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ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
第33話 ペテロさん。あなたはなぜ、ローマから逃げるんですか?
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大火の影響でローマ兵がうろついていたせいで、セイたちが街道まででるのに、ずいぶん手こずった。まがりなりにも皇帝の妻であるスポルスを連れているのだから慎重にも慎重を期すのは当然だった。
彼らは夜陰を利用して進んでいたが、各所の検問をくぐり抜けて、街道にでてきたときには、すでに朝日が差し込んできていた。
「ペテロ様、申し訳ありません。わたしのせいで……」
スポルスは歩みをとめられる場面に出くわすたびに、一晩中ペテロに対してわびのことばを口にしていた。
もうこれで何回目だろうか。いや、もう百回以上聞いているような気さえする。
そのたびごとにペテロは「これも主からの試練です。気にされることはない」と答えていた。セイがおどろいたのはペテロの対応だった。なんどおなじことが繰り返されても、ペテロは慈しみのほほ笑みをスポルスにむけて、一回目とおなじように真摯に答えていた。
セイはこの老人が人々を魅了している理由がすこしわかってきたような気がした。
セイは暗闇のなかでがれきに身を潜めている間、なんどもスポルスの説得を試みていた。
「スポルス、戻ろう。このままだと一生逃げ続けることになるよ」
「セイ、わたしは逃げているわけではありません。主のお導きにより、ペテロ様についていくのです」
スポルスのあまりに固い意志に、セイは音をあげそうになった。このまま戻れなかったらと思うと、気が気ではない。セイはなんどもこのやり取りを聞いているペテロにむかって問いかけた。
「ペテロさん。あなたはなぜ、ローマから逃げるんですか?」
「セイ。わたしには使命があるのだよ。主、イエスのことばをより多くの人々に伝え、苦しみから救うという使命がね」
「ならば、ネロに迫害されている信者たちこそ、今、救うべき人じゃないんですか?」
糾弾するような口調に、スポルスが声を荒げた。
「セイ、しつれいです。口がすぎますよ」
ペテロは無言のままスポルスのことばを手で制した。スポルスはそれに気づくと、すぐに恥じ入ったようにうつむいた。だが、それでも囁くような声で話を続けた。
「ペテロ様は信者とともに行動したいと誰よりも願っている方です。しかし、最後の十二使徒としての使命がそれを許さないのです」
「大切な人たちを守れない使命なんか、何の価値もないじゃない!」
「無礼な。セイ、ペテロ様に謝ってください」
ふたたびスポルスが気色ばむと、ペテロがスポルスの腕にやさしく触れてそれを諌めた。
「かまいません、スポルス。人は無知であるが故に過ちをおかすものですから……」
「しかし、ペテロ様……」
「おまえも赦してあげなさい。それも主の御心なのですよ」
スポルスはそのことばにハッとしたかと思うと、頭をたれて胸の前で十字を切った。
その姿にセイはかるくため息を吐いた。
『説得どころか。逆にスポルスを怒らせちゃった。何とか別の手を考えなきゃ……』
『でも、どうする?、奇跡でも待つのか?』
彼らは夜陰を利用して進んでいたが、各所の検問をくぐり抜けて、街道にでてきたときには、すでに朝日が差し込んできていた。
「ペテロ様、申し訳ありません。わたしのせいで……」
スポルスは歩みをとめられる場面に出くわすたびに、一晩中ペテロに対してわびのことばを口にしていた。
もうこれで何回目だろうか。いや、もう百回以上聞いているような気さえする。
そのたびごとにペテロは「これも主からの試練です。気にされることはない」と答えていた。セイがおどろいたのはペテロの対応だった。なんどおなじことが繰り返されても、ペテロは慈しみのほほ笑みをスポルスにむけて、一回目とおなじように真摯に答えていた。
セイはこの老人が人々を魅了している理由がすこしわかってきたような気がした。
セイは暗闇のなかでがれきに身を潜めている間、なんどもスポルスの説得を試みていた。
「スポルス、戻ろう。このままだと一生逃げ続けることになるよ」
「セイ、わたしは逃げているわけではありません。主のお導きにより、ペテロ様についていくのです」
スポルスのあまりに固い意志に、セイは音をあげそうになった。このまま戻れなかったらと思うと、気が気ではない。セイはなんどもこのやり取りを聞いているペテロにむかって問いかけた。
「ペテロさん。あなたはなぜ、ローマから逃げるんですか?」
「セイ。わたしには使命があるのだよ。主、イエスのことばをより多くの人々に伝え、苦しみから救うという使命がね」
「ならば、ネロに迫害されている信者たちこそ、今、救うべき人じゃないんですか?」
糾弾するような口調に、スポルスが声を荒げた。
「セイ、しつれいです。口がすぎますよ」
ペテロは無言のままスポルスのことばを手で制した。スポルスはそれに気づくと、すぐに恥じ入ったようにうつむいた。だが、それでも囁くような声で話を続けた。
「ペテロ様は信者とともに行動したいと誰よりも願っている方です。しかし、最後の十二使徒としての使命がそれを許さないのです」
「大切な人たちを守れない使命なんか、何の価値もないじゃない!」
「無礼な。セイ、ペテロ様に謝ってください」
ふたたびスポルスが気色ばむと、ペテロがスポルスの腕にやさしく触れてそれを諌めた。
「かまいません、スポルス。人は無知であるが故に過ちをおかすものですから……」
「しかし、ペテロ様……」
「おまえも赦してあげなさい。それも主の御心なのですよ」
スポルスはそのことばにハッとしたかと思うと、頭をたれて胸の前で十字を切った。
その姿にセイはかるくため息を吐いた。
『説得どころか。逆にスポルスを怒らせちゃった。何とか別の手を考えなきゃ……』
『でも、どうする?、奇跡でも待つのか?』
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