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ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
第69話 主の御名において、ネロを……
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「だめぇぇぇぇぇぇ!!」
エヴァは悲鳴のような声をあげた。そして、次の瞬間、エヴァは駆け出していた。
セイとマリアからスポルスを託されていたのに……。
二体のモンスターを同時に相手にしていなければ……。
あれが、ペテロニウスさんやピソさんだったから……。
そんな言い訳や悔恨の思いが次々と頭のなかを駆け抜けた。そのたびにエヴァは自分でそれを打ち消した。おかげで、エヴァが床に倒れているスポルスの元に駆け寄ったときには「すべて私のせい」と腹を括れていた。
「スポルスさん。しっかり!」
エヴァは携えていた自動小銃を床に置くと、スポルスの頭を抱え起こして声をかけた。スポルスの腹の刺傷からは血がどぼどぼと、噴き出すように流れていた。みるみるトーガが赤く染まっていく。相当な深部にまで達している。おそらくどこかの動脈を傷つけているに違いない。
スポルスがうっすらと目を開いた。
「エヴァさん。ごめんなさい。わたし失敗しました……」
「スポルスさん、どうか謝らないでください。わたしのせい……わたしが悪いの。あなたをひとりで行かせた、私が全部……」
「いえ、あなたはあんな化物を相手にして守ってくれようと……」
「スポルスさん、しゃべらないで」
「あんな下劣な男でも主は愛せよとおっしゃられているのです」
エヴァは自分の顔をおおった。慚愧の思いが胸をついて、涙がこぼれ落ちた。
「スポルスさん、わたしがあのようなふるまいをみせなければ。あなたがイエスの教えに導かれなければ」
「エヴァさん、何をバカなことを。あなたのおかげで私は救われました」
エヴァは指で涙をぬぐいとると、きっと正面を見つめた。
小太刀を手にして、こちらの様子を伺っているネロがまだそこにいた。目が合うとネロは、エヴァを小馬鹿にするような視線をむけた。
「当然の報いだ。この国の最高権力者であり、後世に名を残す唯一無二の芸術家に手をかけようとしたのだからな!」
「いえ。ネロさん。あなたは後世になにも残しません」
「なにをぉぉ」
「わたしは未来からきた人間です。だから知っています。あなたの書いた本も、詠んだ詩も、なにひとつ後世に伝えられないのです」
「な、なぜだ?」
「あなたが無能だったからです」
ネロの顔色が変わった。生来の小心者としての怯えた表情ではなかった。それは自分を、、自分のアイデンティティすべてを否定されたことのショックだった。
「う、うそをつくな。いや……、そうではない。この時代のものが後世に残されておらんのだな。のちの戦争や大火でうしなわれたにちがいない。だから……残っておらんのだ」
ネロは太刀を前に突き出したまま、よろよろとエヴァのほうに歩いてきた。だが、その足元は危うかった。膝がガクガクと震え、今にも転びそうな足取りだった。
「いいえ、残っています。セネカさまの随筆は二千年後にも研究が続けられ、悲劇はのちの文豪シェークスピアにおおきな影響を与えています。それにペテロニウスさまの『サテリコン』はずっと読みつがれ、巨匠の手で映画……、いえ劇にもなりました」
「ふ、ふざけるな。『サテリコン』だとぉぉぉ。あんな俗物まみれの愚作が、ワシの高潔な詩に劣るなどありえない」
「ですが、あなたの名は、実母と二人の妻の殺害、そして、キリスト教徒を迫害をした、『暴君』という汚名でのみ、語りつがれています」
ネロはその場に膝をついた。さすがにこれは骨身にしみたのだろう、そうエヴァは思った。だが、ネロはうつむいたまま、笑いはじめた。
「ふはははは……。小娘。あやうくだまされるところだったわ。我が才能をおとしめて。ワシを苦しめようという魂胆だな。だが、自分の才は自分が一番よく知っておる。ワシはあらゆる歌謡競技会でなんども栄冠をいただいておるのだ。それにオリンピックの『戦車競争』で優勝を勝ち得た英雄でもある。おまえごとき下賤の者に冒涜されても痛くもかゆくもない」
ネロが手に持った小太刀をぎゅっと握りしめて立ちあがった。
「だが、それを許しはせぬ。我が才能を貶めた罪を許しはせぬ」
「エヴァさん、逃げて……」
苦しい息の下からスポルスが言った。エヴァはスポルスの顔を覗き込んで、やさしくほほえんだ
「返り討ちにしましょう。スポルスさん、あなたの手で……」
エヴァはスポルスの背後に回り込むと、頭を抱えて上半身を抱きおこした。足を前に投げ出すと膝をたて、その上に自動小銃の筒を乗せる。やさしくスポルスの手をとると、その指を引き鉄にあてがった。
「スポルスさん。主の御名において、ネロを……、この時代のキリスト教徒を苦しめる害悪を排除してください」
スポルスが軽く頷いた。
エヴァはひき金にかかったスポルスの指の上から、自分の指をかぶせて一気にひき絞った。
