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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第6話 アリストクレスとの邂逅
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「ぼくらには時間がないんだよ」
そう言い放ったものの、セイはどこに目をむけていいのか、なにを聞けばいいのか、まったくわからず途方にくれていた。なにもかもがひしめき合っている、オリンピック会場のまっただ中に放りだされて、この中から要引揚者を探そうということが到底不可能に思えてくる。それはマリアもエヴァも同様だった。
「手分けして、要引揚者を探そう」
セイが提案した。が、自身の戸惑いが抜けきれず、まるでうわ言でも口走っているかのような曖昧模糊とした口調になった。
「どこをだ!」
マリアが苛立ちを爆発させた。すぐさまエヴァも語気の荒い口調で追随した。
「どうやってですの!」
「マリア、エヴァ。短気をおこしちゃ……」
「セイ、おまえも気づいてるはずだ。この臭い!、反吐がでそう。いやもう吐きそうだ」
「そうですわ。それに辺りを飛んでいるこのハエ。我慢なりませんわ」
エヴァはそう言いながら、からだにまとわりついてくるハエやブヨを手で払いのけた。
「うはははは……」
三人がもめている横から、おおきな笑い声が聞こえてきた。
セイたちがそちらのほうへ目をむけると、少々くたびれたヒマティオン(古代ギリシアの一枚布を使ったワンピース型の上着。富裕層は外套として着たが、貧困層や哲学者は素肌に直接まとった)を着た屈強な体つきの男が立っていた。
男は布の上からでも引き締まった体をしているのがわかったが、覆われていない場所を見ると、まるでボディビルダーであるかのように、どこも隆としており、特に腕の太さは際立ってみえた。背はセイとおなじくらいだったが、その体つきで『大男』とつい形容したくなる威風が感じられた。だが、顔に目をむけると、彫りの深い顔だちに、しっかりと通った鼻柱、口元にたくわえたもじゃもじゃとした口髭が、なんとも言えず思慮深さと温厚さを感じさせる。体つきと顔つきがすこしアンバランスな印象を与える。
もしかすると案外に若いのかもしれない、とセイは思った。
「おい、おっさん。なにがおかしい!」
マリアが相手との体格差も考えず、下から相手を睨みつけた。
「いや、すまない。きみたちの服装があまりにユニークだったので、つい耳をそばだててしまった」
「服装だと、どこがおかしい?。派手さは控えたはずだ」
マリアは自分の服に目をむけながら言った。
マリアの服装は今回も『ゴシック・ロリータ』を基調にしたものだったが、たしかにいつもとは違い、風合いを残した程度の控えめのデザインのように感じられた。だがそれでも、まわりの貴族たちの豪奢な服装と張り合えるほど派手で、かなり目立っているのも確かだった。
「マリアさん、おかしいでしょ。それ、この時代に合ってませんわよ」
エヴァがそう指摘した。
エヴァは着ているものを、すでにこの時代に合わせたようだったが、いくつもの鋲がうたれたボンテージ風のワンピースに、赤いケープマントを羽織っていて、こちらはこちらで違和感がありまくりだった。本人はスパルタの女戦士をイメージしたものらしいが、ぱっと見た目は『ワンダーウーマン』のようにしか見えない。
「エヴァ、きみもこんな平和の祭典に、戦闘服は似つかわしくないと思うけど……」
セイがそう指摘すると、マリアとエヴァが口を揃えてセイに文句をつけたた。
「詰め襟姿のオマエに(あなたに)言われたくねぇな(ないですわ)」
そのやりとりを聞いていた大男が、ことさらおおきな笑い声をあげた。
「うわははは。本当にあなたがたは変わっている。どこの国からこられたのかな?」
「ニッポン」
セイが当たり前のように、その当時にはなかった地名を口にした。
「二ッ……ポン……。ふうむ。失礼ながら存じあげない国名だ」
「でしょうね。ここより遥か東方の国です」
「小アジアのほうの国か……。いや、わたしの勉強不足のようだ」
「ぼくは、セイ。そしてこちらがマリア、そしてエヴァ」
セイは大男に自己紹介をした。大男は三人の顔を見てから言った。
「わたしはアテナイのアリストクレスというものだ。きみらはこの『オリュンピア』に来るのははじめてかね」
「えぇ。アリストクレスさん。あなたはこの場所には詳しいのですか?」
「あぁ、オリュンピアには何度も足を運んでいるからね。それに元々わたしはレスリングの選手だったんですよ。からだが大きかったので、今ではアリストクレスではなく、その時のあだ名で呼ばれていますがね。まぁ、残念ながらオリンピックには一度も出場はかなわなかったんですが……」
「で、おっさん、今、こんなところでなにをやってた?」
