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ダイブ4 古代オリンピックの巻 〜 ソクラテス・プラトン 編 〜
第1話 オリンピックにまさる競技会などない
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もしあなたが勝者について語りたいのなら……
真っ昼間に虚空を渡る太陽より白熱した星
そんなものを捜そうとはしないことだ
オリュンピアにまさる競技会
そんなことを語ろうなどと
考えぬことだ……
叙情詩人ピンダロス(紀元前518~438年)によるシュラクサイの僭主ヒエロンの競馬競技の優勝を讚える祝捷歌。
パン、パンと乾いた小気味いい連打音が室内に響く。
夢見聖はコーチの大島が差し出すパンチングミットめがけて、ワンツーパンチを繰り出した。さらに、リズミカルにからだを揺らしながら、右、左と打ち込んでいく。
「聖、いい感じだ」
大島の鼓舞することばに反応して、今度はジャブからフックをねじ込んでいく。大島の手が外側にむく。すると聖は踏み込んだ前足を軸にして、ぐるっとからだのサイドをチェンジして、大島の腕の外側からパンチを打ち込んだ。
「おい、聖。なんのまねだ」
大島がパンチングミットの構えをときながら言った。
「なにって、大島さん、ロマチェンコ・ステップさ」
「なにがロマチェンコ・ステップだ。ピボット・ターンっていうんだよ」
「でも、うまいもんでしょう?」
「超一流選手のまねしても強くなれねぇぞ」
「大島さん。前から言っているでしょ。ぼくはテクニックを学んだり、精神を鍛練するために、武道や格闘技をやってるだけです。巧くなりたいけど、強くなろうなんて……」
聖がそう抗弁していると、サンドバッグを叩いていた先輩ボクサーが横やりをいれてきた。
「聖、おまえ、おんなにモテたいからボクシング、やってるんだろ」
「先輩、なんですか。唐突に?」
「まぁ、口では鍛練とかなんとか言ってっけど、要するにモテるためなんだろ?」
「いや、そんなことないです」
「嘘つけぇ、聖。おまえを待ってる女の子、三人に増えてンじゃねぇか」
そう言って、先輩ボクサーがパンチを繰り出すジェスチャーで、道路に面したガラスの壁のほうを指し示した。ちょっぴり泣き出しそうな顔をしながら。
聖がその剣幕にちょっと引きながらも、指し示す方へ目をむけると、ガラスに貼り付くようにしてなかを覗き込んでいる、広瀬かがり、マリア・トラップ。エヴァ・ガードナーの三人の姿がそこにあった。
「あ、あれ。あれはただのお呼び出しですよ。お・し・ご・と、のね」
「呼び出しなら、ひとりで充分だろ。くそぉ、なんでオレもボクシングやってんのに、モテないんだよ」
聖があわてて着替えて外へ出ると、マリアが開口一番、なぜか上から目線で笑いかけてきた。
「かっかっか。聖、なかなかソソるからだをしているじゃねぇか」
「マリアさん。それ女の子のいうセリフではありませんでしょう」
「いやいや、眼福、眼福。BL的には、なかなか掻立てられるシャープな体つきだ。痩せすぎず、筋肉質すぎずな。やはりボクサーの身体は……いい」
「もう、マリア。聖ちゃんで変な想像しないでくれる!。今からダイブなんだから」
かがりが少々あきれた口調でマリアをたしなめると、エヴァも続いた。
「本当に。聖さんの精神をかき乱してどうするんです、マリアさん」
「まぁ、そういうな。ちょっとした挨拶だ」
「で、今から『ダイブ』する要引揚者はどんな人?。緊急なんだろ」
聖がかがりに尋ねた。
「ええ。緊急も緊急なの。ダイブの依頼者は、アメリカのレスリングの選手……」
「それのなにが緊急?」
「バカか、聖。あともうすこしでオリンピックだろうがぁ」
マリアが聖に言い放つと、エヴァがすこしやんわりと捕捉した。
「聖さん、その人はオリンピック代表の最有力候補なの」
「たぶん、こいつの親父ンとこの財団絡みだ。ま、たんまりと駄賃をはずまれたンで、かがりの親っさんも断れなかったんだろうぜ」
「マリア!」
かがりとエヴァが同時にマリアに文句をつけた。
