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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第5話 歴史家トゥキディデスとの邂逅
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ヘロドトス——。
セイはその名前を聞くなり額にピシャリと手を当て、あからさまに当惑したジェスチャーをした。
「知ってる……。試験に出るからね」
「は、ガッカリだ。2400年後の『世界史』でも学ばされる歴史的書物が、オリンピックで宣伝して有名になった世俗まみれのものとは……」
「ちょっと見方が変わりますね」
マリアとエヴァがすこし苦笑いしながら言った。
「今からの『戦史』の一節を朗読するから、ぜひ聞いていってくれたまえ」
自分の話に反応してくれたと勘違いしたのか、トゥキディデスが声を弾ませた。
「ごめんなさい。急ぎの用があるので、今は……」
エヴァが語尾を濁しながら、その場を取り繕おうとしたとき、マリアがあからさまに猥雑な口調で、ことばを差し挟んできた。
「おい、トゥキディデス。あそこにいる色っぽいねーちゃんたちはなんだ?」
そう問われたトゥキディデスが、反射的にマリアが指さす方向をみると、大きめのテントが張られた一角に、透けたチュニカを着た女性たちがいた。彼女たちは半円を描いて立ち、艶めかしく踊りながら歌っている。
女たちは、あらゆる種類のおんながいた。
痩せ、ぽっちゃり、筋肉質、背が高い、小柄などさまざまで、年齢は若い子から熟女……、それに、それ以上の者もいた。
「お嬢ちゃん、あそこはキネテリアだよ。あんたらが近づいちゃいけない」
「キネテリア?。なんだ。それは?」
マリアがキネテリアのほうへもう一度顔を向けると、踊っている女性たちの前に、身なりを整えた男性がしゃしゃりでてきて、威勢よく呼び込みをはじめた。
「さぁ、たった1オプローズからお楽しみいだけるよ。恥ずかしいとか、気が変わったとか言いっこなしにしてくださいな。急がないとお目当ての女性がいなくなっちゃうよ」
エロティックなダンスをしていた女性たちを遠巻きにみていた男性たちが、その口上に釣られて、たちまち群がるように近づきはじめた。若い男から老人までが目をぎらつかせて、踊りを踊っているおんなたちを吟味していく。
まだティーン・エイジャーかと思えるほど若い青年が、ぎゅっと拳を握りしめ、緊張した面持ちで、呼び込みの男性に声をかけた。
「あ、あの……、本当に1オプローズだけでいいん……です……か?」
呼び込みの男性は、どうやらこの手の質問に慣れているらしく、青年の緊張を解きほぐすように、彼の肩に馴れ馴れしく手をまわした。
「いやぁ『ボク』、いい質問だ」
そう高らかに声を張り上げると、今度は青年だけに特別に教えるという仕草で、口元を手で隠しながら言った。
「料金は体位でちがってくるのさ。一番安いクブタなら1オプローズだが、駄賃をはずんでくれりゃあ、もっと激しいケレスなんていうのも楽しめる。なんなら『チーズおろしの上のライオン』っていう秘伝中の秘技なんてどうだい?」
呼び込みの男は青年に内緒話をしている風を装っていたが、さきほどの呼び込みの時とさほど変わらない声量で『囁く』ものだから、周りの男性客たちはその耳をそばだてずにはいられない。恥ずかしさを忍んで質問した青年は、いい宣伝のだしにされた形だ。
「あ……、いえ……、どんなものかわからなくて……」
「わからない!。そう!。それを知りたきゃ、ぜひお試しあれ!」
そのやりとりを聞いていたトゥキディデスが、あまり興味なさげに肩をすくめながらぼそりと言った。
「あの女たちはボルナイ。たぶんコリントスの奴隷かなんかだろう……」
「娼婦……ですの……?」
エヴァは口にするのをためらうように言った。が、マリアがそんなことどこふく風とばかりに中年男性ばりのストレートな意見をぶちまけた。
「おい、トゥキディデス、1オプローズってどれくらいの価値だ」
「1オプローズ……。まぁアテナイ市民のひと家族の生活費というところかな」
「ふーん。そいつが安いのか高いのか、よくわからんが、昼間っからってすげえな。おい、トゥキディデス、ところで、なかには仕切りかなにかあるのか?」
「そんなモンあるわけないだろう。ま、あったとしても布っきれが垂れ下がっている程度だろうよ」
「商売優先ってか!」
「当然だろう。彼女たちはこのオリンピックの5日間で一年分を稼ぐって言われてんだ。誰だって必死だろうて。ま、このわたしも含めてね」
それを聞いたマリアは、それまで無関心を装って、セイをこずいて言った。
「おい、セイ、行きたきゃ行ってもいいんだぜ」
「マリア、やめてくれよ」
そういう流れになると見越していたので、セイは少々オーバーなリアクションで、脊髄反射的にすぐさま否定した。
「そうですよ、マリアさん。からかわないでください」
エヴァもセイを擁護してくれた。
セイは任務を再度確認するように、拳をぎゅっと握りしめてから言った。
「ぼくらは、現実世界で昏睡病に罹っている要引揚者を探しにきてる。ぼくらには時間がないんだよ」
