ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜

第32話 グーグルマップでもあれば簡単なんだがな

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 ふたりと別れたマリアはローマの街なかを、すでに小一時間ほどうろついていた。月明かりしかないなか慣れない街を歩くのは結構骨が折れた。崩れ落ちた建物が道路をふさいでいるうえ、まだいたるところでけぶっているのだ。自分ではネロの神殿のほうへ向かっていると確信していたが、この状況ではどんどん自信がなくなってくる。
『くそぅ。グーグルマップでもあれば簡単なんだがな』
 そう悪態をつきながら歩を進めると、突然目の前がひらけてきた。
 そこは延焼をまぬがれた地区のなかでも、もっとも都心に近い『マルス広場』だった。神殿や投票所、会堂、列柱回廊など公共施設が建並ぶこの場所は、屋根がある建物すべてが避難民の収容にあてられていた。それでも収容しきれない避難民のため、建物の周囲の空き地には、近衛軍団によってテントが張られていた。
 マリアは目の前に出現した一大テント村に、目をみはった。
 おどろいたことに、軍隊が整然と被災者の救護と支援にあたっていた。ある場所では怪我を負った者たちを搬送し、またある場所ではすべてをうしなった市民たちに、貴賤きせんの区別なく食事や水が振る舞われていた。
 マリアが二千年前とは思えない、現代にも通ずる被災者の救援の光景に目を奪われていると、うしろから声をかけられた。
「お嬢ちゃん、ここでなにをしているのかな?」
 マリアがゆっくりと振り向くと、そこに兵士がふたり立っていた。年配者と若者のコンビだった。
「お母さんとはぐれちゃったのかな?」
 わかいほうの兵士はマリアの前に屈みこむと、幼児ことばで話しかけてきた。マリアはその言い方にギリッと奥歯を噛みしめたが、ここで騒動を起こすわけにはいかないと肝に銘じて舌足らずのしゃべり方で答えた。
「うん……。ママとはぐれたのぉ……」
 兵士がこちらを安心させるように満面の笑みをむけたが、年配の兵士はいぶかるような目をこちらに向けていた。
「ちょっと待て。そのおかしな格好。どこかで見た覚えが……」
「あぁ、そういえば見たことが……」とわかいほうも頭をめぐらせはじめると、すぐに大声で叫んだ。
「あぁっ。この子、ライオンを素手で倒した……」
 その瞬間、年配の兵士が剣を引き抜いて身構えた。
『ちっ。年寄りのくせに、動きがはえーな。見逃さねぇってか』
 マリアが心のなかで悪態をつくと、手のなかに光の雲を呼び出そうと力をこめた。
 だが、そこに出現したのは、雲とは呼べないもやのようなものだった。
『どういうことだ。力が宿ってこねぇ』
「おい、子供だからと言って甘くみるな」
 年配の兵士がわかい兵士に声をかける。だが彼はまだ目の前の状況を把握できてないのか剣を抜けずにいた。
『まずい、まずいぞ。ほんとうにセイの言う通りなのか!』
 マリアはもういちど、闇の光のちからを呼び出そうと試みた。そこに火花のような光が瞬いた。線香花火のような弱々しい光だったが、マリアはそれで勝負することに決めた。
 マリアがぐっと拳を握りしめると、目の前にいるわかい兵士のボディにむかってパンチを繰り出した。ボコンという重たい音がして、わかい兵士がのけ反った。
 だが、そこまでだった。
 信じられないほどの痛みがからだを駆け抜けて、思わず息がつまった。悲鳴すら出てこないほどの痛みだった。見ると、兵士が身につけている鎧がべっこりとへこんでいた。
 その場に拳を抱えたまま、マリアが膝をついた。
 わかい兵士がへこんだ鎧を見ながら、ゆっくりと立ちあがった。
 そこには先ほどまでの戸惑った顔はなく、怒りに満ちていた。
「このガキ、なにしやがる!」
 そう言うなりひざまずいているマリアの腹を力いっぱい蹴飛ばした。

 マリアはそのまま意識をうしなった。
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