ」
マリアはゾーイの制止を無視して詰め寄ろうとしたが、思いの外引き止める力が強かったらしく、それ以上前に進めずに足だけが空をかいた。
「かーっ。わかった。ゾーイ、おまえが話せ」
味方相手に未練の力を使うわけにもいかず、マリアはすぐに観念して言った。ゾーイがマリアを掴んでいた手を緩める。
「二回……」
ゾーイが言った。
「あたいたちはいままで二回、このタルディスさんの願望を叶えるよう試みたのさぁ。だけどねぇ、一回目は試合前日に何者かに毒を盛られて死んじまってね。二回目は細心の注意をはらってたんだけど、今度は試合の朝に酔客に因縁をつけられて刺殺されちまって……」
「呆れました。試合に勝たせるもなにも、その前の段階じゃありませんか」
エヴァがため息をつきながら言うと、即座にスピロが否定的に断じた。
「二回とも本来の歴史とはちがっているはずです」
その口調があまりに力強かったので、反射的にセイは「どういうことだい?」と聞いた。
「あ、いえ……。たいへん失礼かと存じますが、本来、このタルディス様は歴史に名を残すことのなかった選手です。優勝などは夢のまた夢、そんな泡沫選手なのです」
「ほほう、なかなかに失礼な物言いだな。嫌いじゃないぞ」
マリアがフォローとも煽りともつかない相槌を入れたが、スピロはかまわず続けた。
「ですから、そのまま大会に出場させたとしても、簡単に優勝などできるはずもない。なのに、わたくしたちが引揚げに挑戦した二回とも、出場すらさせようとしない見えない力が働いている……」
「スピロさんがご存知ないだけで、実はタルディスさんはすごい選手だったのでは?」
「エヴァさん、お言葉ですが、オリンピックの歴代優勝者はかなり詳しく名が残っているのですよ。もしタルディスさんが本当にすごい選手だったなら、なにかしらの記録に残っているはずです」
「記録って言ったって、2400年も前だ。完全じゃねえだろうが」
マリアがスピロの意見に異議を唱えた。スピロはため息をついた。
「たとえば紀元前5世紀に活躍したボクサー、ロドスのディアゴラスはオリンピックを含む全ギリシア的大祭で何度も優勝した英雄です。今では国際空港や地元プロサッカーチームにその名を残してます。また紀元前二世紀頃のロドスのレオニダスは短距離走三種目すべてで優勝して個人種目で12回も優勝し『トリアステ』と崇られた選手です。この12個の金メダルは、2200年後のマイケル・フェルプス選手まで破られなかったほど偉大なものです。それくらい古代オリンピックの優勝者の記録は、今でも子細に残っているのです。まだ、ほかに例をあげましょうか?」
「わかった、わかった。つまり、こいつの名前をその英雄たちと同じ碑に刻ませりゃあ、いいんだろ」
「そうなのさぁ。だから、あたいらは恥を忍んで、あんたら……、いや、このセイさんに来てもらったっていうわけなんだよぉ」
「なんだ、ゾーイ。オレたちはすっかりお荷物ってか!」
「そりゃそうだろ。あたいらは『男がほしい』って要請してんだからさぁ」
「なぜ男ですの?」
エヴァが他意もなく尋ねると、ゾーイの顔がたちまち曇った。
「このタルディスさんが暴漢に襲われるのを、あたしもスピロ姉さんも止められなかったからだよ。あたいたち女は『力づく』ってのには無力でいけないねぇ」
「ゾーイ。おまえが嘆くのはまあ理解してやってもいい。だがスピロ、おまえ男だろうがぁ。なぜ戦わん」
マリアがスピロを睨みつけた。その力強い視線を避けるようにスピ口はぷいと顔を背けるとだれとも目を合わせないまま言った。
「わたしにそんな野蛮なことをやれとおっしゃるのですか?」
「なあにが野蛮だ。オレみたいに『力技』使おうが、エヴァみたいに『インチキ』をしようが、なにがなんでも歴史をねじ曲げンのが、オレたちの仕事だろうがぁ」