マリアはそれを聞いて納得したように、かるく首肯した。セイはマリアが気を引き締め直してくれたのだと、すこしほっとした。が、マリアはにたりと笑って言った。
「つまり、なんだ……。時間があったら検討してぇってことだな」
※キネテリア(セックス工場)という意味らしいです。
セイはその名前を聞くなり額にピシャリと手を当て、あからさまに当惑したジェスチャーをした。
「知ってる……。試験に出るからね」
「は、ガッカリだ。2400年後の『世界史』でも学ばされる歴史的書物が、オリンピックで宣伝して有名になった世俗まみれのものとは……」
「ちょっと見方が変わりますね」
マリアとエヴァがすこし苦笑いしながら言った。
「今からの『戦史』の一節を朗読するから、ぜひ聞いていってくれたまえ」
自分の話に反応してくれたと勘違いしたのか、トゥキディデスが声を弾ませた。
「ごめんなさい。急ぎの用があるので、今は……」
エヴァが語尾を濁しながら、その場を取り繕おうとしたとき、マリアがあからさまに猥雑な口調で、ことばを差し挟んできた。
「おい、トゥキディデス。あそこにいる色っぽいねーちゃんたちはなんだ?」
そう問われたトゥキディデスが、反射的にマリアが指さす方向をみると、大きめのテントが張られた一角に、透けたチュニカを着た女性たちがいた。彼女たちは半円を描いて立ち、艶めかしく踊りながら歌っている。
女たちは、あらゆる種類のおんながいた。
痩せ、ぽっちゃり、筋肉質、背が高い、小柄などさまざまで、年齢は若い子から熟女……、それに、それ以上の者もいた。
「お嬢ちゃん、あそこはキネテリアだよ。あんたらが近づいちゃいけない」
「キネテリア?。なんだ。それは?」
マリアがキネテリアのほうへもう一度顔を向けると、踊っている女性たちの前に、身なりを整えた男性がしゃしゃりでてきて、威勢よく呼び込みをはじめた。
「さぁ、たった1オプローズからお楽しみいだけるよ。恥ずかしいとか、気が変わったとか言いっこなしにしてくださいな。急がないとお目当ての女性がいなくなっちゃうよ」
エロティックなダンスをしていた女性たちを遠巻きにみていた男性たちが、その口上に釣られて、たちまち群がるように近づきはじめた。若い男から老人までが目をぎらつかせて、踊りを踊っているおんなたちを吟味していく。
まだティーン・エイジャーかと思えるほど若い青年が、ぎゅっと拳を握りしめ、緊張した面持ちで、呼び込みの男性に声をかけた。
「あ、あの……、本当に1オプローズだけでいいん……です……か?」
呼び込みの男性は、どうやらこの手の質問に慣れているらしく、青年の緊張を解きほぐすように、彼の肩に馴れ馴れしく手をまわした。
「いやぁ『ボク』、いい質問だ」
そう高らかに声を張り上げると、今度は青年だけに特別に教えるという仕草で、口元を手で隠しながら言った。
「料金は体位でちがってくるのさ。一番安いクブタなら1オプローズだが、駄賃をはずんでくれりゃあ、もっと激しいケレスなんていうのも楽しめる。なんなら『チーズおろしの上のライオン』っていう秘伝中の秘技なんてどうだい?」
呼び込みの男は青年に内緒話をしている風を装っていたが、さきほどの呼び込みの時とさほど変わらない声量で『囁く』ものだから、周りの男性客たちはその耳をそばだてずにはいられない。恥ずかしさを忍んで質問した青年は、いい宣伝のだしにされた形だ。
「あ……、いえ……、どんなものかわからなくて……」
「わからない!。そう!。それを知りたきゃ、ぜひお試しあれ!」
そのやりとりを聞いていたトゥキディデスが、あまり興味なさげに肩をすくめながらぼそりと言った。
「あの女たちはボルナイ。たぶんコリントスの奴隷かなんかだろう……」
「娼婦……ですの……?」
エヴァは口にするのをためらうように言った。が、マリアがそんなことどこふく風とばかりに中年男性ばりのストレートな意見をぶちまけた。
「おい、トゥキディデス、1オプローズってどれくらいの価値だ」
「1オプローズ……。まぁアテナイ市民のひと家族の生活費というところかな」
「ふーん。そいつが安いのか高いのか、よくわからんが、昼間っからってすげえな。おい、トゥキディデス、ところで、なかには仕切りかなにかあるのか?」
「そんなモンあるわけないだろう。ま、あったとしても布っきれが垂れ下がっている程度だろうよ」
「商売優先ってか!」
「当然だろう。彼女たちはこのオリンピックの5日間で一年分を稼ぐって言われてんだ。誰だって必死だろうて。ま、このわたしも含めてね」
それを聞いたマリアは、それまで無関心を装って、セイをこずいて言った。
「おい、セイ、行きたきゃ行ってもいいんだぜ」
「マリア、やめてくれよ」
そういう流れになると見越していたので、セイは少々オーバーなリアクションで、脊髄反射的にすぐさま否定した。
「そうですよ、マリアさん。からかわないでください」
エヴァもセイを擁護してくれた。
セイは任務を再度確認するように、拳をぎゅっと握りしめてから言った。
「ぼくらは、現実世界で昏睡病に罹っている要引揚者を探しにきてる。ぼくらには時間がないんだよ」
マリアはそれを聞いて納得したように、かるく首肯した。セイはマリアが気を引き締め直してくれたのだと、すこしほっとした。が、マリアはにたりと笑って言った。
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