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ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
第28話 すごい歴史をオレたちは見ているぞ
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ネロの時代に戻ってきたセイは、アーチ橋で作られた『ローマ水道』の上に降りたっていた。ローマの街が一望できるほどの高さにあるため、すぐにローマの様子が目に飛び込んできた。
エヴァがまず第一声を放った。
「まぁ、セイさん。やっぱりローマは燃えたあとですね」
高見から見下すローマの街並みは、ほとんど廃虚と化しているといってよかった。ところどころで、まだおさまってない火種がくすぶっていたが、建物の多くは原形をとどめていなかった。今が夜でなければ、もっと被害状況が子細にわかっただろうが、夜目でみる限りでも、大火の影響は相当のものだったとすぐにわかった。
「エヴァ、おまえが恐れていた通りになったな。はやくネロを始末しねぇと、キリスト教徒の迫害がはじまる」
セイはふたりの会話を無視するように、街のいたるところに目を走らせていた。セイはこの場所がどうにも場違いだと感じられてならなかった。
「マリア、エヴァ……。どうもおかしい?。ぼくらはなぜここにいる?」
「なぜって……。こころがネロの時代のローマだからだろうが」
「いや。なぜ、ぼくらはこんな市街地にいるんだ?」
「どういうことですの?。セイさん。意味がわかりませんが……」
セイは丘のうえのほうに目をむけた。そこもすでに焼け落ちていたが、まだ煙がくすぶるその場所には、そこに立派な屋敷が建っていた名残が見て取れた。
「ぼくらはスポルスの魂の近くに現れるはずなんだ。だけど、ここは貧民街に近い。スポルスがいるはずがない……」
「確かにそうだな」
そうマリアが相づちをうった時、焼けただれた街の残骸のなかを、そそくさと走りぬけていく影を見つけた。フードで顔を隠して、あきらかにひと目を避けている数人の集団。彼らは片手にたいまつを持ち、街をぬけた先にあるティベレ川のむこうへ向かっていた。
「あれ、焼け出されたひとたちかしら?」
「被災者はあんな風にこそこそとしねぇだろ」
「マリア、エヴァ。あのひとたちを追おう」
「おい、暇人か、セイ。なんであんな庶民どもを……」
「わからない。でも、こんな場所に送り込まれた理由がわかるような気がする」
セイが確信めいて言うと、マリアとエヴァが同時に顔を見合わせた。
セイたちが怪しげな人々のあとをつけていくと、その進む先々からおなじような集団が
現れはじめた。彼らは合流して寄り添ったり、逆に距離をおきはじめたりしていた。だが、向かう方向はかわらない。
集団はティベレ川沿いの河川敷を移動しはじめると、徐々にローマの街から離れてひとけは見る見る遠ざかっていった。
「夜中じゃなかったら、すぐに見つかっちまうところだな」
マリアが呟くように言ったが、特に同意を求めた風でもなかった。あまりに静かな行軍になっていたのが、どうにも耐えられなかったのだろう。やがて集団は川からすこし離れた岩肌がむき出しになった荒れ地にむかいはじめたが、ほどなく大きな窪地を降りて行きはじめた。
「まぁ、あれって!」
ここまでほとんど口を開かず押し黙っていたエヴァが、その光景を見るなり思わず声をあげた。丘陵のうえから見下す窪地は予想外の広さだったが、そこにたいまつを持った人々が集っている姿があった。ゆうに百人は超えているだろうか。人々はからだを寄せ合うようにして、広場の正面に目をむけていた。たいまつの弱々しい明かりに照らし出されるように、広場正面にあるおおきな岩の上に建っている男の姿が浮かびあがった。
白髪に顎髭をたくわえた白衣の男が、なにかを聴衆にむかって語りかけているのがわかった。
「なるほど、そういうことか!」
マリアが顔を輝かせて快哉を叫ぶなり、エヴァのほうへ顔をむけた。
「エヴァ。とんだ僥倖だ!。すごい歴史をオレたちは見ているぞ」
マリアが声を弾ませると、エヴァもめずらしく、ことばを逸らせた。
「えぇ、えぇ。マリアさん。これは……スゴイです」
まるで我を忘れたようなふたりの姿にセイは面喰らった。ふたりの興奮している様子に正直なにか置いてけぼりにされたような気分だった。セイがおずおずと訊いた。