「ちょっとマリアさん、待ってください。ずいぶん誤解を招くことはさらりと言いましたね。あなたと一緒にしないでくださいな。私はきわめてスタイリッシュに歴史を改変していますからね」
「スピロ、ゾーイ、経緯はわかった。どうすればいい?」
マリアとエヴァの毎度の茶番がはじまりそうだったので、セイが会話にくさびを打ち込んだ。ふたりともが口を閉じたところで、セイはスピロを見つめた。
スピロはセイに見つめられたまま、口を開こうとしなかった。その目にどうすればいいかいいのか、わからないという迷いが見て取れた。
セイはその沈黙の空気を吹き払うように、ふーっとおおきく息を吹いてから言った。
「じゃあ、本人に聞いてみることにしよう」
突然、セイに指名されたと思ったタルディスがあわてて弁明をする。
「セイさん。ぼくにはなんの策もない。スピロさんが言うように名のある選手ではないし、前回大会優勝のスパルタのヒッポステネスがいる。とうてい勝てっこない」
「タルディスさん、それでも勝ってもらわなきゃ、ぼくらが困るんだ」
「いや、ぼくも勝ちたいと思っている……」
セイはまだ食い下がるように言い訳をするタルディスを片手で制した。
「だから、本人に聞いてみよう」
セイはそう言うと、タルディスのを上に手をかざした。
「ジョー・デレクさん、出てきて」
するとタルディスの頭の上に、青年の顔が浮かびあがった。デレクは細面の青い目をしたすこし神経質そうな顔だちの男だった。彼は目の前にいるセイに気づくなり声をあげた。
「おぉ、ついに軍隊が出動してくれたのか?」
「軍隊?」
そう呟いてセイは周りを見回したが、すぐにマリアがデレクにむかって訂正をいれた。
「デレク、お生憎様だったな。そいつが着てるのは軍服じゃねぇ。日本の学生服だ……、しかもしょっぱい公立高校のな」
「私の救出のために、軍隊が来てくれたのではない……のか……」
デレクはそれだけ言って、がっくりと頭をうなだれた。
「デレクさん、ご安心下さい。その代わりに救助の精鋭の私たちが来ましたわ。必ずあなたを救出して、オリンピックまでに間に合わせてみせますわ」
エヴァが自信をたっぷりに含ませて、高らかに口上を述べた。
「君たちのような少年少女が何人集まったからって、何ができるというのだ。現にそこの二人はもう二度も失敗してるんだ」
「ご安心下さい。私たちは、あの二人とは格がちがいますわ」
しれっとエヴァが言った。が、ゾーイはそれを聞き逃さなかった。
「やい、エヴァさんよ。ずいぶんな口叩いてくれるじゃないかい。あたしらだってギリシア正教会ではトップクラスのダイバーなんだぜ。たまたま今回はこちとらの能力と食い合わせが悪い……」
「ゾーイ。お黙りなさい。まったく見苦しいこと」
スピ口が一喝した。
「わたくしたちがこの方を救い損ねたのは事実です。己の力不足は認めぬばなりません」
それを聞いてジョー・デレクがヒステリックな声をあげた。
「そうだ。あんたらのような子供が寄ってたかったとしても、このタルディスの望みを叶えさせることなんてできやしない。どうにかして強制的にわたしを引揚げする方法を考えてくれないか」
デレクは強い失望感のあまり、我をうしなっているようにセイは感じられた。
「まずは、タルディスさんを無事にオリンピック会場まで送り届けるところからはじめよう」
セイのその提案にエヴァが口添えしてきた。
「ならば、今夜から私たちがタルディスさんをお守りします。毒も飲ませないし、暴漢にも襲わせはしません。まずはそこからですわ」
「はぁ?、君たちが?。悪いけど、このタルディスという男は、不意打ちを喰らったりしなければ、簡単にはやられない。わたしにはわかる。この男は相当に強い男だ。そんな強尽な大人の男をきみたち子供……」
