ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜

第2話 ギリシア正教のダイバーズ・オブ・ゴッド

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「今回のダイブは場所も時代もわかっている」

 狭い待機室で叔父の夢見輝男が、セイ、マリア、エヴァ、かがりの顔を順番に見ながら言った。
「おい、かがりの親父。なかなかめずらしい事例だな。そういう恵まれた条件で潜れることはそうそうないぜ」
 まずマリアが口をひらいた。いぶかしげな目を輝男にむけながら。その目線に気づいたエヴァが、その意図をエヴァが即座に察した。
「そうですね。なかなかにヤバそうな案件の臭いがしますわね」

「ちょっとぉ、マリアもエヴァもなにその態度?」
 かがりがマリアとエヴァにむかって言った。
 恵まれた条件と言いながら、それにケチをつけてきたマリアとエヴァの反応が、どうにも気に入らなかったのだろう。
「まるで父さんが何かたくらんでいるみたいに聞こえるわ。言いがかりなら勘弁してよね」
「言いがかりじゃねぇ、かがり。おまえの親父さんはなにか隠してやがる。潜る先の時代も場所もあらかじめわかってるなんて、おかしいだろ」
 マリアがかがりの文句に反論した。セイはおもむろにそこへ割って入った。

「誰が先に潜ってるんです?。おじさん」

 潜行前につまらない揉め事、それがどんな些細なものであってもセイは避けたかった。あちらの世界は『精神力』が『体力』そのものなのだから、無意味な口論などで『ストレス』をうけて、『体力』を消耗してしまうのはばかばかしい。なにより、あちらで待ち受けているであろう『トラウマ=悪魔』を利するだけだ。
 セイから短力直入に指摘を受けた輝男は狼狽うろたえることも、悪びれることもなく、皆の前にタブレット端末を差し出してから言った。

 そこにはふたりの人物のバストアップの写真があった。上には女性、下には男性が写っており、どちらもとても若かった。

「彼らは、ギリシア正教の『神の潜睡士ダイバーズ・オブ・ゴッド』の双子の兄妹きょうだい……」
 輝雄がそこまで紹介したところで、マリアが吐き捨てるように言った。
「けっ、スピロとゾーイか!」
「知っているのかね。スピロ・クロニス(Spiro Chronis)ととゾーイ・クロニス(Zoe Chronis)兄妹きょうだいを?」
 輝雄がマリアに訊いたが、返事はマリアではなくエヴァのほうからもどってきた。
「知ってますわよ。この世界では有名な、ギリシア人の切れ者、イカれ兄妹きょうだいって……」
 かがりがその言葉尻をとらえた。
「なに?。その切れ者なのに、イカれてるって?」
「噂ですわ、そういう噂。能力はすごいらしんですけどね。やってることがメチャクチャだって……。兄のスピロは頭脳明晰で、歴史だけでなく、あらゆる学問にも相当通じてるそうなんですけど、どうも空気の読めなさは世界遺産級らしいんですよ。聞いた話だと、以前ダイブした先で、菩提樹ぼだいじゅの下で修業中の釈迦しゃか(ガウタマ・シッダールタ)の横で、キリスト教の教えを滾々こんこんと説いていたっていいいます」
「オレは、妹のゾーイもなかなかのものだって聞いてるぜ。なんでも空前絶後の粗忽そこつものらしい。たしか、ジュリアス・シーザー(ユリウス・カエサル)の暗殺をどうにかするはずだったのに、ゾーイの活躍のせいで、ブルータスに殺されるより先に、クレオパトラに暗殺されちまったらしい」

「ず、ずいぶん、トンでもない話……ね」
 あまりに大きなスケールの話に、かがりはそう返すくらいしかできないようだった。

 セイは机の上におかれたタブレットの写真を改めてまじまじと見つめた。
 上の写真には、色白で鼻筋がすっくと立った美人が写っていた。
 ギリシア人らしいと言われればたしかにそう思えるような、目鼻がくっきりとして彫りが深い顔立ちだった。顎にかけてのシャープなラインが、顔全体を整え美貌をさらに際立たせている。
 ブロンドの髪、青みがかった目は蠱惑こわく的で、男ならつい振り向いてしまうだろう女性としての魅力をたたえている。エヴァも西洋系の典型的な美人だったが、またそれとはちがった種類のパーフェクトな美しさがあった。

