53 / 935
ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜
第13話 ひさしぶりに、幼子の血が見れそうだ
しおりを挟む
「われは嘆くぅ~、われの不幸を~。かくも才気に満ちたりてぇ~、神の声を与えられしがぁ~。哀しきことにわれは皇帝~。おー、ネロ、すべてを持つ不幸の男よ~」
ネロは寝椅子に座り、「チェトラ」と呼ばれる竪琴を奏でながらうたっていた。執政官のペトロニウスはそれを聞いている、すくなくとも耳を傾けているふりだけでもしている、取り巻きの臣下たちの顔色をうかがった。自己陶酔して自作の歌を吟じているネロに、いささかうんざりしているのが見て取れた。
「ネロ~、皇帝に生まれしが不幸か。才人に生まれしが……」
「皇帝陛下!」
ティゲリヌスが大声をあげて、ネロの歌をふいに遮った。ネロは歌が佳境にはいったところで邪魔をされたので、みるみる気分をわるくしていった。
「ティゲリヌス!。今は創作の時間だぞ!」
ティゲリヌス、ネロの足元にあわてて跪いた。
「申し訳ございません。しかし、火急の用にて……」
「なんじゃ、火急とは?」
ティゲリヌスはすっと立ちあがると、ネロに耳打ちをした。
「スポルス妃の寝所に、男が忍び込みましてございます」
それを聞くなりネロはヒステリックに取り乱した。
「な、なにぃ、皇妃の寝所にだとぉぉ……。ど、ど、ど、どういうことだ、ティゲリヌス!」
「ご安心を。すぐに取り押さえましたゆえ」
ネロはそれを聞いても、納得することはなく、顔を真っ赤にして声を荒げた。
「で、そいつはどんなヤツだ!」
「は。スポルス皇妃とおなじくらいの少年で、幼い女の奴隷をふたり連れておりました」
「うんむむむむむむ……少年と幼子か。ちょっとやっかいだのう」
「陛下。この三人。どういたしましょうか?」
そうティゲリヌスに決断を迫られて、ネロは憤慨する気持ちが高まった。その怒りをすぐそばに控える老人にむけた。
「セネカ……。セネカ、セネカ。その子供たちの処分、おまえがやってくれ。ワシに非が及ばんようにな」
「陛下。わたしはもう政界を引退し、文筆業に専念しております。そのようなことは……」
「なーんだ、セネカ。そちは協力してくれんのか。母、アグリッピナのときには尽力してくれたではないか」
「陛下、その件はご勘弁ください」
セネカがネロに嘆願すると、ネロは興味をうしなった様子でセネカに捨て台詞を吐いた。
「ふん、セネカ。おまえはワシの師だったが、つまらん男になってしまったな。おまえの書いている『アガメムノン』や『エディプス』を読んだが、つまらなかったぞ」
「たいへん申し訳ございません」と、セネカが恐縮したが、ネロの興味はもう別の者に移っていた。自分のうしろに控えていたペトロニウスに声をかけた。
「ペトロニウス。そちに処分を任せたいが……」
ネロがそこまで言いかけたところで、ペトロニウスがすぐに前に歩み出て進言した。
「陛下。大変光栄ではありますが、わたくしごときに、神の代理である陛下の代わりは務まりません。どうかご勘弁を」
ネロはペトロニウスに見下げるような目をむけた。以前はこのように持ち上がられれば、機嫌をよくしていたはずだったが、今日のネロは機嫌がすこぶるわるいようだった。
「ペトロニウス。おまえも本当に役立たずだな。もういい。ワシが処分をくだす」
ペトロニウスはからだを縮こまらせて畏まった。ネロはその姿を鼻で笑うと、さらに悪態を浴びせた。
「おまえが書いた物語、『サテリコン』だったか……。アレは俗物的なうえ趣味がわるくてワシは好かん。ワシの吟じる『詩』や『歌』と違って一流にはほど遠い。もっと後世に残るような物を書くべきだな」
ペトロニウスは押し黙ったまま、なにも言わなかった。あれはこのローマの頽廃を当てこする内容ゆえに、ネロの気に召さないのは納得していた。だが、ネロのカスのような創作物と同義に語られるのは、いささか不愉快だった。
「恐れながら、ネロ様。間男たちの処分はわたしにお任せいただけないでしょうか?」
ティゲリヌスが進み出て、ネロに進言した。
「ふむ、ティゲリヌス。そのほうになにか考えがあるのか」
「ヤツラはまだ子供ですが、りっぱな咎人。秘密裏に処分するのではなく、むしろ娯楽のための余興に使うのはいかがでしょう」
「ふむ。興味ぶかいな。どうする?」
「猛獣と戦わせてみるのも一興かと」
「わるくないな。だがせっかく三人いるのだったら、ひとりくらいは、剣闘士になぶり殺しにさせるのもおもしろそうだ」
「さすが陛下。なかなか興趣をそそりますな。ぜひそのように計らいましょう」
ティゲリヌスがきびすを返してその場を退くと、ネロはペトロニウスに横目を使いながら、わざと聞こえるように言った。
