ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜

第10話 スピロ・クロニス&ゾーイ・クロニス登場

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「さあ、寄ってらっしゃい。見てらっしゃい」

 唐突な呼び込みの声にマリアは眉をひそめた。すでにギムナシオンの敷地内にはいってきている。見せ物はおろか露店もない場所で、呼び込みはいかにも不自然だ。
「双子の美人姉妹によるナイフ投げだよ」
 その呼び込みにマリアはちらりとだけ目をむけた。それだけで充分だった。マリアはエヴァにアイコンタクトをいれながら言った。
「エヴァ。場所を移動しようぜ。会いたくねぇヤツラがいる」
「そうですわね。いっそのこと建物の中にはいってしまいましょう」
 エヴァもマリアの意図することを察したらしい。そのまま脇目もふらずに歩き始めた。マリアはそれを追うように歩き出したが、そのとたんゾクリとする悪寒を覚えて、あわててからだを縮こまらせた。
 ちいさなからだをさらに小さく折り畳んでなお、その上ぎりぎりの頭上をナイフが飛び越えていった。そのまますぐ真後ろのニワトコの木に突き刺さる。
 マリアはからだを起こすなり、怒鳴りつけた。
「きさま。いきなりナイフ投げつけるとは、どういう了見だぁ」
 
 マリアの怒りの矛先に、ふたりの人物が立っていた。
 びっくりするほどオリエンタルな飾り物をごてごてとつけて着飾って、呆れるほどおおきな日傘をさして、趣味のわるい扇子で顔を仰いでいる。まるで『西太后』を模しているかのようだ。
 もうひとりは、胸元にさらしを巻いているような格好をしていた。だが、右腕側だけに分厚いプロテクターが、アシンメトリーに配置されている。アマゾネスを模している印象を与える格好だが、現実世界のパリコレなどで出てきても違和感がないほどに洗練されているデザインの服装。
 趣味のわるいほうが兄のスピロ、洗練されているほうが妹のゾーイだった。

「きさまぁ、避けなかったら、ナイフが刺さっていたぞ」
「マリア様、それはあなたが、わたくしたちを無視したからです」
 スピロが扇子せんすを仰ぐ手をとめようともせず言い放った。
「当然だろ。できればオレたちは、少なくともオレはきさまらと関わりたくねぇ」
「激しく同意です」
 マリアの意見にエヴァが加勢してくると、こんどはゾーイがまくしたててきた。
「あたいらもおまえさんらを助太刀すけだちに呼んだ覚えはありやぁしないよ。『男が欲しい』って言ったんだからね。男だよ、男。なのに、なんでおまえさんらがいるのさぁ」
「ゾーイ。はしたない。レディが『男が欲しい』なぞ、声高に口にするものじゃありませんことよ」
「しかし、兄貴!」
「ゾーイ!。その呼び方はやめなさい、と申しあげたはずです!」
「すまねぇ。あねさん」
「ゾーイ!!」
 スピロに一喝されて、ゾーイがたちまちしゅんとうなだれた。
「はい……。お姉さま……」
「ぶははは、あいかわらずの倒錯兄妹きょうだいだな」
 マリアが侮蔑ぶべつのことばを投げつけると、スピロはマリアに舌鋒ぜっぽう矛先ほこさきをむけた
「おだまりなさい。マリア様。あなたは……」
 と、そこまで言ったところでスピロがマリアとエヴァのうしろに、所在なさげな様子で突っ立っているセイに気づいた。
「あら、マリア様、あなたのうしろの殿方はどなたですの?」
 マリアは右手の親指を立てると、その指で肩ごしに指し示しながら、わざと芝居がかった口調で言った。

「きさまらがご所望の……『男』だ」

 紹介されたセイはどことなく迷惑そうな顔つきを一瞬みせたが、すぐにスピロとゾーイのほうへ進みでて自己紹介をした。
「ぼくは、ユメミ、セイ。日本人だ」
「へぇー、日本人ってぇことはあれかい。仏教支部の『カルマ(KARMA=業)・ダイバーズ』の所属なのかい?」
 ゾーイがセイに尋ねたが、セイがそれに返事をする前に、スピロがゾーイをたしなめた。
「ちがいますよ、ゾーイ。それはヒンズー教支部の名称です。仏教支部は『リンネ(輪廻)・ダイバーズ』です。でも、このお方、ユメミ・セイ様はどこの団体にも所属しておりません」
「お姉さま、この男のこと、知ってるのかい?」
「えぇ。真偽のほどは不明ですが、黄道十二宮の悪魔の一人を倒したと噂を聞き及んでおります」
「まさか。黄道十二宮の悪魔の一人を……。そんなの嘘にきまってるじゃないかい」
 ゾーイがセイに近づき、顔をマジマジと覗き込んで言った。まるでイチャモンをつけるような目つきだ。初対面の『助っ人』にむける態度ではない。