そこまで言ったところでジョー・デレクがことばに詰まった。
デレクの首筋に大きな分厚い刃が、ピタリとあてがわれていた。タルディスの肉体とつながる『魂の緒』のギリギリの位置。ちょっと動かすだけで、やすやすと肉体から魂を切り離せるだろうと、誰だって理解できる。
デレクがごくりと喉をならす。
「おまえの言うとおりだ、デレク。不意打ちを喰らわなきゃ、この男もおまえも強い……」
マリアが、振り抜いた大剣とデレクの首との隙間を、片目で目測しながら言った。
「不意打ちを喰らわなきゃ……な」
セイたちは選手の宿舎になっている『レオニダイオン』のタルディスに割り当てられた部屋に全員で集まっていた。
レオニダイオンはゼウス神殿のすぐそばにある二階建ての豪奢な宿泊施設で、役員や一部の選手と幸運な招待客しか泊まれなかった。それぞれの階に20づつの広々とした部屋があり、いずれも中庭に面している。花が咲き誇る中庭はドーリア様式の柱で囲まれ、中央には噴水がしぶきをあげていた。
ほかの選手たちはギムナシオンの周囲に配置された小部屋や、ヘラの祭壇近くにある『財宝館』を一時的に解放して宿泊していたが、タルディスがギリシア一番のポリス、アテナイの代表ということで優遇されていた。
タルディスは浴場で汗を流して、さっぱりとした様子でセイたちの前に現れた。体臭を消すための香料がまぜられたオリーブ油を全身に塗り込んでいる。革のサンダルにキトン(やわらかい羊毛のチュニカ)という出で立ちで、見る限りはリラックスしているように見える。
「本当にぼくを助けられるのかい」
タルディスは開口一番、そう言った。
「おい、タルディス。ソクラテスとプラトンからさっき聞いたよな。オレたちは未来から来たって」
マリアが威嚇するような目つきでタルディスを見あげて言った。
「簡単には信じられない。じゃあぼくはどうなる?。この大会でぼくは勝てるのかい?」
タルディスはマリアの顔を見おろして、真剣な眼差しで問いかけた。
「それは知らねぇ。おまえ、試験にでねえからな」
「知らない?。さっき未来からって……」
「あなたはオリンピックで勝つことはできませんわ……」
スピ口が横からマリアに助け船を出したが、抑制された口調で語られた内容はとんでもないものだった。
「だって、その前に命を落としますから」
セイはスピロのふいうちに虚をつかれた。それはタルディスはもちろんとして、マリアとエヴァも唖然としていた。
「スピ口さん、それって初耳ですわ」
エヴァが不満げな口調で問いただした。
「あら、言いませんでしたか?。このタルディス様の心残りは、オリンピックで優勝できずに死んでしまったことなのですから……」
マリアが拳をふりあげてスピロに詰め寄った。
「おい、スピロ、貴様ぁ。こいつはどうやって死ぬんだ。知ってることを全部吐け!」
あまりの剣幕にゾーイがマリアのふりあげた腕を掴んでとめた。
「マリアさん、よしておくれよ。ちゃんとわけを話すからよ」
マリアはゾーイの制止を無視して詰め寄ろうとしたが、思いの外引き止める力が強かったらしく、それ以上前に進めずに足だけが空をかいた。
「かーっ。わかった。ゾーイ、おまえが話せ」
味方相手に未練の力を使うわけにもいかず、マリアはすぐに観念して言った。ゾーイがマリアを掴んでいた手を緩める。
「二回……」
ゾーイが言った。
「あたいたちはいままで二回、このタルディスさんの願望を叶えるよう試みたのさぁ。だけどねぇ、一回目は試合前日に何者かに毒を盛られて死んじまってね。二回目は細心の注意をはらってたんだけど、今度は試合の朝に酔客に因縁をつけられて刺殺されちまって……」
「呆れました。試合に勝たせるもなにも、その前の段階じゃありませんか」