「あれは誰?」
そう訊かれたマリアは、やにわに胸の前で十字を切って言った。
「聖ペテロ様だ。イエス様の十二使徒の最後の一人。カトリック教会では『初代ローマ教皇』とされているお方……」
「シモン・ペテロ様だ」
「まさかシモン・ペテロ様本人に会えるだなんて……。わたしはプロテスタントですから、『聖ペテロ』とお呼びすることはありません。それでも……、とても興奮は抑えられません」
やたら饒舌になったエヴァに驚きながら、セイが尋ねた。
「それはボクシングファンが、メイウェザーに会えたとかそういう……」
「おまえ、バカか。この俗物が!。そんなクソみたいな喩えをするなら次は叩き切るぞ」
マリアがいきり立ったが、今度はエヴァがそれに参戦をしてきた。
「セイさん。いくらセイさんでも許せませんよ」
セイはふたりの剣幕に気圧されて、両手をあげて降参のジェスチャーをするのが精いっぱいだった。
広場に近づくとペテロが人々に説いていることばが聞こえてきた。
「愛する人たちよ、聞きなさい」
「今日、敬虔なる多くのキリスト教徒たちがネロ帝の命令で捕らえられました。ネロ帝はローマに火を放ったのは、われわれキリスト教徒だと言うのです。家を失い、友や肉親をうしなったのはみな同じはずなのに、不当な扱いで、罪なき者たちが迫害を受けようとしています」
参加者のあいだから悲痛な叫びがあがる。
「ペテロ様、わたしの父がネロに捕らえられました。どうすれば……」
ペテロの近くに陣取っていた婦人が泣き崩れながら訴えた。ペテロはその婦人に慈しみの目をむけながら話を続けた。
「それは神からの試練なのです。あなたのお父様は主、イエスの教えを敬虔に守っただけです。なんの罪も犯しておられない。罪を犯して打ち叩かれるのは当然のことです。だが、もし善をおこなって不当な苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、それはどれほどの誉れでしょうか。それこそが神の御心にかなうことです」
ペテロはおおきく手をひろげて、聴衆のほうへ声を張った。
「愛する人たちよ。あなたがたが召されたのはこのためです。主、イエスはあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと模範を残されたのです」
人々がそのひと言、ひと言に魅了されていた。ペテロの一挙手、一投足にすがるような目をむけて、聞き入っていた。
そこにスポルスがいた。
エヴァがまず第一声を放った。
「まぁ、セイさん。やっぱりローマは燃えたあとですね」
高見から見下すローマの街並みは、ほとんど廃虚と化しているといってよかった。ところどころで、まだおさまってない火種がくすぶっていたが、建物の多くは原形をとどめていなかった。今が夜でなければ、もっと被害状況が子細にわかっただろうが、夜目でみる限りでも、大火の影響は相当のものだったとすぐにわかった。
「エヴァ、おまえが恐れていた通りになったな。はやくネロを始末しねぇと、キリスト教徒の迫害がはじまる」
セイはふたりの会話を無視するように、街のいたるところに目を走らせていた。セイはこの場所がどうにも場違いだと感じられてならなかった。
「マリア、エヴァ……。どうもおかしい?。ぼくらはなぜここにいる?」
「なぜって……。こころがネロの時代のローマだからだろうが」
「いや。なぜ、ぼくらはこんな市街地にいるんだ?」
「どういうことですの?。セイさん。意味がわかりませんが……」
セイは丘のうえのほうに目をむけた。そこもすでに焼け落ちていたが、まだ煙がくすぶるその場所には、そこに立派な屋敷が建っていた名残が見て取れた。
「ぼくらはスポルスの魂の近くに現れるはずなんだ。だけど、ここは貧民街に近い。スポルスがいるはずがない……」
「確かにそうだな」
そうマリアが相づちをうった時、焼けただれた街の残骸のなかを、そそくさと走りぬけていく影を見つけた。フードで顔を隠して、あきらかにひと目を避けている数人の集団。彼らは片手にたいまつを持ち、街をぬけた先にあるティベレ川のむこうへ向かっていた。
「あれ、焼け出されたひとたちかしら?」
「被災者はあんな風にこそこそとしねぇだろ」
「マリア、エヴァ。あのひとたちを追おう」
「おい、暇人か、セイ。なんであんな庶民どもを……」
