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ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
第41話 マリアは心の底から涙を流した
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目の前のオスライオンが、マリアを睨みながらゆっくりと近づいてきた。
マリアを最初からずっと狙っていたライオンだった。今この場で一番腹をすかしているライオンかもしれない。マリアはリトル・マリアを庇うようにしながら、そのライオンの足元の動きを注視していた。
が、その前脚がさっと砂をかいた。
オスライオンのからだが宙に踊っていた。とっさにマリアは麻布を巻いた左腕を前にさしだした。だが、その体重を一気に伸しかけられ、マリアはなすすべもなく押し倒された。
「お姉ちゃぁぁぁぁぁん」
すぐうしろでリトル・マリアが泣き叫ぶ。
ライオンの鋭い爪がマリアの肩の肉をえぐった。
マリアが痛みに顔をしかめる。ライオンがすぐさま喉元をむけて牙をたててきた。マリアはふたたび自分から、麻布を巻いた右腕を前にさしだして噛ませた。だが、今度は牙の先端がマリアの腕に食い込んだ。
鋭い痛みがからだに走り、たまらず「うわぁぁぁぁっ」と悲鳴をあげる。それでも、それ以上食い込ませないよう、マリアがライオンの鼻っつらに手をあてがい、あらん限りの力をこめて突っ張った。
「きゃああああああ……」
地面にあおむけになった自分の頭上で、リトル・マリアの悲鳴がした。マリアがライオンの頭を必死で突っ張ったまま、目だけを上にむけた。
その視界に別のライオンに狙いをつけられて、壁際に追い詰められたリトル・マリアの姿が飛び込んできた。
恐怖にすくんで、すでにそこから動けずにいる。
「マリアぁぁぁ」
マリアがリトル・マリアにむかって叫んだ。だが名前を叫んだだけで、ライオンの牙に耐えている腕から力が抜けていく。とたんにライオンの牙がマリアの喉元に近づく。
『やめろぉぉぉ』
その瞬間、リトル・マリアの目がカッと見開かれた。
ひときわおおきな咆哮とともにライオンがリトル・マリアに飛びかかった。
わーっと歓声と拍手が巻き起こり、観衆たちのほとんどが立ちあがっていた。
少女が猛獣の餌食になる様子を、バルコニー席から眺めていたネロは興奮のあまり椅子から転げ落ちそうになった。
「わははは、見たか。ティゲリヌス!。さすがに百獣の王だな。子供だろうがなんだろうが、まったく容赦がない」
「さようですな」
ティゲリヌスが相づちをうった。が、その目は辺りにせわしなく気が配られていた。なにか異変のようなものを嗅ぎ取ったように、そのからだからは異様な緊張感が漂っているように感じられる。
ライオンの口からだらだら落ちてくる涎が、マリアの顔に降り注いでくる。生臭く、汚らしかったが、次第にそれに赤い色がまじりはじめた。マリアの腕に巻かれた麻布もすでに限界に近づいていた。麻布はすでにマリアの血で真っ赤にそまり、その厚みも丈夫さも関係なく、マリアの腕は噛み砕かれそうになっている。
マリアは泣いていた。
その目からとめどなく涙があふれでている。
マリアが泣きながら目をむけている先には、ライオンにむさぼられているリトル・マリアの姿があった。おおきく見開かれたリトル・マリアの光彩は、すでになにも映していなかった。
パンを照れくさそうに差し出してきたリトル・マリアの姿が瞼にうかぶ。
『すごぉい。おんなじ名前なのね。あたしうれしい』
マリアと名前がおなじだと知って、目をくるっとまるくしたリトル・マリア。
『よろしくね、マリアお姉ちゃん』
マリアにむかってすこし恥ずかしそうに言ったときのリトル・マリア。
無辜の少女が、なぜこんな惨い死に方をせねばならないのか……。
『くそう、くそう、くそう……』
マリアが悔しくて仕方なかった。自分の無力が腹立たしてくて仕方がなかった。
その時、突然横から衝撃が加わって、マリアの腕からライオンの口がはなれた。だが、その最中に食い込んでいたライオンの牙が、マリアの腕の肉をいくばかりか削りとっていく。焼けるような痛みに悲鳴をあげそうになり、マリアはぐっと歯を食いしばった。
