ぼくらは前世の記憶にダイブして、世界の歴史を書き換える 〜サイコ・ダイバーズ 〜

多比良栄一

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ダイブ2 不気味の国のアリスの巻 〜 ルイス・キャロル 編〜

第5話 ハンプティ・ダンプティ、アリスはどこだ!

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 セイは日陰になった森の、ひときわ大きな木のたもとにある立ち木の裏に座り込んでいた。アリスとおなじエプロンドレスを着せられ、カツラをつけて女装をしている。
 セイはさきほどまでのエドガーとの会話を思い出していた。

『この森の暗さなら大丈夫。遠目にはわからないよ』
『立ったらバレますよ』
『大丈夫だ。いまのきみはアリスの背丈とあまり変わらない』
『でも、しゃべったらばれるよ』
『そうかい。背丈にあわせてずいぶんかわいい声になってるけどね』
『そんなわけ……』
 少女のような声色になっているのに気づいて、セイは思わず口元をおさえた。
『セイ。きみはここでアリスとして、チャールズの告白を受けて欲しい。告白されたら恥ずかしそうに首を横にふって駆け出せばいい。それで彼はすべて納得するはずだ」
『でも、エドガーさん。納得しなかったら……』
『すぐにぼくが出ていって彼を説得する……』
『やっぱ、無理です。だまし通せる自信なんて全然ない!』
 セイはエドガーに猛烈な剣幕で噛みついた。
 するとエドガーの顔の上に、宿主となった青年の顔がふっと浮かんだ。
『セイ、頼むよ。きみはぼくを救いに来たんだろ。そのためにはこのエドガーの『心残り』をはらさないといけない」
『だからと言って、こんな無策な作戦……。第一にぼくが恥ずかしい!』
『頼むよ、エドガーの『心残り』を組んでやってくれよ』
 セイは顔を赤らめたまま、腕を組んでぶすっと黙り込んだ。

 
 小枝がパチンと折れる音がして、セイは追想からひきもどされた。見あげると、ドジソンの影が木漏れ日に浮かび上がった。
「アー、アリスかい」
 セイはとりあえず、こくりと頷くことにした。
「さっきは楽しかったね」
「うん」
 ドジソンはセイの近くまで来ると、背中をむけて芝生のうえに座り込んだ。
「今度、しー、しー、写真をまた、とー、撮らせてくれないかい」
 セイは一瞬、頭にさきほどのヌード写真が浮かんで、反吐がでそうになったが、「うん」とだけ返した。
「さっき、エー、エドガーに言われてね。ぼー、ぼくの気持ちを、アリスにつー、伝えたほうがいいって……」
「うん」
「ぼー、ぼくは、アリス。きー、きみのこと……」

 そのとき、森の奥から少女の悲鳴が聞こえた。
 ドジソンの動きは速かった。バネでもはいっているように起き上がると、耳をそばだてた。ドジソンがアリスの姉と妹の名前を呟いた。
「あの悲鳴は……、ロリーナ?、イーディス?」
 森の奥からエドガーが叫ぶ声が聞こえた。
「チャールズ、大変だ。早くきてくれ!!」
 ドジソンはアリスに扮したセイのほうを一瞥して「ごめん、アリス。いかなきゃ」としっかりとした口ぶりで伝えると、一気に駆け出した。
 セイはその姿を見送ると、からだについた芝生の葉を叩きながら立ちあがった。ティアラをはずして放り投げると、ドジソンを追って駆けだそうとした。
 すると、その横を卵の形をした人間大の化け物が二体、横を飛び跳ねるように通り抜けていった。
 セイは、肩をくんで走っていく二人組を怒鳴りつけた。
「ハンプティ・ダンプティ、アリスはどこだ!」
 これ以上ない怒声を浴びせたつもりだったが、咽からでてきたのは、かわいらしいコロコロとした声だった。

「アリス……」
 片方が高い声で名前を反芻すると、もう一方が低い声でおなじように名前を反芻した。
「まったく意味のない名前だ」
「意味など関係ない。おまえらの仲間がなにをしたか聞いている」
「きみの名前はなんという?」と低い声の男。
「セイ。ユメミ・セイ」
「YOU・MAY・ME・SAY?」と高い声の男。
「私になにを言ってもかまいません……かね」
「文法が間違っておる。まったく汚《きたな》らしい名前だ」
「名前というのは体と一致するものじゃなくてはならんのだよ。我々のようにハンプティ・ダンプティ、つまり『ずんぐりむっくり』みたいにな」
「名前と体にずれがあるのは間抜けだ。文法が間違えているのは特にね」
 甲高い声と腹に響く低い声のアンサンブルに、さきほどからいらつきが収まらなった。セイがぎゅっとこぶしを握りしめると『心残り《リグレット》』の力がこぶしに宿り、光の粒子に包まれた。
「ははぁ、それともキミはよくおしゃべり(SAY)するのかね」
 低い声の男が言った。セイはにっこりと笑った。
「逆だよ。しゃべるより先に手が出るのさ」
 と言って、卵の兄弟に渾身のパンチをぶち込んだ。力を得た一撃にハンプティ・ダンプティ兄弟はおどろくほど簡単にふっとぶと、岩にぶつかってベッチャリと潰れた。 
 中からとろりと黄身が流れ出る。

「は、生半可なことを言うわけだ」
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