ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜

第42話 ライオンがエヴァにむかって咆哮をあげた

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 一気に最前列まで階段を駆け降りてきたエヴァは、アリーナにいるマリアに向けて持っている剣を投げようとした。だが、今、エヴァはふつうの女子高生程度の力しかない。長くて重たい剣をなげても、観客席最前列の防壁を超えられそうもなかった。
 エヴァは急いで剣を壁に立て掛けると、そのつばに足をひっかけて、防壁の上に飛び乗った。すぐさま振り向いて、剣をひきあげる。
 だが、剣をアリーナに投げ落とそうとした瞬間、エヴァはうしろから数人の観客に背中をふいに押された。なんの受け身もとれないまま、エヴァは地面に落下していく。その時、頭上からという勝ち誇ったような声が聞こえてきた。
「あたらしい生け贄だぁぁ」

 地面に落ちたエヴァは背中をしたたかに打って息がつまった。が、奥歯を噛みしめて手元に転がった剣を掴むなり、それをつえのようにしてたちあがった。
「エヴァ!」
 マリアの叫び声が聞こえた。その声色はさきほどとは違って、警告の色合いをたっぷり含んでいるように思えた。エヴァはその声に即座に反応して振り向いた。 
 すぐ目の前に一匹のライオンがいた。
 飢えに目をぎらぎらとさせた野獣そのものの姿に、心臓が、内臓が、乱暴に鷲掴わいづかみされたような衝撃がエヴァのからだを走る。
 エヴァはすばやく剣を構えた。
 が、そのずしりとした重みが腕に伝わってきた。
 その瞬間、自分がスーパー・パワーが封印された等身大の女子高生なのだと意識してしまった。とたんに満身が恐怖におかされて、手に力が入らなくなった。

 怖い——。

 ライオンがエヴァにむかって咆哮をあげた。
 さらに腕が萎縮いしゅくする。かろうじて前に構えた剣をいたずらに振り回して、エヴァは精いっぱいの威嚇いかくをした。だが剣の重さに振り回されて、からだのバランスが崩れそうになる。
 その頼りない身のこなしを見た、ほかのライオンが頭をあげた。まるで弱った断末の小動物のように感じたのかもしれない。
 せめてもの抵抗を試みたことが、悪循環を招いている。
 正面から様子をうかがっていたライオンが、突然うしろ足を蹴りだしてエヴァに襲いかかった。あまりの恐怖に正視できなかった。エヴァは目をぎゅっと閉じて、剣だけを前に突き出した。
 だが、その剣が手からすべり落ちた。いや、誰かに引き抜かれた……。
 ハッとしてエヴァが顔をあげると、目の前に剣をもった男の人が立っていた。男がエヴァの手元から取りあげた剣で、飛びかかってきたライオンを斬り伏せていた。
 エヴァはぼうっとした頭で、断末魔にうち震えて痙攣けいれんしている、足元のライオンを見つめていた。
「あなたはたしかエヴァどのだったか」
 エヴァが男の顔を見ながら尋ねた。
「えぇ、そうです。あなたは……?」
「エヴァ、ケラドゥスだよ。チャンピオンの」
 ケラドゥスの背後に隠れていたマリアが顔を覗かせた。
「マリアさん」
 そう言うなり、エヴァはマリアに抱きついた。安心したわけではない。まだ窮地は脱していない。だが、誰かに抱きつかねば、恐怖でわめききだしてしまいそうだった。
「エヴァ、でかした。剣を手にすれば、この窮地を脱せる。なにせケラドゥスは剣闘士のチャンピオンだからな」
「ええ……、ええ、そうでしたわね」
 ケラドゥスがまわりを取り囲みはじめた猛獣たちをめ付けたまま聞いてきた。
「エヴァどの、よかった。もういちど会いたいと願っておった」
「わたしに?」
「えぇ。わたしはあなたのお陰で、イエス様の教えを学ぶようになったのです」
「は、まいったな。スポルスとおなじかよ。エヴァ、ファンが多くてうらやましいな」
 マリアがいつものように嫌味を言ってきた。が、からだ中に傷を負って、その痛みに顔をゆがめながらの精いっぱいの嫌がらせだった。
「エヴァどのは、なぜここに?」
 ケラドゥスの問いに、エヴァは胸元をぐっと押さえて呼吸を整えるようにして言った。
「ネロの暗殺のため戻ってきました」
「暗殺!。どうやって?」
「もうすぐ、ガイウス・ピソ元執政官に率いられた軍が、ここに攻め込んできます」
「ガイウス・ピソ……。そうか……」
 ケラドゥスはそれだけ聞いただけで合点がいったようだった。ケラドゥスの表情がこれまでになく、やさしく緩む。
「首謀者はルキウス・アンナエウス・セネカ様です」
 エヴァがそう告げると、ケラドゥスがくくっと笑い声を漏らした。が、我慢ができなかったのか、それはすぐに高笑いに変わった。
「はははは。そうかぁ。ネロが暗殺されるか……。はははは……」
 すぐに猛獣たちがさらに近づいてきているという緊迫した状況でなければ、エヴァも一緒に破顔しそうになるほど、気持ちのよい笑い声だった。

「主がわたしの願いを聞き届けてくれた」
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