「ひさしぶりに、幼子の血が見れそうだ。わくわくするな……」
ネロは寝椅子に座り、「チェトラ」と呼ばれる竪琴を奏でながらうたっていた。執政官のペトロニウスはそれを聞いている、すくなくとも耳を傾けているふりだけでもしている、取り巻きの臣下たちの顔色をうかがった。自己陶酔して自作の歌を吟じているネロに、いささかうんざりしているのが見て取れた。
「ネロ~、皇帝に生まれしが不幸か。才人に生まれしが……」
「皇帝陛下!」
ティゲリヌスが大声をあげて、ネロの歌をふいに遮った。ネロは歌が佳境にはいったところで邪魔をされたので、みるみる気分をわるくしていった。
「ティゲリヌス!。今は創作の時間だぞ!」
ティゲリヌス、ネロの足元にあわてて跪いた。
「申し訳ございません。しかし、火急の用にて……」
「なんじゃ、火急とは?」
ティゲリヌスはすっと立ちあがると、ネロに耳打ちをした。
「スポルス妃の寝所に、男が忍び込みましてございます」
それを聞くなりネロはヒステリックに取り乱した。
「な、なにぃ、皇妃の寝所にだとぉぉ……。ど、ど、ど、どういうことだ、ティゲリヌス!」
「ご安心を。すぐに取り押さえましたゆえ」
ネロはそれを聞いても、納得することはなく、顔を真っ赤にして声を荒げた。
「で、そいつはどんなヤツだ!」
「は。スポルス皇妃とおなじくらいの少年で、幼い女の奴隷をふたり連れておりました」
「うんむむむむむむ……少年と幼子か。ちょっとやっかいだのう」
「陛下。この三人。どういたしましょうか?」
そうティゲリヌスに決断を迫られて、ネロは憤慨する気持ちが高まった。その怒りをすぐそばに控える老人にむけた。
「セネカ……。セネカ、セネカ。その子供たちの処分、おまえがやってくれ。ワシに非が及ばんようにな」
「陛下。わたしはもう政界を引退し、文筆業に専念しております。そのようなことは……」
「なーんだ、セネカ。そちは協力してくれんのか。母、アグリッピナのときには尽力してくれたではないか」
「陛下、その件はご勘弁ください」
セネカがネロに嘆願すると、ネロは興味をうしなった様子でセネカに捨て台詞を吐いた。
「ふん、セネカ。おまえはワシの師だったが、つまらん男になってしまったな。おまえの書いている『アガメムノン』や『エディプス』を読んだが、つまらなかったぞ」
「たいへん申し訳ございません」と、セネカが恐縮したが、ネロの興味はもう別の者に移っていた。自分のうしろに控えていたペトロニウスに声をかけた。
「ペトロニウス。そちに処分を任せたいが……」
ネロがそこまで言いかけたところで、ペトロニウスがすぐに前に歩み出て進言した。
「陛下。大変光栄ではありますが、わたくしごときに、神の代理である陛下の代わりは務まりません。どうかご勘弁を」
ネロはペトロニウスに見下げるような目をむけた。以前はこのように持ち上がられれば、機嫌をよくしていたはずだったが、今日のネロは機嫌がすこぶるわるいようだった。
「ペトロニウス。おまえも本当に役立たずだな。もういい。ワシが処分をくだす」
ペトロニウスはからだを縮こまらせて畏まった。ネロはその姿を鼻で笑うと、さらに悪態を浴びせた。
「おまえが書いた物語、『サテリコン』だったか……。アレは俗物的なうえ趣味がわるくてワシは好かん。ワシの吟じる『詩』や『歌』と違って一流にはほど遠い。もっと後世に残るような物を書くべきだな」
ペトロニウスは押し黙ったまま、なにも言わなかった。あれはこのローマの頽廃を当てこする内容ゆえに、ネロの気に召さないのは納得していた。だが、ネロのカスのような創作物と同義に語られるのは、いささか不愉快だった。
「恐れながら、ネロ様。間男たちの処分はわたしにお任せいただけないでしょうか?」
ティゲリヌスが進み出て、ネロに進言した。
「ふむ、ティゲリヌス。そのほうになにか考えがあるのか」
「ヤツラはまだ子供ですが、りっぱな咎人。秘密裏に処分するのではなく、むしろ娯楽のための余興に使うのはいかがでしょう」
「ふむ。興味ぶかいな。どうする?」
「猛獣と戦わせてみるのも一興かと」
「わるくないな。だがせっかく三人いるのだったら、ひとりくらいは、剣闘士になぶり殺しにさせるのもおもしろそうだ」
「さすが陛下。なかなか興趣をそそりますな。ぜひそのように計らいましょう」
ティゲリヌスがきびすを返してその場を退くと、ネロはペトロニウスに横目を使いながら、わざと聞こえるように言った。
「ひさしぶりに、幼子の血が見れそうだ。わくわくするな……」
0
お気に入りに追加
28
あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。


セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる