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ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
第14話 あの女を食事に招待してやれ。ライオンの食事にな
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「おい、この牢屋は男と女に分かれてねぇのか!」
兵士たちに牢屋に放り込まれたとき、まずマリアが大声で悪態をついた。兵士たちの返事は、勢いよく閉められた牢屋の扉の「ガーン」という激しい音だった。
セイはなかに向き直ると牢屋のなかを見渡した。薄暗い部屋はバレーボールのコートほどもある大部屋だった。柱や天井をみる限り、それほどの広さはあるはずだった。だが、体感的にはそれよりもっと手狭で、窮屈に感じる。セイがよく目を凝らしてみると、部屋のなかに、驚くほど多くの人々がいることがわかった。床や壁をひとが埋め尽くしているので、狭く見えたのだとわかった。
「まぁ。これは定員オーバーしてましてよ」
エヴァも暗い部屋のなかに蠢いている人々たちに気づいたらしい。そのなかの誰かがうわごとのようなおぼつかない声で叫んだ。
「おんなだ……」
その声が引きがねとなって、輪唱のように各所から、うめき声が聞こえ始めた。
「おんなだ……」
声がしだいに広がり、黒い人影がよろよろとこちらに近づいてくる。
「おい、エヴァ。貞操の危機だぞ」
「えぇ。まぁ、そのようですわね」
セイはエヴァとマリアの前に進み出て、二人をかばうような姿勢で身構えた。そのときにマリアの存在に気づいた者が叫んだ。
「幼子もいるぞ」
「幼子だ……」
影がゆらりとたちあがり、近寄ってくる者の数が増えはじめたのがすぐにわかった。セイは手のひらを上にむけて、『力』の光を灯した。
が、そのセイの手を押しのけるようにして、マリアが一列前に進み出た。
「おい、今、オレを幼子よばわりしたヤツはだれだ?」
セイがハッとしてマリアの手元を見ると、すでに右手には棍棒が握られていた。その棍棒には黒い雲がたゆまず絡みついて蠢いて見える。この世のものではない。「マリア。なにを?」
「どうやら、ちがう趣味のヤツらがいるようだが、失礼な輩は躾けてやらんとな」
「まぁ、マリア。わたしのために?」
「だーれが、おまえのためだ。オレはオレで貞操の危機だからな。どっちがおまえのファンかわかんねぇから、とりあえず全部片づけるだけだ」
マリアがそういうと棍棒を前につきだして構えた。
まわりを完全に取り囲まれて「おんなだ」と「幼子だ』の大合唱が牢屋内を満たしていく。
そのとき牢屋の奥のほうから、悲鳴のような声が聞こえた。
「ラ、ライオンだ。ライオンの檻が運ばれてきた」
その一声にまわりを取り囲んでいた影が、大慌てをはじめた。吸い寄せられるような勢いで、みな壁や隅のほうへ身を寄せていく。
「おい、おい、なにがおきた?」
状況の激変ぶりにマリアが戸惑いの声をあげた。
セイは声があがったほうに目をやった。そこには壁に開いたいくつかの穴から外を覗き込んでいる人々の姿があった。その穴は小窓ほどのおおきさがあったが、どれも頑丈な鉄格子が嵌められていた。窓は鉄柵にしがみつく人々で鈴なりになっていて、差し込んでくる外光をかなり阻んでいた。この牢屋がやたら暗いのは、そのせいだとセイは思い至った。
「このなかの誰かが生け贄にされるぅぅぅ」
「いやだぁ。食い殺されるのはいやだぁ」
牢屋のなかが悲嘆と恐怖がまじった叫喚に満たされていく。セイは広いと感じていたこの牢が、とたんに狭くなっていくような錯覚を感じた。
「今日はケラドゥスとの一騎打ちだったはずだ」
「ネロのいつもの気まぐれだよ」
「ケラドゥスと戦えても、どうせ勝てやしない。殺されるだけだ」
「勇敢に……、勇敢に戦えば、もしかしたら死を免れるかもしれない」
「あぁ、そうだ。そうかもしれん。だがライオンは……絶対に助からない……」
「おぉ、神様……。オレを選ばせないでくれ……」
牢屋のそこかしこであがる嘆きの声が、絶望の色を帯びていくのがわかる。