「マリアどの、大丈夫か?」
ケラドゥスの顔がのぞいた。
すぐにケラドゥスがライオンに体当たりをくらわせてきたことがわかった。ケラドゥスは血まみれになった顔で、こちらを心配そうに見つめていた。
頼りがいのある逞しくも、やさしい表情——。
マリアはその表情をみたとたん、涙がこぼれ落ちてならなかった。とまらない涙をぬぐおうともせず、ケラドゥスに悔しい気持ちを吐露した。
「チャンピオン。オレは……、あの子を救えなかった……」
「マリアどの。仕方がない。これも神の思し召しだ」
ケラドゥスは右手をさしだした。
マリアはその手をとると、ケラドゥスにひっぱり上げられるようにして立ちあがった。
「チャンピオン。あなたの腕……」
ケラドゥスの左腕はちぎれかかっていた。胸には爪で削られたあとがあり、腹の肉がえぐれて肋骨が見えていた。顔にも深いひっかき傷があり、耳の片方はすでに齧りとられていた。
「マリアどの。こちらも神の思し召しなのだ」
「いや、しかし……」
そこまで言って、まだ食事にありついていない猛獣たちが、もう一度距離を縮めてきていることに気づいた。全部で五匹。口元を赤く染めたライオンも混じっている。まだ食い足りない連中もまじっているようだった。
マリアがさきほどまで腕に巻いていた麻布を確認した。麻布はすでにぼろぼろに破れているうえ、血に染まっていて使い物にならなそうだった。
『ここまでか……』
マリアは覚悟を固めた。
ここでもしやられたとしたら、現世に残してきたからだは本当に死なないのだろうか?。
わかっている。もちろん死なない。物理的には死ぬはずがない。
だが、ここに魂が囚われてしまうのも確かだ。そのとき、むこうのからだは、自我も意識もアイデンティティもない、ただの歩く植物人間となる——。
『ゾンビッシュ(Zoobieish)』——。
こんなふざけたネーミングで揶揄される状態だ。
引き揚げに失敗した先達のなかに、そうなった者がいると聞いたことがある……。
そのとき、観覧席のほうから声がした。
「マリアさん!」
ハッとして振り向くと、剣をもったエヴァがアリーナにむかって、最前列まで駆け降りてくるところだった。
「エヴァ!!」
マリアを最初からずっと狙っていたライオンだった。今この場で一番腹をすかしているライオンかもしれない。マリアはリトル・マリアを庇うようにしながら、そのライオンの足元の動きを注視していた。
が、その前脚がさっと砂をかいた。
オスライオンのからだが宙に踊っていた。とっさにマリアは麻布を巻いた左腕を前にさしだした。だが、その体重を一気に伸しかけられ、マリアはなすすべもなく押し倒された。
「お姉ちゃぁぁぁぁぁん」
すぐうしろでリトル・マリアが泣き叫ぶ。
ライオンの鋭い爪がマリアの肩の肉をえぐった。
マリアが痛みに顔をしかめる。ライオンがすぐさま喉元をむけて牙をたててきた。マリアはふたたび自分から、麻布を巻いた右腕を前にさしだして噛ませた。だが、今度は牙の先端がマリアの腕に食い込んだ。
鋭い痛みがからだに走り、たまらず「うわぁぁぁぁっ」と悲鳴をあげる。それでも、それ以上食い込ませないよう、マリアがライオンの鼻っつらに手をあてがい、あらん限りの力をこめて突っ張った。
「きゃああああああ……」
地面にあおむけになった自分の頭上で、リトル・マリアの悲鳴がした。マリアがライオンの頭を必死で突っ張ったまま、目だけを上にむけた。
その視界に別のライオンに狙いをつけられて、壁際に追い詰められたリトル・マリアの姿が飛び込んできた。
恐怖にすくんで、すでにそこから動けずにいる。
「マリアぁぁぁ」
マリアがリトル・マリアにむかって叫んだ。だが名前を叫んだだけで、ライオンの牙に耐えている腕から力が抜けていく。とたんにライオンの牙がマリアの喉元に近づく。
『やめろぉぉぉ』
その瞬間、リトル・マリアの目がカッと見開かれた。
ひときわおおきな咆哮とともにライオンがリトル・マリアに飛びかかった。
わーっと歓声と拍手が巻き起こり、観衆たちのほとんどが立ちあがっていた。