エヴァがため息をつきながら言うと、即座にスピロが否定的に断じた。
「二回とも本来の歴史とはちがっているはずです」
その口調があまりに力強かったので、反射的にセイは「どういうことだい?」と聞いた。
「あ、いえ……。たいへん失礼かと存じますが、本来、このタルディス様は歴史に名を残すことのなかった選手です。優勝などは夢のまた夢、そんな泡沫選手なのです」
「ほほう、なかなかに失礼な物言いだな。嫌いじゃないぞ」
マリアがフォローとも煽りともつかない相槌を入れたが、スピロはかまわず続けた。
「ですから、そのまま大会に出場させたとしても、簡単に優勝などできるはずもない。なのに、わたくしたちが引揚げに挑戦した二回とも、出場すらさせようとしない見えない力が働いている……」
「スピロさんがご存知ないだけで、実はタルディスさんはすごい選手だったのでは?」
「エヴァさん、お言葉ですが、オリンピックの歴代優勝者はかなり詳しく名が残っているのですよ。もしタルディスさんが本当にすごい選手だったなら、なにかしらの記録に残っているはずです」
「記録って言ったって、2400年も前だ。完全じゃねえだろうが」
マリアがスピロの意見に異議を唱えた。スピロはため息をついた。
「たとえば紀元前5世紀に活躍したボクサー、ロドスのディアゴラスはオリンピックを含む全ギリシア的大祭で何度も優勝した英雄です。今では国際空港や地元プロサッカーチームにその名を残してます。また紀元前二世紀頃のロドスのレオニダスは短距離走三種目すべてで優勝して個人種目で12回も優勝し『トリアステ』と崇られた選手です。この12個の金メダルは、2200年後のマイケル・フェルプス選手まで破られなかったほど偉大なものです。それくらい古代オリンピックの優勝者の記録は、今でも子細に残っているのです。まだ、ほかに例をあげましょうか?」
「わかった、わかった。つまり、こいつの名前をその英雄たちと同じ碑に刻ませりゃあ、いいんだろ」
「そうなのさぁ。だから、あたいらは恥を忍んで、あんたら……、いや、このセイさんに来てもらったっていうわけなんだよぉ」
「なんだ、ゾーイ。オレたちはすっかりお荷物ってか!」
「そりゃそうだろ。あたいらは『男がほしい』って要請してんだからさぁ」
「なぜ男ですの?」
エヴァが他意もなく尋ねると、ゾーイの顔がたちまち曇った。
「このタルディスさんが暴漢に襲われるのを、あたしもスピロ姉さんも止められなかったからだよ。あたいたち女は『力づく』ってのには無力でいけないねぇ」
「ゾーイ。おまえが嘆くのはまあ理解してやってもいい。だがスピロ、おまえ男だろうがぁ。なぜ戦わん」
マリアがスピロを睨みつけた。その力強い視線を避けるようにスピ口はぷいと顔を背けるとだれとも目を合わせないまま言った。
「わたしにそんな野蛮なことをやれとおっしゃるのですか?」
「なあにが野蛮だ。オレみたいに『力技』使おうが、エヴァみたいに『インチキ』をしようが、なにがなんでも歴史をねじ曲げンのが、オレたちの仕事だろうがぁ」
「ちょっとマリアさん、待ってください。ずいぶん誤解を招くことはさらりと言いましたね。あなたと一緒にしないでくださいな。私はきわめてスタイリッシュに歴史を改変していますからね」
「スピロ、ゾーイ、経緯はわかった。どうすればいい?」
マリアとエヴァの毎度の茶番がはじまりそうだったので、セイが会話にくさびを打ち込んだ。ふたりともが口を閉じたところで、セイはスピロを見つめた。
スピロはセイに見つめられたまま、口を開こうとしなかった。その目にどうすればいいかいいのか、わからないという迷いが見て取れた。
セイはその沈黙の空気を吹き払うように、ふーっとおおきく息を吹いてから言った。
