ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

文字の大きさ
上 下
96 / 935
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜

第56話 無理だ、マリア。きみにウェルキエルは倒せない

しおりを挟む
 やっと三人が揃った——。
 セイはホッとする思いだったが、喜んでいる余裕はなかった。あまりに時間がない。今ウェルキエルが腕を再生している、千載一遇せんざいいちぐうのチャンスを生かさねば勝ち目がない。
 だが、ウェルキエルの名を告げたのはただしかっただろうか……。
 ハマリエルの名を口にしただけで血相を変えたふたりだ。この魔物の名前を知ればきっと萎縮いしゅくして戦えなくなる。
 だが、正体を知らずに戦えば、確実に餌食になる——。

「マリア、エヴァ。いったんスポルスのところに後退するよ」
 セイが後退を促すと、ふたりは無言のままそれにしたがって、急ぎ足でウェルキエルから一番遠い壁際に移動した。ショックは隠せない様子だったが、セイはふたりにすぐさま命令を頼んだ。
「マリア、エヴァ。ウェルキエルを監視しててくれないか」
「セイ。き、きさまはなにをする……?」
「マリア。ぼくは『未練の力リグレット』を呼び覚ます」

 セイはスポルスのほうに向き直ると、突然、頭上に手のひらをかざして言った。
「モニカ、モニカ……、ねぇ、出てきて!」
 ふっとスポルスの頭上から少女の顔が浮き出た。日本からおよそ一万キロメートル、そして時代にして約二千年も離れた、21世紀のイタリアの施設で『昏睡病』に陥っている少女だった。
「お兄ちゃんなの?。あたしを呼んだの?」
「ああ。ぼくはセイ。君のママに頼まれて、きみを探しにきたんだ」
「ママに?」
 セイは無言でこくりと頷いた。少女はその仕草にはっとしてあたりを見回した。
「ここは……、ここはどこ?」
「ここは、きみがいちゃいけない場所だよ」
「いけない場所……」
「そうさ。だから帰ろう。ママがきみが大好きな『ポルペットーネ』を作って待ってるって。きみのママの『ポルペットーネ』はおいしいんだろ?」
「うん。わたし、ママも、ママの『ポルペットーネ』も大好きなの?。ねぇ、どうやったら帰れるの?」

「簡単さ。モニカ。元の世界に戻りたいって、こころの底から願って」
 モニカがこくりと頷いた。
「うん。いっぱい願うわ。わたし、ママのところに帰りたい!」

 その瞬間、セイのからだのなかに、なにかが駆け抜けた。ぶるっとからだが震える。
 すぐさまセイは手のひらを上にむける。手の中に浮かびあがる暗雲はいつもよりもドス黒くすすけていたが、そのなかから目がくらむような閃光がまたたいた。そして手の上で炎が燃えあがった。炎が一瞬にして勢いを増し、セイの手元から天井にまで届きそうなほど勢いづいた。
 セイはその炎をもう一方の手でふたをするようにパーンと手をうった。その音を合図に、モニカの顔がふっとスポルスの顔のなかに吸い込まれて消えた。セイはスポルスの方に顔をむけた。

「モニカ。ありがとう。『未練の力リグレット』受け取ったよ」

 その一連のやりとりを、呆気あっけにとられて見ていたマリアとエヴァが我に返って、セイに詰め寄るような勢いで声をあげた。どうやらこの力は、マリアとエヴァにも宿ったらしかった。
「おい、セイ、どういうことだ。オレのからだの奥底から力が湧いてでてくるぞ」
「わたしもです、セイさん。なにが起きたか教えてください」
 その興奮した声色にセイはすこし安堵を覚えた。すこしテンションが高目ではあったが、さっきまでの沈欝ちんうつとした状態よりも数百倍マシだ。
「マリア、エヴァ。わかってるはずだ。きみたちは強くなった……。ぼくはそれを勝手に『未練の力リグレット』と呼んでる」

 セイはマリアが厨二病的なネーミングを、またからかってくると思ったが、予想に反してマリアは真剣な目をむけて聞いてきた。
「それはどんな力だ!」

 セイはんで含むようにして説明したい衝動に駆られたが、ウェルキエルの腕が完全に再生した姿を目にして言った。
「マリア。説明はあとだ」

 マリアとエヴァが一斉にウェルキエルのほうへ目をむける。
「ふたりとも下がっていて。ぼくがやる」
 セイがそう言って盾になるように三人の前に進み出たが、マリアはすぐさまそれに文句をつけた。
「おい、セイ。こいつはオレにやらせろ」
「マリア、きみには相性がよくない相手だ」
「バカ言え。これだけ満身に力がみなぎっているのに、うしろで見学なんかしてられねぇな。今の力のオレならどんな悪魔でも、互角に戦える自信がある」
 マリアはにやりと不敵な笑みを浮かべると、大剣を軽々と振り回してみせた。

「無理だ、マリア。互角じゃ駄目なんだ!」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

アイドルグループの裏の顔 新人アイドルの洗礼

甲乙夫
恋愛
清純な新人アイドルが、先輩アイドルから、強引に性的な責めを受ける話です。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

処理中です...