少女が猛獣の餌食になる様子を、バルコニー席から眺めていたネロは興奮のあまり椅子から転げ落ちそうになった。
「わははは、見たか。ティゲリヌス!。さすがに百獣の王だな。子供だろうがなんだろうが、まったく容赦がない」
「さようですな」
ティゲリヌスが相づちをうった。が、その目は辺りにせわしなく気が配られていた。なにか異変のようなものを嗅ぎ取ったように、そのからだからは異様な緊張感が漂っているように感じられる。
ライオンの口からだらだら落ちてくる涎が、マリアの顔に降り注いでくる。生臭く、汚らしかったが、次第にそれに赤い色がまじりはじめた。マリアの腕に巻かれた麻布もすでに限界に近づいていた。麻布はすでにマリアの血で真っ赤にそまり、その厚みも丈夫さも関係なく、マリアの腕は噛み砕かれそうになっている。
マリアは泣いていた。
その目からとめどなく涙があふれでている。
マリアが泣きながら目をむけている先には、ライオンにむさぼられているリトル・マリアの姿があった。おおきく見開かれたリトル・マリアの光彩は、すでになにも映していなかった。
パンを照れくさそうに差し出してきたリトル・マリアの姿が瞼にうかぶ。
『すごぉい。おんなじ名前なのね。あたしうれしい』
マリアと名前がおなじだと知って、目をくるっとまるくしたリトル・マリア。
『よろしくね、マリアお姉ちゃん』
マリアにむかってすこし恥ずかしそうに言ったときのリトル・マリア。
無辜の少女が、なぜこんな惨い死に方をせねばならないのか……。
『くそう、くそう、くそう……』
マリアが悔しくて仕方なかった。自分の無力が腹立たしてくて仕方がなかった。
その時、突然横から衝撃が加わって、マリアの腕からライオンの口がはなれた。だが、その最中に食い込んでいたライオンの牙が、マリアの腕の肉をいくばかりか削りとっていく。焼けるような痛みに悲鳴をあげそうになり、マリアはぐっと歯を食いしばった。
「マリアどの、大丈夫か?」
ケラドゥスの顔がのぞいた。
すぐにケラドゥスがライオンに体当たりをくらわせてきたことがわかった。ケラドゥスは血まみれになった顔で、こちらを心配そうに見つめていた。
頼りがいのある逞しくも、やさしい表情——。
マリアはその表情をみたとたん、涙がこぼれ落ちてならなかった。とまらない涙をぬぐおうともせず、ケラドゥスに悔しい気持ちを吐露した。
「チャンピオン。オレは……、あの子を救えなかった……」
「マリアどの。仕方がない。これも神の思し召しだ」
ケラドゥスは右手をさしだした。
マリアはその手をとると、ケラドゥスにひっぱり上げられるようにして立ちあがった。
「チャンピオン。あなたの腕……」
ケラドゥスの左腕はちぎれかかっていた。胸には爪で削られたあとがあり、腹の肉がえぐれて肋骨が見えていた。顔にも深いひっかき傷があり、耳の片方はすでに齧りとられていた。
「マリアどの。こちらも神の思し召しなのだ」
「いや、しかし……」
そこまで言って、まだ食事にありついていない猛獣たちが、もう一度距離を縮めてきていることに気づいた。全部で五匹。口元を赤く染めたライオンも混じっている。まだ食い足りない連中もまじっているようだった。
マリアがさきほどまで腕に巻いていた麻布を確認した。麻布はすでにぼろぼろに破れているうえ、血に染まっていて使い物にならなそうだった。
『ここまでか……』
マリアは覚悟を固めた。
ここでもしやられたとしたら、現世に残してきたからだは本当に死なないのだろうか?。
わかっている。もちろん死なない。物理的には死ぬはずがない。
だが、ここに魂が囚われてしまうのも確かだ。そのとき、むこうのからだは、自我も意識もアイデンティティもない、ただの歩く植物人間となる——。
『ゾンビッシュ(Zoobieish)』——。
こんなふざけたネーミングで揶揄される状態だ。
引き揚げに失敗した先達のなかに、そうなった者がいると聞いたことがある……。
そのとき、観覧席のほうから声がした。
「マリアさん!」
ハッとして振り向くと、剣をもったエヴァがアリーナにむかって、最前列まで駆け降りてくるところだった。
「エヴァ!!」
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