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ダイブ1 化天の夢幻の巻 〜 織田信長編 〜
第30話 ボクたちは『サイコ・ダイバーズ』〜信長編 完結〜
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夕日が傾きはじめた美術室で、ウィーン美術アカデミー教授のクリスチャン・グリーペンケァルは、生徒たちの絵を採点していた。先の大戦で疲弊したこのドイツでは、国民にのしかかる膨大な賠償金のせいで、だれもかれもが将来に不安を覚えながら暮らしている。
グリーペンケァルもそのひとりだったが、彼には没頭できる『美術』という仕事が残されていた。それはこれ以上ないほどの幸せだった。
彼はある生徒が描いた絵をしみじみと眺めながら、ふうlっと息を吐きだした。
この生徒は天才だ。
彼には確信があった。
かれは間違いなく歴史に名を刻むであろう——。
このような生徒に巡り合うことができた僥倖を神に感謝しないわけにはいかない。この生徒の今後生み出す作品を想像しただけで、期待に胸が膨らむ。
「クリスチャン・グリーペンケァル教授ですよね」
ふいに教室の入り口から声をかけられて、グリーペンケァルはすこし驚いた。今日は午前中だけだったので、残っている生徒がいるとは思ってもみなかった。
グリーペンケァルが目を向けると、そこに軍服のような服を着た少年と、数世紀前のフランス風の服の幼女、そして修道僧のような格好をした少女が立っていた。
「君らはなにものだね」
「ぼくはセイ。そしてこちらはマリアとエヴァ。未来から来た者です」
「未来から?。なにを言って……」
セイが懐から銃を引き抜いて目の前に突き出した。グリーペンケァルは言葉をうしなった。
「な、なにをする」
「おいおい、見てわからねぇのか?。お手玉してるようには見えるか」とマリアが言う。
「わたしがなにをした」
「グリーペンケァル教授、あなたは有望な美術学生を二度も落第させましたわ」
エヴァがわかりやすく補足説明をした。
「バカな。そんなことで逆恨みされては……」
「逆恨みじゃないですよ、グリーペンケァル教授。あなたがおかした罪です」
セイはグリーペンケァルの目を見据えて言った。
「な、なんの罪だと?」
「なんの罪?。口にするのもはばかれるな。全人類に対する罪だよ」
マリアはグリーペンケァルを軽蔑するような目つきでみあげて言った。
「全人類……だとぉ。わたしはただの美術教授だ。優秀な学生を育てるのが仕事で、そんな大それたことできるわけが……」
そこまで言って、ふと、自分の脇に立て掛けられている学生たちの絵に目をとめると、セイたちにむかって手を突き出して『待った』の合図を送った。
「ちょっと、これを見てくれ」
教授がさきほどまで見ていた絵を指さして言った。
「これは、わたしの教え子の『エゴン・シーレ』君の絵だ。彼は天才だ。絵の歴史に確実な遺産を残す人物だよ。わたしがやっているのは、こういうすぐれた才能を見つけ出して、世に送りだすことなんだ」
セイは残念そうに横に首をふった。
「残念ですが、あのときの選択を間違えていたという『未練』を持った人からの依頼なんです」
「だ、誰なんだ。それは?」
「グリーペンケァル教授、あなた自身ですよ」
「な、なにぃ!!」
「あなたは晩年、この事をずっと悔いていられたんだと思いますよ」
「まぁ、オレがあんたの立場でも、かなり落ち込むと思うから、仕方がないだろうな」
今度はマリアが同情のこもった目つきをグリーペンケァルにむけた。
セイは銃の安全装置をカチリと外して、教授の眉間に銃口をつけた。
「グリーペンケァル教授、トラウマを浄化します」
「ま、待ってくれ……」
グリーペンケァルの額から汗が噴きだす。
「往生際がわりぃな。おまえがその美術学生を二度も落第させなければ、世界規模の悲劇は起きなかったって言われてるんだよ」
「だ、誰なんだ。その学生は?」
「ヒトラー……、アドルフ・ヒトラー」
セイのあげた名前にグリーペンケァルは戸惑った。すぐには思い出せない名前だった。「アドルフ・ヒトラー……。ヒトラー……」
彼は天井をみあげてその名前を反芻して必死で記憶をたどった。ふいにその男の痩せこけてすこし病的な顔立ちを思い出した。
「あ、あぁ、思い出した。あの絵の下手な男か!」
「ヤ、ヤツがなにをするというのだ。彼は人物デッサンすらまともにできない。あんなヤツが……なにを……」
「教授は知らないほままのほうがよいですわ。でも、あなたが彼を合格させていれば、歴史は確実に変わってましたわよ」
エヴァがやさしい口調で、最後通告をつきつけた。
「そ、そんな……」
「残念だがな……」とマリアも沈痛な表情を装ってみせる。
