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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第12話 少年寵愛(パイデラステイア)の求道者
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「あなた、有名な女嫌いで、少年愛の賛美者ですものね」
プラトンはスピロのことばになにも返せずにいた。
「おい、おい、どうした。スピロ、なにが起きてる?」
マリアが顔をふせたままで聞いた。だが心なしか声を弾ませている。スピロがなにを言わんとしているかをすぐさま察したらしい。
イヤらしいほどの嗅覚——。
スピロが続けた。
「プラトン様、あなたは『パイデラステイア』という『少年』を愛でる慣習の求道者ですものね」
「スピロさん。わたしはそんなに熱心では……」
「いいえ、あなたはあなたの著書『ファイドロス』や『饗宴』でそれを力説されているではなかったですか?」
「わたしの著書?。わたしはまだそんなものは……」
「あぁ。失礼しました。わたくしの記憶違いでした」
スピロが詫びる仕草をした。が、申し訳程度でけっして本心からではないとわかった。
「あなたが本格的に『少年寵愛』を追求し、作品を著すのはこのあとの時代でしたわ。だってこのあと、あなたは『アカディミア』と呼ばれる学校を開設して、おおくの男の子を寄宿舎に住まわせるんですもの」
「このあとですって?。なぜ、そんなことが……」
「セイさんから聞き及びませんでしたか?。わたくしたちが未来から来たってことを?」
「いや、なんと……でも……」
スピロにまだ見知らぬ未来のことを糾弾され、プラトンはことばをうしないかけた。だが、言論を生業とする哲学者としての矜持がもたげたのか、ふいに声を張った。
「なにがわるいことがあるのですか。ギリシア人にとっては、成人男性が若い青年を恋人にすることは当たり前なのですよ」
その力強い口調に驚いて、思わずエヴァが顔をあげた。顔をあげるなり男の裸が目に飛込んできて目を伏せそうになったが、目を背けるようにして、スピロと対峙しているプラトンを見た。
「博識なあなたならご存知のはずですよね、スピロさん」
プラトンが念をおすように、スピロに同意を求めた。
「たしかに。プラトン様、あなたのおっしゃる通りですわ。このギリシアでは、成人男性が若い青年を恋人にすることは常識……。いえ、むしろ成人男性の社会的な義務同然と言われていることも存じています。むかしから高名な学者や知識人も、女を愛するより高尚で純粋だ、と言って奨励していることもね」
自分の意見を肯定されたと思ったのか、プラトンの顔にすこし安心したような表情が浮かんだ。
「ちょっとお待ちよ。だからと言って、セイさんに手をだして……」
黙って兄スピロの言い合いを聞いていた、ゾーイがふいに口をひらいた。
「ゾーイ、お黙りなさい。わたくしが対処します」
スピロがゾーイを一喝すると、話を続けた。
「プラトン様。約束していただけますか?。セイ様は大変重要な任務を帯びてここへ来ております。ですから、手を出さないでくださいませ」
スピロがセイのほうに目配せしながら言った。セイは思わずごくりと喉をならしてしまった。男の自分が、いち高校生の自分があからさまに男性の『性的対象』にされている状態が飲み込めないでいた。だが、そういう目で見られる女性の気分だけは、身をもってわかった。
ありがたくはあるが、ありがたくない……。
スピロの厳しい、責めるような目に降参したのか、プラトンが嘆息した。
「しかたありませんね……」
プラトンは、いま一度、セイの顔から身体を一瞬なめ回すように見てから、あきらかに名残惜しそうな表情を浮かべて言った。
「苦手な女性に周りを取り囲まれて、これだけ睨みつけらればわたしの気分も萎えるというものです。わかりました。セイさんを口説かないと約束します」
そこまで言うと、プラトンは真摯な顔つきをしてスピロへ嘆願してきた。