 マリアは仕方なく、セイに助け船をだすことにした。
「あぁ、ゾーイ、スピロ。そりゃ間違った情報だ」
 とたんにスピロとゾーイの顔に浮かんでいた、疑心暗鬼の表情がほどけていく。

「セイが倒した黄道十二宮の悪魔は一体じゃなく、二体だ」

 スピロとゾーイの顔に稲妻が走った。
 マリアはその驚愕っぷりを確認して、さらに残酷なことばを続けた。
「そのうちの一体、ウェルキエルの最期はオレも目の前で見届けたからな」
 するとセイはつぐんでいた口を開いて、訂正をしてきた。
「いや……。ウェルキエルは、マリア、君が討取ったんじゃないか。ぼくじゃないよ」
「いやいや、おまえがすべてお膳立てしたからだろ。オレはおまえの絶妙なスルーパスに、ただ合わせたみたいなもんだ」
 スピロがエヴァの方に目をむけて、冷静な面持ちで真偽を問うた。
「エヴァさん、マリアさんのおっしゃってることは本当ですの?」
「さぁ。そのとき、私は別の敵と戦ってましたから……。でも、ウェルキエルが駆逐されたのは確かですねぇ」
 マリアのようにけれん味がこもった言い方ではなかったが、エヴァによる客観的な分析も、二人にまた衝撃を与えたのは確かだった。それでもスピロのほうは、何とか矜恃きょうじを保った表情を崩さなかった。
「それではセイ様。あなたがわたくしどもに手を借していただけるということなのですね,
「スピロさん。セイ様はよしてくれよ。セイで構わない」
「承知いたしました。わたくしのことはスピロとお呼び下さい。セイ様」
「そんじゃぁ。あたしのこたぁ、ゾーイと呼んでおくれよ」
「ああ、わかったよ……。だけどゾーイ、きみはなぜ江戸弁をしゃべってる?」
「江戸弁?。そいつはなんのことかい?」
「セイ様、申し訳ございません。ゾーイはドーリア訛りが抜けませんので、セイ様のお国の方言で聞こえているのかもしれません。お耳汚しをご容赦くださいませ」
「へーー、オレの耳にはケルン訛りに聞こえてたけどな」
「おもしろいものですね。わたしにはオレゴン訛りに聞こえてましたわ」
 マリアとエヴァがそれぞれの見解を口にした。
「ところで、きみたちは今回の要引揚者が誰か知っているんだよね」
 セイがスピロとゾーイに尋ねた。
「あったりめぇじゃねぇか。こちとらここには二回も来てんだからさぁ」
「は、そのくせに解決できねぇから、オレたちが呼ばれる羽目になってンだろうがぁ」
 マリアはゾーイに文句をつけたが、スピロはすばやい答えのジャブで、それ以上のことばを制してきた。

「タルディス……。アテナイのタルディスという者ですわ」

「そのタルディスさんというのは、オリンピックの選手なんですか?」
 エヴァがスピロに確認を求めると、スピロがあきれた様子で言った。
「彼はペンタスロンとボクシングのふたつの競技の選手です。あなたがたは、わかっていてここに来たのではないのですか?」
「いや、スピロ。たまたまなんだよ。このギムナシオンっていう場所にいるかもしれないって言われて……」
 セイがここにきた経緯を説明しようとしたが、スピロはその前に質問してきた。
「そう言えば、さきほどどなたかと一緒に行動されていたようですが?」
「あぁ、プラトンさんだよ。あの哲学者の……」

 その名前を耳にしたとたん、スピロとゾーイが顔を見合わせた。
「おい、スピロ、ゾーイ。プラトンがどうした?」
「あのぉ……。とても言いにくいのですが、あの方は少々問題のある方で……」
 スピロがそこまで言ったところで、ギムナシオンからプラトンが戻ってきた。

 プラトンはキテレツな格好をしている人物がふたり増えているのを見て、目をこすって言った。


「暑さにやられましたかね。人数が増えている気がするのですが……」
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