激しく連続する発砲音が広間になり響いたかと思うと、ネロのからだが後方に跳ねとんだ。
そして、その肥えた体躯にふさわしい、重々しい音をたてて床に転がった。
エヴァは悲鳴のような声をあげた。そして、次の瞬間、エヴァは駆け出していた。
セイとマリアからスポルスを託されていたのに……。
二体のモンスターを同時に相手にしていなければ……。
あれが、ペテロニウスさんやピソさんだったから……。
そんな言い訳や悔恨の思いが次々と頭のなかを駆け抜けた。そのたびにエヴァは自分でそれを打ち消した。おかげで、エヴァが床に倒れているスポルスの元に駆け寄ったときには「すべて私のせい」と腹を括れていた。
「スポルスさん。しっかり!」
エヴァは携えていた自動小銃を床に置くと、スポルスの頭を抱え起こして声をかけた。スポルスの腹の刺傷からは血がどぼどぼと、噴き出すように流れていた。みるみるトーガが赤く染まっていく。相当な深部にまで達している。おそらくどこかの動脈を傷つけているに違いない。
スポルスがうっすらと目を開いた。
「エヴァさん。ごめんなさい。わたし失敗しました……」
「スポルスさん、どうか謝らないでください。わたしのせい……わたしが悪いの。あなたをひとりで行かせた、私が全部……」
「いえ、あなたはあんな化物を相手にして守ってくれようと……」
「スポルスさん、しゃべらないで」
「あんな下劣な男でも主は愛せよとおっしゃられているのです」
エヴァは自分の顔をおおった。慚愧の思いが胸をついて、涙がこぼれ落ちた。
「スポルスさん、わたしがあのようなふるまいをみせなければ。あなたがイエスの教えに導かれなければ」
「エヴァさん、何をバカなことを。あなたのおかげで私は救われました」
エヴァは指で涙をぬぐいとると、きっと正面を見つめた。
小太刀を手にして、こちらの様子を伺っているネロがまだそこにいた。目が合うとネロは、エヴァを小馬鹿にするような視線をむけた。
「当然の報いだ。この国の最高権力者であり、後世に名を残す唯一無二の芸術家に手をかけようとしたのだからな!」
「いえ。ネロさん。あなたは後世になにも残しません」
「なにをぉぉ」
「わたしは未来からきた人間です。だから知っています。あなたの書いた本も、詠んだ詩も、なにひとつ後世に伝えられないのです」
「な、なぜだ?」
「あなたが無能だったからです」
ネロの顔色が変わった。生来の小心者としての怯えた表情ではなかった。それは自分を、、自分のアイデンティティすべてを否定されたことのショックだった。
「う、うそをつくな。いや……、そうではない。この時代のものが後世に残されておらんのだな。のちの戦争や大火でうしなわれたにちがいない。だから……残っておらんのだ」
ネロは太刀を前に突き出したまま、よろよろとエヴァのほうに歩いてきた。だが、その足元は危うかった。膝がガクガクと震え、今にも転びそうな足取りだった。
「いいえ、残っています。セネカさまの随筆は二千年後にも研究が続けられ、悲劇はのちの文豪シェークスピアにおおきな影響を与えています。それにペテロニウスさまの『サテリコン』はずっと読みつがれ、巨匠の手で映画……、いえ劇にもなりました」
「ふ、ふざけるな。『サテリコン』だとぉぉぉ。あんな俗物まみれの愚作が、ワシの高潔な詩に劣るなどありえない」
「ですが、あなたの名は、実母と二人の妻の殺害、そして、キリスト教徒を迫害をした、『暴君』という汚名でのみ、語りつがれています」
ネロはその場に膝をついた。さすがにこれは骨身にしみたのだろう、そうエヴァは思った。だが、ネロはうつむいたまま、笑いはじめた。
「ふはははは……。小娘。あやうくだまされるところだったわ。我が才能をおとしめて。ワシを苦しめようという魂胆だな。だが、自分の才は自分が一番よく知っておる。ワシはあらゆる歌謡競技会でなんども栄冠をいただいておるのだ。それにオリンピックの『戦車競争』で優勝を勝ち得た英雄でもある。おまえごとき下賤の者に冒涜されても痛くもかゆくもない」
ネロが手に持った小太刀をぎゅっと握りしめて立ちあがった。
「だが、それを許しはせぬ。我が才能を貶めた罪を許しはせぬ」
「エヴァさん、逃げて……」
苦しい息の下からスポルスが言った。エヴァはスポルスの顔を覗き込んで、やさしくほほえんだ
「返り討ちにしましょう。スポルスさん、あなたの手で……」
エヴァはスポルスの背後に回り込むと、頭を抱えて上半身を抱きおこした。足を前に投げ出すと膝をたて、その上に自動小銃の筒を乗せる。やさしくスポルスの手をとると、その指を引き鉄にあてがった。
「スポルスさん。主の御名において、ネロを……、この時代のキリスト教徒を苦しめる害悪を排除してください」
スポルスが軽く頷いた。
エヴァはひき金にかかったスポルスの指の上から、自分の指をかぶせて一気にひき絞った。
激しく連続する発砲音が広間になり響いたかと思うと、ネロのからだが後方に跳ねとんだ。
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