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ダイブ2 不気味の国のアリスの巻 〜 ルイス・キャロル 編〜
第10話 とびっきりすてきな人(the cat's whiskers)
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「なぜ、わかった?」
手に持ったステッキでもういちど身構えながら、ハンプティ・ダンプティが言った。先ほど倒したはずの姿とは似ても似つかないほど醜悪で、強靱な姿に変貌していた。
「ぼくの知識とマッチ(match)しないんだよ」
「マッチしない?」
「あんたはこの話に出てこない。兄弟一緒にでてくるのは、『トゥイードルダムとトゥイードルディー』だ。あんたは『鏡の国のアリス』の住人のはずだ」
「特別に出張サービスさ。こちらは君と『対戦(match)』したくてね。あの魂の代わりに、おまえにここにとどまってもらうさ」
セイは肩をすくめた。
「そんなことしたら、現世のぼくが『昏睡病』になっちゃうな」
「それが我々の使命だよ」
「さっき、ぼくにやられたくせに」
「『そんな昔のことは覚えてないな』」
「じゃあ、思い出してもらおうかな」
「心残りの力。こい!」
セイのこぶしに光が宿りはじめる。
「トラウマ、おまえを浄化する」
セイはハンプティ・ダンプティにむかって、無数の正拳突きをくりだした。目に見えないほどのスピードでこぶしがねじ込まれる。
だが、ぶよぶよとやわらかいハンプティ・ダンプティのからだが「ボヨン、ボヨン」とたわんで、その鉄拳をはねのける。
「は、ずいぶん弾むからだだな。『ビヨン・ビヨン(Boing Boing)』に名前を変えたほうがいいな」
すると、ハンプティ・ダンプティが親指を下にして不服そうに言った。
「『ビヨン・ビヨン(Boing Boing)』などまったく美しくない名前だ。ブーイング(Booing)だよ」
セイは再度、パンチを打ち込んだが、ハンプティ・ダンプティはまたもや余裕でそれを受け止めた。まったく効いた様子がないのに、セイが悔しそうな顔をした。
「タフだな」
「もちろんだ。『タフでなければ生きてはいけない』からな」
「それ、マッチしないな。そのセリフは、この時代よりもっとあとに生み出されるし、そもそも、ここイギリスではなく、アメリカが発祥なんだよ……」
「ことばが大事なんじゃなかったのかい」
「い、いや……」
ハンプティ・ダンプティがうろたえたような声をあげた。セイは手を挙げて空中から『マッチ(match)』をとり出すと、からだにすり付けてパチンと火をつけた。セイが火のついたマッチを握りしめて、火の力をこぶしに宿らせる。
セイがハンプティ・ダンプティのからだに手のひらを押しつけた。ゆっくりと表面の白身が溶けはじめる。
「なにをするつもりだ……」
ハンプティ・ダンプティが苦悶の叫び声をあげるが、セイは涼しい顔で言った。
「『そんな先のことはわからない』」
セイが一気にハンプティ・ダンプティのからだの奥まで、手のひらを押し込んだ。ハンプティダンプティはぎゃっと声をあげたかと思うと、そのまま絶命した。そのからだには、セイの手のひらの形に穴が空いて、そこからどろりとした黄身が流れ出していた。
セイは手についた『黄身』を振り払いながら言った。
「なんだよ。『ハード・ボイルド《固ゆで卵》』じゃないじゃん」
アリスはルイスに抱き上げられたまま、森をじっと見ていた。やがて、とても寂しそうな顔でつぶやいた。
「ドジソンさん。お友達、いなくなったから、もうお話が書けないのね」
ドジソンは汚れた顔でにっこり笑った。
「アリス、心配しなくてもいいよ。キミの友達がいなくてもお話は書けるから」
「本当?。今度はどんな話?」
「今度はアリスが『鏡の国』にいく話しなんだ」
アリスの顔が期待いっぱいに華やいだ。
「ドジソンさん、今度それ聞かせて」
「あぁ、もちろん。もちろんだよ」
アリスがふとなにかに気づいて、あたりを見渡した。
「ねぇ、エドガーさんは?」
「エドガーって?」
「エドガー・ウェストヒルおじさんよ」
「アリス。そんな人はいないよ。そんな人は存在しないんだ」
「エドガー・ウェストヒルは使われなかったボクのもう一つのペンネームだもの」
「アリス!」
アリスが森の方から呼ぶ声にふりむくと、チョッキ姿にもどったセイが木の枝の上に座って笑っていた。
「セイ!」
アリスが声をかけたが、セイのからだはすうーっと消えはじめ、最後ににやにや笑いだけが残った。
が、やがて全部消えてしまった。
「ほうら、セイ、あなた、やっぱり猫だったのね……」
「だって、とびっきりすてきな人(the cat's whiskers)だったもの」
------------------------------------------------------------
■参考文献
不思議の国のアリス 著 ルイス・キャロル
数の国のルイス・キャロル 著 ロビン・ウィルソン
■参照ホームページ
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ルイス・キャロル
アリス・リデル
ヴィクトリア (イギリス女王)
ジョン・ブラウン (使用人)
P・T・バーナム
イングランドの笑う猫
http://agrinningcheshirecat.blogspot.com/2008/01/grin-like-cheshire-cat-grin-like.html
キャロルさんの皮肉炸裂☆「不思議の国のアリス」が狂いまくってるワケ