「わからない。でも、こんな場所に送り込まれた理由がわかるような気がする」
セイが確信めいて言うと、マリアとエヴァが同時に顔を見合わせた。
セイたちが怪しげな人々のあとをつけていくと、その進む先々からおなじような集団が
現れはじめた。彼らは合流して寄り添ったり、逆に距離をおきはじめたりしていた。だが、向かう方向はかわらない。
集団はティベレ川沿いの河川敷を移動しはじめると、徐々にローマの街から離れてひとけは見る見る遠ざかっていった。
「夜中じゃなかったら、すぐに見つかっちまうところだな」
マリアが呟くように言ったが、特に同意を求めた風でもなかった。あまりに静かな行軍になっていたのが、どうにも耐えられなかったのだろう。やがて集団は川からすこし離れた岩肌がむき出しになった荒れ地にむかいはじめたが、ほどなく大きな窪地を降りて行きはじめた。
「まぁ、あれって!」
ここまでほとんど口を開かず押し黙っていたエヴァが、その光景を見るなり思わず声をあげた。丘陵のうえから見下す窪地は予想外の広さだったが、そこにたいまつを持った人々が集っている姿があった。ゆうに百人は超えているだろうか。人々はからだを寄せ合うようにして、広場の正面に目をむけていた。たいまつの弱々しい明かりに照らし出されるように、広場正面にあるおおきな岩の上に建っている男の姿が浮かびあがった。
白髪に顎髭をたくわえた白衣の男が、なにかを聴衆にむかって語りかけているのがわかった。
「なるほど、そういうことか!」
マリアが顔を輝かせて快哉を叫ぶなり、エヴァのほうへ顔をむけた。
「エヴァ。とんだ僥倖だ!。すごい歴史をオレたちは見ているぞ」
マリアが声を弾ませると、エヴァもめずらしく、ことばを逸らせた。
「えぇ、えぇ。マリアさん。これは……スゴイです」
まるで我を忘れたようなふたりの姿にセイは面喰らった。ふたりの興奮している様子に正直なにか置いてけぼりにされたような気分だった。セイがおずおずと訊いた。
「あれは誰?」
そう訊かれたマリアは、やにわに胸の前で十字を切って言った。
「聖ペテロ様だ。イエス様の十二使徒の最後の一人。カトリック教会では『初代ローマ教皇』とされているお方……」
「シモン・ペテロ様だ」
「まさかシモン・ペテロ様本人に会えるだなんて……。わたしはプロテスタントですから、『聖ペテロ』とお呼びすることはありません。それでも……、とても興奮は抑えられません」
やたら饒舌になったエヴァに驚きながら、セイが尋ねた。
「それはボクシングファンが、メイウェザーに会えたとかそういう……」
「おまえ、バカか。この俗物が!。そんなクソみたいな喩えをするなら次は叩き切るぞ」
マリアがいきり立ったが、今度はエヴァがそれに参戦をしてきた。
「セイさん。いくらセイさんでも許せませんよ」
セイはふたりの剣幕に気圧されて、両手をあげて降参のジェスチャーをするのが精いっぱいだった。
広場に近づくとペテロが人々に説いていることばが聞こえてきた。
「愛する人たちよ、聞きなさい」
「今日、敬虔なる多くのキリスト教徒たちがネロ帝の命令で捕らえられました。ネロ帝はローマに火を放ったのは、われわれキリスト教徒だと言うのです。家を失い、友や肉親をうしなったのはみな同じはずなのに、不当な扱いで、罪なき者たちが迫害を受けようとしています」
参加者のあいだから悲痛な叫びがあがる。
「ペテロ様、わたしの父がネロに捕らえられました。どうすれば……」
ペテロの近くに陣取っていた婦人が泣き崩れながら訴えた。ペテロはその婦人に慈しみの目をむけながら話を続けた。
「それは神からの試練なのです。あなたのお父様は主、イエスの教えを敬虔に守っただけです。なんの罪も犯しておられない。罪を犯して打ち叩かれるのは当然のことです。だが、もし善をおこなって不当な苦しみを受け、それを耐え忍ぶなら、それはどれほどの誉れでしょうか。それこそが神の御心にかなうことです」
ペテロはおおきく手をひろげて、聴衆のほうへ声を張った。
「愛する人たちよ。あなたがたが召されたのはこのためです。主、イエスはあなたがたのために苦しみを受け、その足跡に続くようにと模範を残されたのです」
人々がそのひと言、ひと言に魅了されていた。ペテロの一挙手、一投足にすがるような目をむけて、聞き入っていた。
そこにスポルスがいた。
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