「じゃあ、本人に聞いてみることにしよう」
突然、セイに指名されたと思ったタルディスがあわてて弁明をする。
「セイさん。ぼくにはなんの策もない。スピロさんが言うように名のある選手ではないし、前回大会優勝のスパルタのヒッポステネスがいる。とうてい勝てっこない」
「タルディスさん、それでも勝ってもらわなきゃ、ぼくらが困るんだ」
「いや、ぼくも勝ちたいと思っている……」
セイはまだ食い下がるように言い訳をするタルディスを片手で制した。
「だから、本人に聞いてみよう」
セイはそう言うと、タルディスのを上に手をかざした。
「ジョー・デレクさん、出てきて」
するとタルディスの頭の上に、青年の顔が浮かびあがった。デレクは細面の青い目をしたすこし神経質そうな顔だちの男だった。彼は目の前にいるセイに気づくなり声をあげた。
「おぉ、ついに軍隊が出動してくれたのか?」
「軍隊?」
そう呟いてセイは周りを見回したが、すぐにマリアがデレクにむかって訂正をいれた。
「デレク、お生憎様だったな。そいつが着てるのは軍服じゃねぇ。日本の学生服だ……、しかもしょっぱい公立高校のな」
「私の救出のために、軍隊が来てくれたのではない……のか……」
デレクはそれだけ言って、がっくりと頭をうなだれた。
「デレクさん、ご安心下さい。その代わりに救助の精鋭の私たちが来ましたわ。必ずあなたを救出して、オリンピックまでに間に合わせてみせますわ」
エヴァが自信をたっぷりに含ませて、高らかに口上を述べた。
「君たちのような少年少女が何人集まったからって、何ができるというのだ。現にそこの二人はもう二度も失敗してるんだ」
「ご安心下さい。私たちは、あの二人とは格がちがいますわ」
しれっとエヴァが言った。が、ゾーイはそれを聞き逃さなかった。
「やい、エヴァさんよ。ずいぶんな口叩いてくれるじゃないかい。あたしらだってギリシア正教会ではトップクラスのダイバーなんだぜ。たまたま今回はこちとらの能力と食い合わせが悪い……」
「ゾーイ。お黙りなさい。まったく見苦しいこと」
スピ口が一喝した。
「わたくしたちがこの方を救い損ねたのは事実です。己の力不足は認めぬばなりません」
それを聞いてジョー・デレクがヒステリックな声をあげた。
「そうだ。あんたらのような子供が寄ってたかったとしても、このタルディスの望みを叶えさせることなんてできやしない。どうにかして強制的にわたしを引揚げする方法を考えてくれないか」
デレクは強い失望感のあまり、我をうしなっているようにセイは感じられた。
「まずは、タルディスさんを無事にオリンピック会場まで送り届けるところからはじめよう」
セイのその提案にエヴァが口添えしてきた。
「ならば、今夜から私たちがタルディスさんをお守りします。毒も飲ませないし、暴漢にも襲わせはしません。まずはそこからですわ」
「はぁ?、君たちが?。悪いけど、このタルディスという男は、不意打ちを喰らったりしなければ、簡単にはやられない。わたしにはわかる。この男は相当に強い男だ。そんな強尽な大人の男をきみたち子供……」
そこまで言ったところでジョー・デレクがことばに詰まった。
デレクの首筋に大きな分厚い刃が、ピタリとあてがわれていた。タルディスの肉体とつながる『魂の緒』のギリギリの位置。ちょっと動かすだけで、やすやすと肉体から魂を切り離せるだろうと、誰だって理解できる。
デレクがごくりと喉をならす。
「おまえの言うとおりだ、デレク。不意打ちを喰らわなきゃ、この男もおまえも強い……」
マリアが、振り抜いた大剣とデレクの首との隙間を、片目で目測しながら言った。
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