「マリアさん、実は老師と一緒に来たのですが、はぐれてしまって、こちらも途方にくれているのですよ」
「老師?」
「はい。ご存知ありませんか?。このギリシアで一番の哲学者 ソクラテスです」
そう言い放ったものの、セイはどこに目をむけていいのか、なにを聞けばいいのか、まったくわからず途方にくれていた。なにもかもがひしめき合っている、オリンピック会場のまっただ中に放りだされて、この中から要引揚者を探そうということが到底不可能に思えてくる。それはマリアもエヴァも同様だった。
「手分けして、要引揚者を探そう」
セイが提案した。が、自身の戸惑いが抜けきれず、まるでうわ言でも口走っているかのような曖昧模糊とした口調になった。
「どこをだ!」
マリアが苛立ちを爆発させた。すぐさまエヴァも語気の荒い口調で追随した。
「どうやってですの!」
「マリア、エヴァ。短気をおこしちゃ……」
「セイ、おまえも気づいてるはずだ。この臭い!、反吐がでそう。いやもう吐きそうだ」
「そうですわ。それに辺りを飛んでいるこのハエ。我慢なりませんわ」
エヴァはそう言いながら、からだにまとわりついてくるハエやブヨを手で払いのけた。
「うはははは……」
三人がもめている横から、おおきな笑い声が聞こえてきた。
セイたちがそちらのほうへ目をむけると、少々くたびれたヒマティオン(古代ギリシアの一枚布を使ったワンピース型の上着。富裕層は外套として着たが、貧困層や哲学者は素肌に直接まとった)を着た屈強な体つきの男が立っていた。
男は布の上からでも引き締まった体をしているのがわかったが、覆われていない場所を見ると、まるでボディビルダーであるかのように、どこも隆としており、特に腕の太さは際立ってみえた。背はセイとおなじくらいだったが、その体つきで『大男』とつい形容したくなる威風が感じられた。だが、顔に目をむけると、彫りの深い顔だちに、しっかりと通った鼻柱、口元にたくわえたもじゃもじゃとした口髭が、なんとも言えず思慮深さと温厚さを感じさせる。体つきと顔つきがすこしアンバランスな印象を与える。
もしかすると案外に若いのかもしれない、とセイは思った。
「おい、おっさん。なにがおかしい!」
マリアが相手との体格差も考えず、下から相手を睨みつけた。
「いや、すまない。きみたちの服装があまりにユニークだったので、つい耳をそばだててしまった」
「服装だと、どこがおかしい?。派手さは控えたはずだ」
マリアは自分の服に目をむけながら言った。
マリアの服装は今回も『ゴシック・ロリータ』を基調にしたものだったが、たしかにいつもとは違い、風合いを残した程度の控えめのデザインのように感じられた。だがそれでも、まわりの貴族たちの豪奢な服装と張り合えるほど派手で、かなり目立っているのも確かだった。
「マリアさん、おかしいでしょ。それ、この時代に合ってませんわよ」
エヴァがそう指摘した。
エヴァは着ているものを、すでにこの時代に合わせたようだったが、いくつもの鋲がうたれたボンテージ風のワンピースに、赤いケープマントを羽織っていて、こちらはこちらで違和感がありまくりだった。本人はスパルタの女戦士をイメージしたものらしいが、ぱっと見た目は『ワンダーウーマン』のようにしか見えない。
「エヴァ、きみもこんな平和の祭典に、戦闘服は似つかわしくないと思うけど……」
セイがそう指摘すると、マリアとエヴァが口を揃えてセイに文句をつけたた。
「詰め襟姿のオマエに(あなたに)言われたくねぇな(ないですわ)」
そのやりとりを聞いていた大男が、ことさらおおきな笑い声をあげた。
「うわははは。本当にあなたがたは変わっている。どこの国からこられたのかな?」
「ニッポン」
セイが当たり前のように、その当時にはなかった地名を口にした。
「二ッ……ポン……。ふうむ。失礼ながら存じあげない国名だ」
「でしょうね。ここより遥か東方の国です」
「小アジアのほうの国か……。いや、わたしの勉強不足のようだ」
「ぼくは、セイ。そしてこちらがマリア、そしてエヴァ」
セイは大男に自己紹介をした。大男は三人の顔を見てから言った。
「わたしはアテナイのアリストクレスというものだ。きみらはこの『オリュンピア』に来るのははじめてかね」
「えぇ。アリストクレスさん。あなたはこの場所には詳しいのですか?」
「あぁ、オリュンピアには何度も足を運んでいるからね。それに元々わたしはレスリングの選手だったんですよ。からだが大きかったので、今ではアリストクレスではなく、その時のあだ名で呼ばれていますがね。まぁ、残念ながらオリンピックには一度も出場はかなわなかったんですが……」
「で、おっさん、今、こんなところでなにをやってた?」
「マリアさん、実は老師と一緒に来たのですが、はぐれてしまって、こちらも途方にくれているのですよ」
「老師?」
「はい。ご存知ありませんか?。このギリシアで一番の哲学者 ソクラテスです」
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