カチャカチャと廊下のほうから金属同士がかちあう音が聞こえてきた。とたんに牢屋の住人たちの嘆きの声がぴたりとやんだ。人々はわずかな衣擦れの音すら立てまいと、息ひとつ、身じろぎひとつしない。まるでここは『無人』だとあからさまに装おうとしているように感じられた。
がちゃりと鍵を開ける音がした。セイがゆっくりと振り向くと、そこに武装した十人ほどの兵士が胸くそがわるくなるような笑みを浮かべながら、牢のなかにはいってくるところだった。
「さあ、お楽しみの時間だ」
先頭ではいってきた隊長らしき兵士がほくそ笑みながら言った。
「だぁれを選ぼうかな」
うしろの若い兵士のひとりが額の前に手で庇をつくる仕草をして、牢屋のなかをぐるりと見渡した。牢の奥の影の塊がぎゅっと縮みあがる。
「おい、楽しみの時間ってーのは、飯の時間かなんかなんだろうな?」
突然、静寂をぶちこわすように、マリアが兵士を見あげながら訊いた。エヴァがあわてて「マリアさん!」と嗜めるように言ったがもう遅かった。
「お嬢ちゃん。威勢がいいな」
隊長がマリアを上から睨みつけたが、マリアはそれ以上の眼光で隊長を睨み上げた。
「てめぇ、死にたいか。オレを子供呼ばわりするな」
「はは、このチビちゃんは、命が惜しくないようだな」
隊長がマリアの頭に手をのせて、荒々しくなでながら、うしろの部下たちにむかって、薄ら笑いをしながら言った。部下たちも隊長のことばに追従して、薄ら笑いをマリアにむけた。
マリアの動きはとんでもなく速かった。
隊長の腰から剣を引き抜くと、隊長の足元めがけて一気に突き刺した。ゴツンという鈍い音がして剣は隊長の足の甲を貫いていた。
「ぎゃぁぁぁぁ」
足に剣を突き刺されて隊長が悲鳴をあげて、うしろに尻餅をついた。隊長の足は甲から先が切断されて血が噴き出していた。
「すまんな。突き刺すだけだったが、下が硬かったンで勢い余って切断しちまった」
飄々とした態度で嘯くマリアに、部下の兵士たちが一斉に剣をむけた。
「待て……。そのおんなを殺すな。『生け贄』にしろとの命令だ……」
隊長が痛みにあえぎながら、部下を制止する。
「ここで手をかけては、こ、皇帝陛下の逆鱗にふれる……」
「あの女を食事に招待してやれ。ライオンの『食事』にな」
兵士たちに牢屋に放り込まれたとき、まずマリアが大声で悪態をついた。兵士たちの返事は、勢いよく閉められた牢屋の扉の「ガーン」という激しい音だった。
セイはなかに向き直ると牢屋のなかを見渡した。薄暗い部屋はバレーボールのコートほどもある大部屋だった。柱や天井をみる限り、それほどの広さはあるはずだった。だが、体感的にはそれよりもっと手狭で、窮屈に感じる。セイがよく目を凝らしてみると、部屋のなかに、驚くほど多くの人々がいることがわかった。床や壁をひとが埋め尽くしているので、狭く見えたのだとわかった。
「まぁ。これは定員オーバーしてましてよ」
エヴァも暗い部屋のなかに蠢いている人々たちに気づいたらしい。そのなかの誰かがうわごとのようなおぼつかない声で叫んだ。
「おんなだ……」
その声が引きがねとなって、輪唱のように各所から、うめき声が聞こえ始めた。
「おんなだ……」
声がしだいに広がり、黒い人影がよろよろとこちらに近づいてくる。
「おい、エヴァ。貞操の危機だぞ」
「えぇ。まぁ、そのようですわね」
セイはエヴァとマリアの前に進み出て、二人をかばうような姿勢で身構えた。そのときにマリアの存在に気づいた者が叫んだ。
「幼子もいるぞ」
「幼子だ……」
影がゆらりとたちあがり、近寄ってくる者の数が増えはじめたのがすぐにわかった。セイは手のひらを上にむけて、『力』の光を灯した。
が、そのセイの手を押しのけるようにして、マリアが一列前に進み出た。
「おい、今、オレを幼子よばわりしたヤツはだれだ?」
セイがハッとしてマリアの手元を見ると、すでに右手には棍棒が握られていた。その棍棒には黒い雲がたゆまず絡みついて蠢いて見える。この世のものではない。「マリア。なにを?」
「どうやら、ちがう趣味のヤツらがいるようだが、失礼な輩は躾けてやらんとな」
「まぁ、マリア。わたしのために?」