「ですが、そのかわりにこれまで通り、あなたがたとご一緒に行動させていただけませんか?。あなたがたの世界の知識をぜひ知りたいという気持ちは本物なのです」
「それは……セイ様に……」
スピロがその決定をセイに委ねようとしたところに、マリアが割って入ってきた。
「いいぜ、プラトン。一緒にいてもな」
「マリア。勝手に決められても。こっちは身の危険が……」
セイはあわててマリアの自分勝手な決断を止めようとしたが、聞く耳はないようだった。
「おい、おい、こんなおもしろいシチュエーション、あ、いや、心配すんな。なんかあったらオレがおまえを守ってやるサ」
「ちょっと、マリアさん。なんか大切なことを自分勝手に決めてませんか?」
セイの気持ちを代弁するように、エヴァがマリアに忠告したが、そんな諌言などどこ吹く風、とばかりにマリアがプラトンに問いかけた。
「おい、プラトン。なぜ、おまえは女嫌いなんだ」
「なぜかですって?。昔から、女性は感情が不安定で扱いにくく、生物として子孫を残すことが目的なので、性的な快楽を真に楽しむこともできない、とされているんですよ」
開き直ったかのような説明をするプラトンにマリアが噛みついた。
「プラトン。かなりひっかかるな。なんか女の扱いがずいぶんぞんざいだぞ」
「仕方がありません。キリスト教が認められるまでの倫理観というのは、そういったものです」
スピロがため息をつきながら言うと、プラトンが目をまるくして尋ねた。
「キリスト教……?。聞いたことがありません」
「そりゃ、そうだろうよ。これから400年後の神だからな」
マリアが毒づくように言うと、先ほど兄のスピロに黙らされていたゾーイが、マリアに触発されて毒づいた。
「じゃあなにかい?、プラトンの旦那。つまりってぇことは、このギムナシオンってとこは、体育を学ぶところじゃないのかい」
「いえ、体育を学ぶところですよ。でも、それ以外の場所でもあります。皆さん気づきませんでしたか、この建物の更衣室近くにこのギムナシオンを護る神の塑像があったことを?」
エヴァがそれに疑問で答えた。
「像ですか?。この建物の護り神の?」
「えぇ。このギムナシオンを護る神……」
「『エロス』の像です」
プラトンはスピロのことばになにも返せずにいた。
「おい、おい、どうした。スピロ、なにが起きてる?」
マリアが顔をふせたままで聞いた。だが心なしか声を弾ませている。スピロがなにを言わんとしているかをすぐさま察したらしい。
イヤらしいほどの嗅覚——。
スピロが続けた。
「プラトン様、あなたは『パイデラステイア』という『少年』を愛でる慣習の求道者ですものね」
「スピロさん。わたしはそんなに熱心では……」
「いいえ、あなたはあなたの著書『ファイドロス』や『饗宴』でそれを力説されているではなかったですか?」
「わたしの著書?。わたしはまだそんなものは……」
「あぁ。失礼しました。わたくしの記憶違いでした」
スピロが詫びる仕草をした。が、申し訳程度でけっして本心からではないとわかった。
「あなたが本格的に『少年寵愛』を追求し、作品を著すのはこのあとの時代でしたわ。だってこのあと、あなたは『アカディミア』と呼ばれる学校を開設して、おおくの男の子を寄宿舎に住まわせるんですもの」
「このあとですって?。なぜ、そんなことが……」
「セイさんから聞き及びませんでしたか?。わたくしたちが未来から来たってことを?」
「いや、なんと……でも……」
スピロにまだ見知らぬ未来のことを糾弾され、プラトンはことばをうしないかけた。だが、言論を生業とする哲学者としての矜持がもたげたのか、ふいに声を張った。
「なにがわるいことがあるのですか。ギリシア人にとっては、成人男性が若い青年を恋人にすることは当たり前なのですよ」
その力強い口調に驚いて、思わずエヴァが顔をあげた。顔をあげるなり男の裸が目に飛込んできて目を伏せそうになったが、目を背けるようにして、スピロと対峙しているプラトンを見た。
「博識なあなたならご存知のはずですよね、スピロさん」
プラトンが念をおすように、スピロに同意を求めた。