「き、きみたちはなにものなんだ」
グリーペンケァルは執拗なまでに食らいついた。セイは手にした小型セミオートマチック拳銃『ワルサーPPK』のトリガーを引き絞りながら言った。
「ボクたちは『サイコ・ダイバーズ』——
「前世の歴史を改変する者……」
グリーペンケァルもそのひとりだったが、彼には没頭できる『美術』という仕事が残されていた。それはこれ以上ないほどの幸せだった。
彼はある生徒が描いた絵をしみじみと眺めながら、ふうlっと息を吐きだした。
この生徒は天才だ。
彼には確信があった。
かれは間違いなく歴史に名を刻むであろう——。
このような生徒に巡り合うことができた僥倖を神に感謝しないわけにはいかない。この生徒の今後生み出す作品を想像しただけで、期待に胸が膨らむ。
「クリスチャン・グリーペンケァル教授ですよね」
ふいに教室の入り口から声をかけられて、グリーペンケァルはすこし驚いた。今日は午前中だけだったので、残っている生徒がいるとは思ってもみなかった。
グリーペンケァルが目を向けると、そこに軍服のような服を着た少年と、数世紀前のフランス風の服の幼女、そして修道僧のような格好をした少女が立っていた。
「君らはなにものだね」
「ぼくはセイ。そしてこちらはマリアとエヴァ。未来から来た者です」
「未来から?。なにを言って……」
セイが懐から銃を引き抜いて目の前に突き出した。グリーペンケァルは言葉をうしなった。
「な、なにをする」
「おいおい、見てわからねぇのか?。お手玉してるようには見えるか」とマリアが言う。
「わたしがなにをした」
「グリーペンケァル教授、あなたは有望な美術学生を二度も落第させましたわ」
エヴァがわかりやすく補足説明をした。
「バカな。そんなことで逆恨みされては……」
「逆恨みじゃないですよ、グリーペンケァル教授。あなたがおかした罪です」
セイはグリーペンケァルの目を見据えて言った。
「な、なんの罪だと?」
「なんの罪?。口にするのもはばかれるな。全人類に対する罪だよ」
マリアはグリーペンケァルを軽蔑するような目つきでみあげて言った。
「全人類……だとぉ。わたしはただの美術教授だ。優秀な学生を育てるのが仕事で、そんな大それたことできるわけが……」
そこまで言って、ふと、自分の脇に立て掛けられている学生たちの絵に目をとめると、セイたちにむかって手を突き出して『待った』の合図を送った。
「ちょっと、これを見てくれ」
教授がさきほどまで見ていた絵を指さして言った。
「これは、わたしの教え子の『エゴン・シーレ』君の絵だ。彼は天才だ。絵の歴史に確実な遺産を残す人物だよ。わたしがやっているのは、こういうすぐれた才能を見つけ出して、世に送りだすことなんだ」
セイは残念そうに横に首をふった。
「残念ですが、あのときの選択を間違えていたという『未練』を持った人からの依頼なんです」
「だ、誰なんだ。それは?」
「グリーペンケァル教授、あなた自身ですよ」
「な、なにぃ!!」
「あなたは晩年、この事をずっと悔いていられたんだと思いますよ」
「まぁ、オレがあんたの立場でも、かなり落ち込むと思うから、仕方がないだろうな」
今度はマリアが同情のこもった目つきをグリーペンケァルにむけた。
セイは銃の安全装置をカチリと外して、教授の眉間に銃口をつけた。
「グリーペンケァル教授、トラウマを浄化します」
「ま、待ってくれ……」
グリーペンケァルの額から汗が噴きだす。
「往生際がわりぃな。おまえがその美術学生を二度も落第させなければ、世界規模の悲劇は起きなかったって言われてるんだよ」
「だ、誰なんだ。その学生は?」
「ヒトラー……、アドルフ・ヒトラー」
セイのあげた名前にグリーペンケァルは戸惑った。すぐには思い出せない名前だった。「アドルフ・ヒトラー……。ヒトラー……」
彼は天井をみあげてその名前を反芻して必死で記憶をたどった。ふいにその男の痩せこけてすこし病的な顔立ちを思い出した。
「あ、あぁ、思い出した。あの絵の下手な男か!」
「ヤ、ヤツがなにをするというのだ。彼は人物デッサンすらまともにできない。あんなヤツが……なにを……」
「教授は知らないほままのほうがよいですわ。でも、あなたが彼を合格させていれば、歴史は確実に変わってましたわよ」
エヴァがやさしい口調で、最後通告をつきつけた。
「そ、そんな……」
「残念だがな……」とマリアも沈痛な表情を装ってみせる。
「き、きみたちはなにものなんだ」
グリーペンケァルは執拗なまでに食らいついた。セイは手にした小型セミオートマチック拳銃『ワルサーPPK』のトリガーを引き絞りながら言った。
「ボクたちは『サイコ・ダイバーズ』——
「前世の歴史を改変する者……」
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