https://matome.naver.jp/odai/2143018694192400801?&page=1
手に持ったステッキでもういちど身構えながら、ハンプティ・ダンプティが言った。先ほど倒したはずの姿とは似ても似つかないほど醜悪で、強靱な姿に変貌していた。
「ぼくの知識とマッチ(match)しないんだよ」
「マッチしない?」
「あんたはこの話に出てこない。兄弟一緒にでてくるのは、『トゥイードルダムとトゥイードルディー』だ。あんたは『鏡の国のアリス』の住人のはずだ」
「特別に出張サービスさ。こちらは君と『対戦(match)』したくてね。あの魂の代わりに、おまえにここにとどまってもらうさ」
セイは肩をすくめた。
「そんなことしたら、現世のぼくが『昏睡病』になっちゃうな」
「それが我々の使命だよ」
「さっき、ぼくにやられたくせに」
「『そんな昔のことは覚えてないな』」
「じゃあ、思い出してもらおうかな」
「心残りの力。こい!」
セイのこぶしに光が宿りはじめる。
「トラウマ、おまえを浄化する」
セイはハンプティ・ダンプティにむかって、無数の正拳突きをくりだした。目に見えないほどのスピードでこぶしがねじ込まれる。
だが、ぶよぶよとやわらかいハンプティ・ダンプティのからだが「ボヨン、ボヨン」とたわんで、その鉄拳をはねのける。
「は、ずいぶん弾むからだだな。『ビヨン・ビヨン(Boing Boing)』に名前を変えたほうがいいな」
すると、ハンプティ・ダンプティが親指を下にして不服そうに言った。
「『ビヨン・ビヨン(Boing Boing)』などまったく美しくない名前だ。ブーイング(Booing)だよ」
セイは再度、パンチを打ち込んだが、ハンプティ・ダンプティはまたもや余裕でそれを受け止めた。まったく効いた様子がないのに、セイが悔しそうな顔をした。
「タフだな」
「もちろんだ。『タフでなければ生きてはいけない』からな」
「それ、マッチしないな。そのセリフは、この時代よりもっとあとに生み出されるし、そもそも、ここイギリスではなく、アメリカが発祥なんだよ……」
「ことばが大事なんじゃなかったのかい」
「い、いや……」
ハンプティ・ダンプティがうろたえたような声をあげた。セイは手を挙げて空中から『マッチ(match)』をとり出すと、からだにすり付けてパチンと火をつけた。セイが火のついたマッチを握りしめて、火の力をこぶしに宿らせる。
セイがハンプティ・ダンプティのからだに手のひらを押しつけた。ゆっくりと表面の白身が溶けはじめる。
「なにをするつもりだ……」
ハンプティ・ダンプティが苦悶の叫び声をあげるが、セイは涼しい顔で言った。
「『そんな先のことはわからない』」
セイが一気にハンプティ・ダンプティのからだの奥まで、手のひらを押し込んだ。ハンプティダンプティはぎゃっと声をあげたかと思うと、そのまま絶命した。そのからだには、セイの手のひらの形に穴が空いて、そこからどろりとした黄身が流れ出していた。
セイは手についた『黄身』を振り払いながら言った。
「なんだよ。『ハード・ボイルド《固ゆで卵》』じゃないじゃん」
アリスはルイスに抱き上げられたまま、森をじっと見ていた。やがて、とても寂しそうな顔でつぶやいた。
「ドジソンさん。お友達、いなくなったから、もうお話が書けないのね」
ドジソンは汚れた顔でにっこり笑った。
「アリス、心配しなくてもいいよ。キミの友達がいなくてもお話は書けるから」
「本当?。今度はどんな話?」
「今度はアリスが『鏡の国』にいく話しなんだ」
アリスの顔が期待いっぱいに華やいだ。
「ドジソンさん、今度それ聞かせて」
「あぁ、もちろん。もちろんだよ」
アリスがふとなにかに気づいて、あたりを見渡した。
「ねぇ、エドガーさんは?」
「エドガーって?」
「エドガー・ウェストヒルおじさんよ」
「アリス。そんな人はいないよ。そんな人は存在しないんだ」
「エドガー・ウェストヒルは使われなかったボクのもう一つのペンネームだもの」
「アリス!」
アリスが森の方から呼ぶ声にふりむくと、チョッキ姿にもどったセイが木の枝の上に座って笑っていた。
「セイ!」
アリスが声をかけたが、セイのからだはすうーっと消えはじめ、最後ににやにや笑いだけが残った。
が、やがて全部消えてしまった。
「ほうら、セイ、あなた、やっぱり猫だったのね……」
「だって、とびっきりすてきな人(the cat's whiskers)だったもの」
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■参考文献
不思議の国のアリス 著 ルイス・キャロル
数の国のルイス・キャロル 著 ロビン・ウィルソン
■参照ホームページ
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ルイス・キャロル
アリス・リデル
ヴィクトリア (イギリス女王)
ジョン・ブラウン (使用人)
P・T・バーナム
イングランドの笑う猫
http://agrinningcheshirecat.blogspot.com/2008/01/grin-like-cheshire-cat-grin-like.html
キャロルさんの皮肉炸裂☆「不思議の国のアリス」が狂いまくってるワケ
https://matome.naver.jp/odai/2143018694192400801?&page=1
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