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ダイブ1 化天の夢幻の巻 〜 織田信長編 〜
第1話 ここは紀元前の臭いがする
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「紀元前の臭いがする——」
夢見聖は鼻からおおきく息を吸い込んでから言った。
高台から見る街は『古代コンクリート』で建てられた平屋の民家が、碁盤目上に整然と並んでいた。そのところどころに太い円柱の柱で構成された大型の施設。市街地の中央には、アーチ橋で作られた『ローマ水道』が、市街地を睥睨するほどの高さで通り抜けている。
広場とも思えるほど広い通りには、露店があふれており、トーガを身に付けた人々が多数行きかっていた。
「夢見聖、残念。はずれだ」
セイのうしろから、ゴスロリ風のドレスを着た幼女が嫌みな口調で言った。
彼女の名前は、マリア・トラップ。
セイとおなじ高校生だったが、どう見ても小学生にしか見えない容姿をしている。
マリアはひと差し指を突き立て、風力を計るようなしぐさをすると、その指をぺろりとひとなめした。
「ここの風は『虐殺』の味がする。たぶん三世紀。ディオクレティアヌス帝の時代だろう」
「そうですね。わたくしには『嘆き』の色が見えますわ。また『外れ』の時代に来てしまったようですわね」
そう言って、マリアを加勢してきたのは、エヴァ・ガードナーだった。
くるくる巻いた金髪の、お嬢様風の顔立ちをした美人で、とても肉感的な身体の持ち主だったが、いまは修道士を思わせる、マントケープ・ローブガウンをまとっていて、魅力のほとんどを帳消しにしてしまっている。
とはいえ、そのローブガウンはパステルカラーで彩られ、ところどころに艶やかな蝶柄があしらわれていた。女子力が全面にでしゃばりすