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ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
第58話 夢見・冴——
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「ユメミ・セイ……」
ウェルキエルがセイの名前を反芻した。悪魔の表情がなにを意味するのか伺い知ることができないのでわからなかったが、なにかを思いだそうとしている表情に見えた。
ふいにウェルキエルの目がギラリと光った。
「ユメミ・セイ!。きさまかハマリエルを屠ったという『人間』は!」
「だからどうした!」
セイは号砲のように大きな声で威嚇してきたウェルキエルに負けないほど、大声を張ってみせた。それには弱音を吐きかけたマリアを鼓舞する気持ちも込められている。
「ユメミ・セイ。ハマリエルは、きさまのような『人間』ごときが手をかけてよい存在ではなかったのだぞ」
「弱いからいけない」
セイは強く断言したが、ウェルキエルは不敵な笑いで返してきた。
「ふ、弱い?。弱いのは人間のほうだ。セイ、おまえも人間であるかぎり弱い存在なのだよ」
「弱くても、人間はそれを克服して強くなれる」
「無理だな、セイ。それを証明してみせようか?。今、ここで」
そう言うなりウェルキエルが左の指でパチンとスナップをならした。
が、なにが起きる様子もなかった。セイはそれでもあたりに神経を研ぎ澄ませた。なにが起きるか、どこからなにが現れるかわからない。相手は悪魔なのだから、なにをしてくるのかは、予想することすら無駄なのだ。
ただ、備えるしかないのだから。
「セイ、誰かいる!」
ふいにうしろからマリアが叫んだ。セイはウェルキエルから目を離さないように注意しながら、盗み見るように背後に目を走らせた。
広間の中央の空間がぼわっとした球形にふくらんでいた。ひとの高さはあるだろうか、いびつにゆがんで見える球体のなかに誰かがいた。セイは目をすがめた。
「ここはどこ?」
声が聞こえた瞬間、セイの息はつまり、心臓が止まりそうになった。
夢見・冴——。
そこに姿を現したのは、まぎれもなく妹のサエだった。
妹が病室で毎日見ている、十歳のまま姿でそこに立っていた。サエは沈みゆくタイタニックの甲板上で生き別れた、あのときの格好のままだった。
『サエェェッ!』
セイは目をカッと見開いた。だが、それはそこに陽炎のように現われた妹の冴にむけてではない。セイの全神経はウェルキエルに集中していた。
あれを、あれを見てはならない。
妹を目の当たりにしても、認めてはならない。
あれを、あれを『サエ』と思ってはならないのだ。
自分に妹がいることを知っていて——
その妹を2000年も違う時代と場所へ呼びだして——
そして、その妹に自分を「お兄ちゃん」と呼ばせた——
これが罠でなかったとしたら、なんなのか。
ギッと奥歯を噛みしめる。
その『情報』と『力』を手にして、それをすぐさま駆使できるウェルキエルという『悪魔』をあだやおろそかに見てはならない。
「セイ、その子は本物なのか?」
背後からマリアが問いかける。遠慮がちの問い。
「マリア、しゃべるな!」
「セイさん。わたしがサエさんを助けに……」
エヴァが力強く声を投げかけるが、みなまで言うまえに、セイが全否定する。
「エヴァ、動くな!」
その力強い、いや狂気すら帯びた声色の命令に、エヴァはびくりと震え、動きをとめた。思わずふらつきそうになるのを、スポルスがあわてて支える。
「ほう、簡単には乗らないか」
ウェルキエルは口元に残酷な笑みを浮かべていた。
セイは顔を伏せていた。顔色を読み取られたくなかった。だが、視線はウェルキエルから一瞬たりとも離さなかった。こんな仕打ちを悪びれることもなくやれる相手に、まばたきすら危険だ。セイは奥歯を噛みしめる力をさらに強めた。
「ウェルキエル。貴様に問う!」
噛みしめた口元から、セイは自分の命を削りとるような気持ちを込めてことばを紡いだ。
「そこにいる、女の子……。その子は、本物の魂か、否や!」
「本物かどうか、だと?。ばからしいな。悪魔が偽物を用意するとでも?」
「ならば、再び問う。その子は7年前、今から1900年後の歴史のなかで迷子になった子供だ。おまえには、それをこの場所、この時代に召喚する『力』があるというのか!」
「ふ、人間よ。その力がなきものが『横道十二宮』に名を連ねられるとでも思うのかね」
「なら、今、この子をここから助け出せれば、この『魂』は救われるのか?」
ウェルキエルがその問いを聞いて、大声で笑った。
「うわははは……。助けられればな」
ふっと笑いをおさめると、真顔をセイにむけた。
「だが、逆もある。ここで死ねば、二度と蘇ることはない」
その瞬間、ウェルキエルの七本指の弾丸が、サエにむかって襲いかかった。
ウェルキエルがセイの名前を反芻した。悪魔の表情がなにを意味するのか伺い知ることができないのでわからなかったが、なにかを思いだそうとしている表情に見えた。
ふいにウェルキエルの目がギラリと光った。
「ユメミ・セイ!。きさまかハマリエルを屠ったという『人間』は!」
「だからどうした!」
セイは号砲のように大きな声で威嚇してきたウェルキエルに負けないほど、大声を張ってみせた。それには弱音を吐きかけたマリアを鼓舞する気持ちも込められている。
「ユメミ・セイ。ハマリエルは、きさまのような『人間』ごときが手をかけてよい存在ではなかったのだぞ」
「弱いからいけない」
セイは強く断言したが、ウェルキエルは不敵な笑いで返してきた。
「ふ、弱い?。弱いのは人間のほうだ。セイ、おまえも人間であるかぎり弱い存在なのだよ」
「弱くても、人間はそれを克服して強くなれる」
「無理だな、セイ。それを証明してみせようか?。今、ここで」
そう言うなりウェルキエルが左の指でパチンとスナップをならした。
が、なにが起きる様子もなかった。セイはそれでもあたりに神経を研ぎ澄ませた。なにが起きるか、どこからなにが現れるかわからない。相手は悪魔なのだから、なにをしてくるのかは、予想することすら無駄なのだ。
ただ、備えるしかないのだから。
「セイ、誰かいる!」
ふいにうしろからマリアが叫んだ。セイはウェルキエルから目を離さないように注意しながら、盗み見るように背後に目を走らせた。
広間の中央の空間がぼわっとした球形にふくらんでいた。ひとの高さはあるだろうか、いびつにゆがんで見える球体のなかに誰かがいた。セイは目をすがめた。
「ここはどこ?」
声が聞こえた瞬間、セイの息はつまり、心臓が止まりそうになった。
夢見・冴——。
そこに姿を現したのは、まぎれもなく妹のサエだった。
妹が病室で毎日見ている、十歳のまま姿でそこに立っていた。サエは沈みゆくタイタニックの甲板上で生き別れた、あのときの格好のままだった。
『サエェェッ!』
セイは目をカッと見開いた。だが、それはそこに陽炎のように現われた妹の冴にむけてではない。セイの全神経はウェルキエルに集中していた。
あれを、あれを見てはならない。
妹を目の当たりにしても、認めてはならない。
あれを、あれを『サエ』と思ってはならないのだ。
自分に妹がいることを知っていて——
その妹を2000年も違う時代と場所へ呼びだして——
そして、その妹に自分を「お兄ちゃん」と呼ばせた——
これが罠でなかったとしたら、なんなのか。
ギッと奥歯を噛みしめる。
その『情報』と『力』を手にして、それをすぐさま駆使できるウェルキエルという『悪魔』をあだやおろそかに見てはならない。
「セイ、その子は本物なのか?」
背後からマリアが問いかける。遠慮がちの問い。
「マリア、しゃべるな!」
「セイさん。わたしがサエさんを助けに……」
エヴァが力強く声を投げかけるが、みなまで言うまえに、セイが全否定する。
「エヴァ、動くな!」
その力強い、いや狂気すら帯びた声色の命令に、エヴァはびくりと震え、動きをとめた。思わずふらつきそうになるのを、スポルスがあわてて支える。
「ほう、簡単には乗らないか」
ウェルキエルは口元に残酷な笑みを浮かべていた。
セイは顔を伏せていた。顔色を読み取られたくなかった。だが、視線はウェルキエルから一瞬たりとも離さなかった。こんな仕打ちを悪びれることもなくやれる相手に、まばたきすら危険だ。セイは奥歯を噛みしめる力をさらに強めた。
「ウェルキエル。貴様に問う!」
噛みしめた口元から、セイは自分の命を削りとるような気持ちを込めてことばを紡いだ。
「そこにいる、女の子……。その子は、本物の魂か、否や!」
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「ならば、再び問う。その子は7年前、今から1900年後の歴史のなかで迷子になった子供だ。おまえには、それをこの場所、この時代に召喚する『力』があるというのか!」
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ウェルキエルがその問いを聞いて、大声で笑った。
「うわははは……。助けられればな」
ふっと笑いをおさめると、真顔をセイにむけた。
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