 下の写真には、精悍せいかんさが写真からも伝わってくるような、たくましい顔が写っていた。眉や目、鼻、口までもがきりっとして、しかもその位置にあるのがベストだと感覚的に思える位置に、部位が配置されていた。顎は心持ち張り出していたが、褐色に日焼けした肌と相まって、すぐれたアスリートを想起させた。
 セイにはなんど見比べてみても、ふたりがとても双子とは思えなかった。ただ両方ともひとを惹きつける魅力の顔立ちであるのは間違いなかった。
 
「写真を見る限り、上に映っている女性も、下の男性も、そんなマネをやらかしそうにないけどなぁ」
 セイがふたりの印象を口にすると、叔父の輝雄がタブレットの写真を指さしながら言った。
「上が兄のスピロ、下が妹のゾーイだ」

「ええっ!」 
 セイとかがりが同時に驚きの声をあげた。

「要引揚者は、レスリング79kg級フリースタイルのアメリカ代表のジョー・デレク選手」
 スピロとゾーイ兄妹きょうだいの倒錯した容姿についての驚きがおさまったところで、輝雄が用件を事務的に伝えてきた。
「スピロとゾーイ兄妹きょうだいはすでに二回ダイブを試みているらしい。だが、現代の知識や歴史的事実をもってしても、どうやっても打つ手がないとのことだ」
「で、なんでオレたちがヤツラの尻拭いをせねばならん」
「まったく、ギリシア正教に義理も借りもないですしねぇ」
 マリアとエヴァのネガティブな意見にかがりが声を強めた。
「なによ、あんたたち。こんな時の「Cooperative協調する・Diversじゃないの?」
「かがり、都合のいいときだけ、持ち出されても困る。ヤツラとは『サイコ・ダイバーズ』の国際会合で顔合わせした程度だ」
「でも、『サイコ・ダイバーズ』の仲間が困っているんだから、助けてあげたら?」
「いやだ」
「いやです」
 マリアとエヴァがあ・うんの呼吸で同時に否定した。
「オレはゾーイのガサツなところが気にくわねぇんだ」
「わたしはスピロの慇懃いんぎんなところが鼻についてしかたがありません」
 かがりがセイの方へ肩をすくめてみせた。そこには「あなたたちが言う?」という意味が含まれているようだった。

「おじさん。あとどれくらい時間の猶予があるかわかる?」
「セイ。それがな……、もう『記憶の門』が閉じかかっていて、一刻の猶予も……」
「おいおい、ギリギリってか。さっさとホールド・アップすればいいものを……」
「ほんとうです!。白旗をあげるのなら、もっとはやくにしてくれないと……」 

 ふたりの憤慨っぷりをはた目に見ながら、かがりがため息をついた。
「あんたたちだって、おなじ立場になったら、簡単には音をあげないでしょうに……」
「あぁ、あきらめねぇ。あきらめずに最後までやり遂げてみせるさ」
「えぇ。そんな無責任なことは、私たちはしません!」
 強がりとも自信ともおもえることばだったが、ふたりは語気を強めて言った。

「ぼくはすぐにあきらめるよ」

 セイがすっくと立ちあがりながら言った。あまりに意外な意見に聞こえたのか、マリアもエヴァも、かがりまでもが、目を丸くしてセイを見ていた。

「ぼくは無理だと思ったらあきらめる。未熟な自分を認めて、そのやり方をあきらめた上で、別のアプローチができないかを徹底的に模索する。それがぼく以外の誰かが適任であるという結論になるのなら、それを前向きに選択するつもりだ」
 それだけ言うと出口にむかった。

「おい、セイ。どこへ行く?」
 輝雄が背後から声をかけた。

 セイは首だけでふりむいて言った。
「きみらは嫌なんだろ。だったら、ぼくひとりで潜るよ」
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