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ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
第53話 ミノタウロスごときの強さではない
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「セイ、来て!」
スポルスはそう言ってセイの手を掴むなり、いきなり駆け出した。セイはスポルスに手をひっぱられるまま、スポルスと歩をあわせて駆けていく。
黄金宮殿と称されるだけあって、見事な彫刻がほどこされた天井や円柱は、王の強大な力で贅を尽くしたことがひと目でわかる。しばらく回廊を駆けていくと、おおきな大理石の石畳を敷き詰めた大広間にいきついた。
「この広間の奥です」
スポルスが上のほうを指さした。そこには広間の一番奥にあるおおきな階段があった。その大階段の一番上には、壮麗な彫刻品に囲まれて鎮座する玉座がある。その奥をスポルスは指し示していた。
スポルスははやるように、階段のほうへ向かおうとしたが、セイが掴んだ手をひっぱってとめた。
「スポルス。とまって」
力ずくで引き止められて、おもわずスポルスはセイのほうを振り向いた。
「どうしたの?。セイ」
セイは目でスポルスに玉座に目をむけるように促した。
玉座のすぐ脇に、二体の牛頭人身のモンスターの姿があった。ミノタウロス——。身長はひとのゆうに2倍ほどあり、そのおおきさゆえ、天井に頭をこすりつけている。
「セイ、あ、あれはなんです?」
「ティゲリヌスの手のものだ」
「ティゲリヌスの?。あのような化物は私、宮殿で見たことも、聞いたこともありません」
「あぁ、そうだろうね。今まで奴は正体を隠していたからね」
「正体?。ティゲリヌスの正体って……、どういうことなのです、セイ」
「奴の正体は悪……、いや、魔物だよ」
セイはぼそりと言った。この時代の原理主義的なキリスト教の教えの中では、『悪魔』という概念がどう捉えられているかわからなかったので、軽はずみな呼称は使えないと判断した。
ミノタウロスが突然身を踊らせた。ドーンという大音響とともに床を震わせて、階段の一番うえから床に降りたった。二体のミノタウロスが数メートル先に立ちふさがる。
「うしろにさがってて、スポルス」
セイはスポルスの手を静かにひいて、自分の背後にまわらせた。スポルスはなにも言わなかった。目の前にそびえたったミノタウロスの、その大きい体躯と異様な姿に圧倒されているのは間違いなかった。
それでもゆっくりとうしろのほうへ、うしろの壁際までさがっていく。
セイは二体のミノタウロスを見すえながら、手を上にあげると、中空に光の雲を呼びだし、そのなかから日本刀を抜きだした。目の前でぐっと構える。
二体が同時に吠えた。それが合図であったかのように、セイたちにむかって突進してきた。ミノタウロスが腕をふりあげると、両側からつむじ風を巻きおこすほどの圧力の張り手が横から飛んでくる。
セイはその風圧で生じた気流を巧みに利用するかのように、ふっと中空に舞った。高さは3メートルほど、ちょうど二体のミノタウロスの顔の位置に達した。ミノタウロスの瞳孔がぎゅっと縮まり、すぐちかくに浮遊するセイに焦点をあわせるのがわかった。ほんの0・数秒後には空振りした張り手が、今度はもっと上で振り抜かれて、横殴りにされるのは間違いない。
セイはまさに目と鼻の先で魔物どもの目の奥を覗き込むと、からだを大きくひねってその場で錐揉み回転した。目にもとまらない高速回転。
セイが床に降りたった時、戦いは終っていた。
セイは使い終わった刀を鞘におさめると、そのまま自分の頭上にむかって放りなげた。刀はセイのすぐ上、手を伸ばせば届く場所に横になったまま、ふわりと浮かんだ。
その一連の動作をスポルスは心配そうな顔つきでじっと見ていた。セイのまうしろに立つミノタウロスが身じろぎひとつしないのが気になっているようだった。
そんな顔されるような、あやうい戦い方はしてないんだけどな……。
セイはスポルスにウインクしてみせると、柏手を打つように大きく両手を叩いた。『パン』と乾いた音が広間に響いて、あたりに反響する。とたんにミノタウロスのからだに、30cmほどの間隔をあけて真横にぷつぷつと赤い血が滲みはじめたかと思うと、その切れ目からドッと血が噴きだし、そのまま二体が重なるようにその場に崩れ落ちた。
