ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ3 クォ=ヴァディスの巻 〜 暴君ネロ 編 〜

第13話 ひさしぶりに、幼子の血が見れそうだ

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「われは嘆くぅ~、われの不幸を~。かくも才気に満ちたりてぇ~、神の声を与えられしがぁ~。哀しきことにわれは皇帝~。おー、ネロ、すべてを持つ不幸の男よ~」

 ネロは寝椅子に座り、「チェトラ」と呼ばれる竪琴を奏でながらうたっていた。執政官のペトロニウスはそれを聞いている、すくなくとも耳を傾けているふりだけでもしている、取り巻きの臣下たちの顔色をうかがった。自己陶酔して自作の歌を吟じているネロに、いささかうんざりしているのが見て取れた。
「ネロ~、皇帝に生まれしが不幸か。才人に生まれしが……」
「皇帝陛下!」
 ティゲリヌスが大声をあげて、ネロの歌をふいに遮った。ネロは歌が佳境にはいったところで邪魔をされたので、みるみる気分をわるくしていった。
「ティゲリヌス!。今は創作の時間だぞ!」
 ティゲリヌス、ネロの足元にあわてて跪いた。
「申し訳ございません。しかし、火急の用にて……」
「なんじゃ、火急とは?」
 ティゲリヌスはすっと立ちあがると、ネロに耳打ちをした。
「スポルス妃の寝所に、男が忍び込みましてございます」
 それを聞くなりネロはヒステリックに取り乱した。
「な、なにぃ、皇妃の寝所にだとぉぉ……。ど、ど、ど、どういうことだ、ティゲリヌス!」
「ご安心を。すぐに取り押さえましたゆえ」
 ネロはそれを聞いても、納得することはなく、顔を真っ赤にして声を荒げた。
「で、そいつはどんなヤツだ!」
「は。スポルス皇妃とおなじくらいの少年で、幼い女の奴隷をふたり連れておりました」
「うんむむむむむむ……少年と幼子か。ちょっとやっかいだのう」
「陛下。この三人。どういたしましょうか?」
 そうティゲリヌスに決断を迫られて、ネロは憤慨する気持ちが高まった。その怒りをすぐそばに控える老人にむけた。

「セネカ……。セネカ、セネカ。その子供たちの処分、おまえがやってくれ。ワシに非が及ばんようにな」
「陛下。わたしはもう政界を引退し、文筆業に専念しております。そのようなことは……」
「なーんだ、セネカ。そちは協力してくれんのか。母、アグリッピナのときには尽力してくれたではないか」
「陛下、その件はご勘弁ください」
 セネカがネロに嘆願すると、ネロは興味をうしなった様子でセネカに捨て台詞を吐いた。
「ふん、セネカ。おまえはワシの師だったが、つまらん男になってしまったな。おまえの書いている『アガメムノン』や『エディプス』を読んだが、つまらなかったぞ」
「たいへん申し訳ございません」と、セネカが恐縮したが、ネロの興味はもう別の者に移っていた。自分のうしろに控えていたペトロニウスに声をかけた。
「ペトロニウス。そちに処分を任せたいが……」
 ネロがそこまで言いかけたところで、ペトロニウスがすぐに前に歩み出て進言した。
「陛下。大変光栄ではありますが、わたくしごときに、神の代理である陛下の代わりは務まりません。どうかご勘弁を」
 ネロはペトロニウスに見下げるような目をむけた。以前はこのように持ち上がられれば、機嫌をよくしていたはずだったが、今日のネロは機嫌がすこぶるわるいようだった。
「ペトロニウス。おまえも本当に役立たずだな。もういい。ワシが処分をくだす」
 ペトロニウスはからだを縮こまらせてかしこまった。ネロはその姿を鼻で笑うと、さらに悪態を浴びせた。
「おまえが書いた物語、『サテリコン』だったか……。アレは俗物的なうえ趣味がわるくてワシは好かん。ワシの吟じる『詩』や『歌』と違って一流にはほど遠い。もっと後世に残るような物を書くべきだな」
 ペトロニウスは押し黙ったまま、なにも言わなかった。あれはこのローマの頽廃たいはいを当てこする内容ゆえに、ネロの気に召さないのは納得していた。だが、ネロのカスのような創作物と同義に語られるのは、いささか不愉快だった。

「恐れながら、ネロ様。間男たちの処分はわたしにお任せいただけないでしょうか?」
 ティゲリヌスが進み出て、ネロに進言した。
「ふむ、ティゲリヌス。そのほうになにか考えがあるのか」
「ヤツラはまだ子供ですが、りっぱな咎人とがにん。秘密裏に処分するのではなく、むしろ娯楽のための余興に使うのはいかがでしょう」
「ふむ。興味ぶかいな。どうする?」
「猛獣と戦わせてみるのも一興かと」
「わるくないな。だがせっかく三人いるのだったら、ひとりくらいは、剣闘士になぶり殺しにさせるのもおもしろそうだ」
「さすが陛下。なかなか興趣をそそりますな。ぜひそのように計らいましょう」
 ティゲリヌスがきびすを返してその場を退くと、ネロはペトロニウスに横目を使いながら、わざと聞こえるように言った。

「ひさしぶりに、幼子の血が見れそうだ。わくわくするな……」
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