「で、つまりは、今からすぐにダイブして、そのオリンピック選手をちゃっちゃと、引揚げしろってことだね」
------------------------------------------------------------
駅前にむかって四人がそぞろ歩きしていると、街中のそこかしこに『オリンピック』のマークがあふれていることに気づかされることになった。
自販機には海外飲料メーカー、海外信販会社、世界的自動車メーカー、大手保険会社、大手都市銀行、大手警備会社、公共交通機関各社、エネルギー供給会社各社、なかにはチェーンの駐車場にもオフィシャルマークが踊っている。
「たしかに、もうすぐオリンピックね」
かがりは呟くように言った。
「は、それがどうした。こちらは歴史の転換点のまっただなかに放り込まれンだ。毎回オリンピック以上のイベントまみれだ。現実世界にかまっちゃいられねぇ」
マリアがかがりのことばに水を差すように声をあげた。
「まぁ、マリアさん。たしかにそうですけど、わたしたちはその現実世界に生きてるんですよ。すこしは現実を楽しんでもいいんじゃないかしら」
エヴァがかがりの言わんとしたことを汲み取ってマリアに提言してきた。
マリアが驚いた顔をエヴァにむけたのがわかった。ふだん空気が読めない発言ばかりのエヴァに、正論を指摘されたことに虚をつかれたらしい。
「んまぁ、たしかに、現実世界の世界的なイベントのひとつくらい楽しんでいいかもな」
先ほどはちょっといい過ぎたと反省しているのか、マリアがさきほどの啖呵を修正するようにぼそりと呟いた。
「そうだね。ぼくらは過去の世界に精神を侵食されすぎてて、今をないがしろにしすぎているのかも。もうすこしぼくらの世界を大切にしなきゃな」
聖がぼそりと肯定した。
かがりには、それが、かがりとマリアを思いやっての、取りつくろったことばにしか聞こえなかった。
嘘ばっかり——。
かがりが小さな声、限りなく独り言に近い言い方で呟いた。セイとエヴァはまったく頓着せず、あたりを見回していたが、マリアだけはそのひと言を聞き逃さなかった。
マリアはなにも言わず、かがりをいたわるように、背中に手をあてて軽くさすってきた。
その手のひらの温もりが、そこから漏れ伝わる優しさが、すこし悔しかった——。
真っ昼間に虚空を渡る太陽より白熱した星
そんなものを捜そうとはしないことだ
オリュンピアにまさる競技会
そんなことを語ろうなどと
考えぬことだ……
叙情詩人ピンダロス(紀元前518~438年)によるシュラクサイの僭主ヒエロンの競馬競技の優勝を讚える祝捷歌。
パン、パンと乾いた小気味いい連打音が室内に響く。
夢見聖はコーチの大島が差し出すパンチングミットめがけて、ワンツーパンチを繰り出した。さらに、リズミカルにからだを揺らしながら、右、左と打ち込んでいく。
「聖、いい感じだ」
大島の鼓舞することばに反応して、今度はジャブからフックをねじ込んでいく。大島の手が外側にむく。すると聖は踏み込んだ前足を軸にして、ぐるっとからだのサイドをチェンジして、大島の腕の外側からパンチを打ち込んだ。
「おい、聖。なんのまねだ」
大島がパンチングミットの構えをときながら言った。
「なにって、大島さん、ロマチェンコ・ステップさ」
「なにがロマチェンコ・ステップだ。ピボット・ターンっていうんだよ」
「でも、うまいもんでしょう?」
「超一流選手のまねしても強くなれねぇぞ」
「大島さん。前から言っているでしょ。ぼくはテクニックを学んだり、精神を鍛練するために、武道や格闘技をやってるだけです。巧くなりたいけど、強くなろうなんて……」
聖がそう抗弁していると、サンドバッグを叩いていた先輩ボクサーが横やりをいれてきた。
「聖、おまえ、おんなにモテたいからボクシング、やってるんだろ」
「先輩、なんですか。唐突に?」
「まぁ、口では鍛練とかなんとか言ってっけど、要するにモテるためなんだろ?」
「いや、そんなことないです」
「嘘つけぇ、聖。おまえを待ってる女の子、三人に増えてンじゃねぇか」
そう言って、先輩ボクサーがパンチを繰り出すジェスチャーで、道路に面したガラスの壁のほうを指し示した。ちょっぴり泣き出しそうな顔をしながら。