「あちゃー、さすがに輪切りにはできなかったかぁ」
セイは思わず目元に手をあてて、自戒をこめてそう叫んだが、スポルスは「セイ!」と叫んで背後から抱きついてきた。
「スポルス、心配したかい」
「ええ。とっても」
「でも、まだ何も終っちゃいない。主謀者のティゲリヌスを討たなくちゃならない」
「ティゲリヌスを?。あの男はどこに?」
セイは一歩前に足を踏みだすと大声で叫んだ。
「ティゲリヌス!。こそこそ隠れてないで、ここへでてこい!」
その声は広間の壁に反射し、幽かな谺を広間の中にまき散らす。
「こそこそとは、ことばが過ぎるな。小僧」
ティゲリヌスの声が聞こえてきた。
セイは声の方向、正面上方を見すえた。いつのまにか、ティゲリヌス階段のうえにある玉座に足をくんで座っていた。
「王をきどるつもりか?」
「きどる?。人間の王なぞ毛ほども興味ないわ。ましてやネロのような小心者。わたしがあのデブを皇帝たらしめてるだけにすぎんのだよ」
「ティゲリヌス!。分をわきまえなさい」
スポルスが叱責すると、ティゲリヌスが目を細めながら言った。
「これは、これは女王陛下。いや今では異端の神に傾倒するただの手配人ですかな」
「ティゲリヌス、無礼は許しません」
「これは失礼。ですがネロからあなたを殺せと命じられておりますゆえ」
「私に手をかけると?」
ティゲリヌスは玉座からたちあがった。
「さて……どうしたものかな」
ティゲリヌスのからだがその場でみるみる変貌していきはじめた。体躯はおおきく膨らみ、額からは二本の角がはえ、その足は獣のようにうしろに傾斜していく。
「うわはははは……。小僧、まずはおまえの始末が先だ」
セイは本能的にミノタウロスごときの強さではないと感じ取った。
セイはすぐさま手のひらを上にむけた。手の中に閃光がはしり、セイの真上に四本の日本刀が現れた。先ほどの刀と合わせて全部で五本が、セイの頭上に等間隔で並んで浮いている。セイはそのなかのひときわ短い小太刀を鞘ごと掴んだ。
セイはスポルスの方をふりむくと、その手の中にその小太刀を滑り込ませた。
「ぼくがあいつを相手にする。その間にキミはこれでネロを倒してくれ」
スポルスはそう言ってセイの手を掴むなり、いきなり駆け出した。セイはスポルスに手をひっぱられるまま、スポルスと歩をあわせて駆けていく。
黄金宮殿と称されるだけあって、見事な彫刻がほどこされた天井や円柱は、王の強大な力で贅を尽くしたことがひと目でわかる。しばらく回廊を駆けていくと、おおきな大理石の石畳を敷き詰めた大広間にいきついた。
「この広間の奥です」
スポルスが上のほうを指さした。そこには広間の一番奥にあるおおきな階段があった。その大階段の一番上には、壮麗な彫刻品に囲まれて鎮座する玉座がある。その奥をスポルスは指し示していた。
スポルスははやるように、階段のほうへ向かおうとしたが、セイが掴んだ手をひっぱってとめた。
「スポルス。とまって」
力ずくで引き止められて、おもわずスポルスはセイのほうを振り向いた。
「どうしたの?。セイ」
セイは目でスポルスに玉座に目をむけるように促した。
玉座のすぐ脇に、二体の牛頭人身のモンスターの姿があった。ミノタウロス——。身長はひとのゆうに2倍ほどあり、そのおおきさゆえ、天井に頭をこすりつけている。
「セイ、あ、あれはなんです?」
「ティゲリヌスの手のものだ」
「ティゲリヌスの?。あのような化物は私、宮殿で見たことも、聞いたこともありません」
「あぁ、そうだろうね。今まで奴は正体を隠していたからね」
「正体?。ティゲリヌスの正体って……、どういうことなのです、セイ」
「奴の正体は悪……、いや、魔物だよ」
セイはぼそりと言った。この時代の原理主義的なキリスト教の教えの中では、『悪魔』という概念がどう捉えられているかわからなかったので、軽はずみな呼称は使えないと判断した。
ミノタウロスが突然身を踊らせた。ドーンという大音響とともに床を震わせて、階段の一番うえから床に降りたった。二体のミノタウロスが数メートル先に立ちふさがる。
「うしろにさがってて、スポルス」
セイはスポルスの手を静かにひいて、自分の背後にまわらせた。スポルスはなにも言わなかった。目の前にそびえたったミノタウロスの、その大きい体躯と異様な姿に圧倒されているのは間違いなかった。
それでもゆっくりとうしろのほうへ、うしろの壁際までさがっていく。
セイは二体のミノタウロスを見すえながら、手を上にあげると、中空に光の雲を呼びだし、そのなかから日本刀を抜きだした。目の前でぐっと構える。
二体が同時に吠えた。それが合図であったかのように、セイたちにむかって突進してきた。ミノタウロスが腕をふりあげると、両側からつむじ風を巻きおこすほどの圧力の張り手が横から飛んでくる。
セイはその風圧で生じた気流を巧みに利用するかのように、ふっと中空に舞った。高さは3メートルほど、ちょうど二体のミノタウロスの顔の位置に達した。ミノタウロスの瞳孔がぎゅっと縮まり、すぐちかくに浮遊するセイに焦点をあわせるのがわかった。ほんの0・数秒後には空振りした張り手が、今度はもっと上で振り抜かれて、横殴りにされるのは間違いない。
セイはまさに目と鼻の先で魔物どもの目の奥を覗き込むと、からだを大きくひねってその場で錐揉み回転した。目にもとまらない高速回転。
セイが床に降りたった時、戦いは終っていた。
セイは使い終わった刀を鞘におさめると、そのまま自分の頭上にむかって放りなげた。刀はセイのすぐ上、手を伸ばせば届く場所に横になったまま、ふわりと浮かんだ。
その一連の動作をスポルスは心配そうな顔つきでじっと見ていた。セイのまうしろに立つミノタウロスが身じろぎひとつしないのが気になっているようだった。
そんな顔されるような、あやうい戦い方はしてないんだけどな……。
セイはスポルスにウインクしてみせると、柏手を打つように大きく両手を叩いた。『パン』と乾いた音が広間に響いて、あたりに反響する。とたんにミノタウロスのからだに、30cmほどの間隔をあけて真横にぷつぷつと赤い血が滲みはじめたかと思うと、その切れ目からドッと血が噴きだし、そのまま二体が重なるようにその場に崩れ落ちた。
「あちゃー、さすがに輪切りにはできなかったかぁ」
セイは思わず目元に手をあてて、自戒をこめてそう叫んだが、スポルスは「セイ!」と叫んで背後から抱きついてきた。
「スポルス、心配したかい」
「ええ。とっても」
「でも、まだ何も終っちゃいない。主謀者のティゲリヌスを討たなくちゃならない」
「ティゲリヌスを?。あの男はどこに?」
セイは一歩前に足を踏みだすと大声で叫んだ。
「ティゲリヌス!。こそこそ隠れてないで、ここへでてこい!」
その声は広間の壁に反射し、幽かな谺を広間の中にまき散らす。
「こそこそとは、ことばが過ぎるな。小僧」
ティゲリヌスの声が聞こえてきた。
セイは声の方向、正面上方を見すえた。いつのまにか、ティゲリヌス階段のうえにある玉座に足をくんで座っていた。
「王をきどるつもりか?」
「きどる?。人間の王なぞ毛ほども興味ないわ。ましてやネロのような小心者。わたしがあのデブを皇帝たらしめてるだけにすぎんのだよ」
「ティゲリヌス!。分をわきまえなさい」
スポルスが叱責すると、ティゲリヌスが目を細めながら言った。
「これは、これは女王陛下。いや今では異端の神に傾倒するただの手配人ですかな」
「ティゲリヌス、無礼は許しません」
「これは失礼。ですがネロからあなたを殺せと命じられておりますゆえ」
「私に手をかけると?」
ティゲリヌスは玉座からたちあがった。
「さて……どうしたものかな」
ティゲリヌスのからだがその場でみるみる変貌していきはじめた。体躯はおおきく膨らみ、額からは二本の角がはえ、その足は獣のようにうしろに傾斜していく。
「うわはははは……。小僧、まずはおまえの始末が先だ」
セイは本能的にミノタウロスごときの強さではないと感じ取った。
セイはすぐさま手のひらを上にむけた。手の中に閃光がはしり、セイの真上に四本の日本刀が現れた。先ほどの刀と合わせて全部で五本が、セイの頭上に等間隔で並んで浮いている。セイはそのなかのひときわ短い小太刀を鞘ごと掴んだ。
セイはスポルスの方をふりむくと、その手の中にその小太刀を滑り込ませた。
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