「だーれが、おまえのためだ。オレはオレで貞操の危機だからな。どっちがおまえのファンかわかんねぇから、とりあえず全部片づけるだけだ」
マリアがそういうと棍棒を前につきだして構えた。
まわりを完全に取り囲まれて「おんなだ」と「幼子だ』の大合唱が牢屋内を満たしていく。
そのとき牢屋の奥のほうから、悲鳴のような声が聞こえた。
「ラ、ライオンだ。ライオンの檻が運ばれてきた」
その一声にまわりを取り囲んでいた影が、大慌てをはじめた。吸い寄せられるような勢いで、みな壁や隅のほうへ身を寄せていく。
「おい、おい、なにがおきた?」
状況の激変ぶりにマリアが戸惑いの声をあげた。
セイは声があがったほうに目をやった。そこには壁に開いたいくつかの穴から外を覗き込んでいる人々の姿があった。その穴は小窓ほどのおおきさがあったが、どれも頑丈な鉄格子が嵌められていた。窓は鉄柵にしがみつく人々で鈴なりになっていて、差し込んでくる外光をかなり阻んでいた。この牢屋がやたら暗いのは、そのせいだとセイは思い至った。
「このなかの誰かが生け贄にされるぅぅぅ」
「いやだぁ。食い殺されるのはいやだぁ」
牢屋のなかが悲嘆と恐怖がまじった叫喚に満たされていく。セイは広いと感じていたこの牢が、とたんに狭くなっていくような錯覚を感じた。
「今日はケラドゥスとの一騎打ちだったはずだ」
「ネロのいつもの気まぐれだよ」
「ケラドゥスと戦えても、どうせ勝てやしない。殺されるだけだ」
「勇敢に……、勇敢に戦えば、もしかしたら死を免れるかもしれない」
「あぁ、そうだ。そうかもしれん。だがライオンは……絶対に助からない……」
「おぉ、神様……。オレを選ばせないでくれ……」
牢屋のそこかしこであがる嘆きの声が、絶望の色を帯びていくのがわかる。
カチャカチャと廊下のほうから金属同士がかちあう音が聞こえてきた。とたんに牢屋の住人たちの嘆きの声がぴたりとやんだ。人々はわずかな衣擦れの音すら立てまいと、息ひとつ、身じろぎひとつしない。まるでここは『無人』だとあからさまに装おうとしているように感じられた。
がちゃりと鍵を開ける音がした。セイがゆっくりと振り向くと、そこに武装した十人ほどの兵士が胸くそがわるくなるような笑みを浮かべながら、牢のなかにはいってくるところだった。
「さあ、お楽しみの時間だ」
先頭ではいってきた隊長らしき兵士がほくそ笑みながら言った。
「だぁれを選ぼうかな」
うしろの若い兵士のひとりが額の前に手で庇をつくる仕草をして、牢屋のなかをぐるりと見渡した。牢の奥の影の塊がぎゅっと縮みあがる。
「おい、楽しみの時間ってーのは、飯の時間かなんかなんだろうな?」
突然、静寂をぶちこわすように、マリアが兵士を見あげながら訊いた。エヴァがあわてて「マリアさん!」と嗜めるように言ったがもう遅かった。
「お嬢ちゃん。威勢がいいな」
隊長がマリアを上から睨みつけたが、マリアはそれ以上の眼光で隊長を睨み上げた。
「てめぇ、死にたいか。オレを子供呼ばわりするな」
「はは、このチビちゃんは、命が惜しくないようだな」
隊長がマリアの頭に手をのせて、荒々しくなでながら、うしろの部下たちにむかって、薄ら笑いをしながら言った。部下たちも隊長のことばに追従して、薄ら笑いをマリアにむけた。
マリアの動きはとんでもなく速かった。
隊長の腰から剣を引き抜くと、隊長の足元めがけて一気に突き刺した。ゴツンという鈍い音がして剣は隊長の足の甲を貫いていた。
「ぎゃぁぁぁぁ」
足に剣を突き刺されて隊長が悲鳴をあげて、うしろに尻餅をついた。隊長の足は甲から先が切断されて血が噴き出していた。
「すまんな。突き刺すだけだったが、下が硬かったンで勢い余って切断しちまった」
飄々とした態度で嘯くマリアに、部下の兵士たちが一斉に剣をむけた。
「待て……。そのおんなを殺すな。『生け贄』にしろとの命令だ……」
隊長が痛みにあえぎながら、部下を制止する。
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「あの女を食事に招待してやれ。ライオンの『食事』にな」
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