聖がその剣幕にちょっと引きながらも、指し示す方へ目をむけると、ガラスに貼り付くようにしてなかを覗き込んでいる、広瀬かがり、マリア・トラップ。エヴァ・ガードナーの三人の姿がそこにあった。
「あ、あれ。あれはただのお呼び出しですよ。お・し・ご・と、のね」
「呼び出しなら、ひとりで充分だろ。くそぉ、なんでオレもボクシングやってんのに、モテないんだよ」
聖があわてて着替えて外へ出ると、マリアが開口一番、なぜか上から目線で笑いかけてきた。
「かっかっか。聖、なかなかソソるからだをしているじゃねぇか」
「マリアさん。それ女の子のいうセリフではありませんでしょう」
「いやいや、眼福、眼福。BL的には、なかなか掻立てられるシャープな体つきだ。痩せすぎず、筋肉質すぎずな。やはりボクサーの身体は……いい」
「もう、マリア。聖ちゃんで変な想像しないでくれる!。今からダイブなんだから」
かがりが少々あきれた口調でマリアをたしなめると、エヴァも続いた。
「本当に。聖さんの精神をかき乱してどうするんです、マリアさん」
「まぁ、そういうな。ちょっとした挨拶だ」
「で、今から『ダイブ』する要引揚者はどんな人?。緊急なんだろ」
聖がかがりに尋ねた。
「ええ。緊急も緊急なの。ダイブの依頼者は、アメリカのレスリングの選手……」
「それのなにが緊急?」
「バカか、聖。あともうすこしでオリンピックだろうがぁ」
マリアが聖に言い放つと、エヴァがすこしやんわりと捕捉した。
「聖さん、その人はオリンピック代表の最有力候補なの」
「たぶん、こいつの親父ンとこの財団絡みだ。ま、たんまりと駄賃をはずまれたンで、かがりの親っさんも断れなかったんだろうぜ」
「マリア!」
かがりとエヴァが同時にマリアに文句をつけた。
「で、つまりは、今からすぐにダイブして、そのオリンピック選手をちゃっちゃと、引揚げしろってことだね」
------------------------------------------------------------
駅前にむかって四人がそぞろ歩きしていると、街中のそこかしこに『オリンピック』のマークがあふれていることに気づかされることになった。
自販機には海外飲料メーカー、海外信販会社、世界的自動車メーカー、大手保険会社、大手都市銀行、大手警備会社、公共交通機関各社、エネルギー供給会社各社、なかにはチェーンの駐車場にもオフィシャルマークが踊っている。
「たしかに、もうすぐオリンピックね」
かがりは呟くように言った。
「は、それがどうした。こちらは歴史の転換点のまっただなかに放り込まれンだ。毎回オリンピック以上のイベントまみれだ。現実世界にかまっちゃいられねぇ」
マリアがかがりのことばに水を差すように声をあげた。
「まぁ、マリアさん。たしかにそうですけど、わたしたちはその現実世界に生きてるんですよ。すこしは現実を楽しんでもいいんじゃないかしら」
エヴァがかがりの言わんとしたことを汲み取ってマリアに提言してきた。
マリアが驚いた顔をエヴァにむけたのがわかった。ふだん空気が読めない発言ばかりのエヴァに、正論を指摘されたことに虚をつかれたらしい。
「んまぁ、たしかに、現実世界の世界的なイベントのひとつくらい楽しんでいいかもな」
先ほどはちょっといい過ぎたと反省しているのか、マリアがさきほどの啖呵を修正するようにぼそりと呟いた。
「そうだね。ぼくらは過去の世界に精神を侵食されすぎてて、今をないがしろにしすぎているのかも。もうすこしぼくらの世界を大切にしなきゃな」
聖がぼそりと肯定した。
かがりには、それが、かがりとマリアを思いやっての、取りつくろったことばにしか聞こえなかった。
嘘ばっかり——。
かがりが小さな声、限りなく独り言に近い言い方で呟いた。セイとエヴァはまったく頓着せず、あたりを見回していたが、マリアだけはそのひと言を聞き逃さなかった。
マリアはなにも言わず、かがりをいたわるように、背中に手をあてて軽くさすってきた。
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