「たしかに。プラトン様、あなたのおっしゃる通りですわ。このギリシアでは、成人男性が若い青年を恋人にすることは常識……。いえ、むしろ成人男性の社会的な義務同然と言われていることも存じています。むかしから高名な学者や知識人も、女を愛するより高尚で純粋だ、と言って奨励していることもね」
自分の意見を肯定されたと思ったのか、プラトンの顔にすこし安心したような表情が浮かんだ。
「ちょっとお待ちよ。だからと言って、セイさんに手をだして……」
黙って兄スピロの言い合いを聞いていた、ゾーイがふいに口をひらいた。
「ゾーイ、お黙りなさい。わたくしが対処します」
スピロがゾーイを一喝すると、話を続けた。
「プラトン様。約束していただけますか?。セイ様は大変重要な任務を帯びてここへ来ております。ですから、手を出さないでくださいませ」
スピロがセイのほうに目配せしながら言った。セイは思わずごくりと喉をならしてしまった。男の自分が、いち高校生の自分があからさまに男性の『性的対象』にされている状態が飲み込めないでいた。だが、そういう目で見られる女性の気分だけは、身をもってわかった。
ありがたくはあるが、ありがたくない……。
スピロの厳しい、責めるような目に降参したのか、プラトンが嘆息した。
「しかたありませんね……」
プラトンは、いま一度、セイの顔から身体を一瞬なめ回すように見てから、あきらかに名残惜しそうな表情を浮かべて言った。
「苦手な女性に周りを取り囲まれて、これだけ睨みつけらればわたしの気分も萎えるというものです。わかりました。セイさんを口説かないと約束します」
そこまで言うと、プラトンは真摯な顔つきをしてスピロへ嘆願してきた。
「ですが、そのかわりにこれまで通り、あなたがたとご一緒に行動させていただけませんか?。あなたがたの世界の知識をぜひ知りたいという気持ちは本物なのです」
「それは……セイ様に……」
スピロがその決定をセイに委ねようとしたところに、マリアが割って入ってきた。
「いいぜ、プラトン。一緒にいてもな」
「マリア。勝手に決められても。こっちは身の危険が……」
セイはあわててマリアの自分勝手な決断を止めようとしたが、聞く耳はないようだった。
「おい、おい、こんなおもしろいシチュエーション、あ、いや、心配すんな。なんかあったらオレがおまえを守ってやるサ」
「ちょっと、マリアさん。なんか大切なことを自分勝手に決めてませんか?」
セイの気持ちを代弁するように、エヴァがマリアに忠告したが、そんな諌言などどこ吹く風、とばかりにマリアがプラトンに問いかけた。
「おい、プラトン。なぜ、おまえは女嫌いなんだ」
「なぜかですって?。昔から、女性は感情が不安定で扱いにくく、生物として子孫を残すことが目的なので、性的な快楽を真に楽しむこともできない、とされているんですよ」
開き直ったかのような説明をするプラトンにマリアが噛みついた。
「プラトン。かなりひっかかるな。なんか女の扱いがずいぶんぞんざいだぞ」
「仕方がありません。キリスト教が認められるまでの倫理観というのは、そういったものです」
スピロがため息をつきながら言うと、プラトンが目をまるくして尋ねた。
「キリスト教……?。聞いたことがありません」
「そりゃ、そうだろうよ。これから400年後の神だからな」
マリアが毒づくように言うと、先ほど兄のスピロに黙らされていたゾーイが、マリアに触発されて毒づいた。
「じゃあなにかい?、プラトンの旦那。つまりってぇことは、このギムナシオンってとこは、体育を学ぶところじゃないのかい」
「いえ、体育を学ぶところですよ。でも、それ以外の場所でもあります。皆さん気づきませんでしたか、この建物の更衣室近くにこのギムナシオンを護る神の塑像があったことを?」
エヴァがそれに疑問で答えた。
「像ですか?。この建物の護り神の?」
「えぇ。このギムナシオンを護る神……」
「『エロス』の像です」
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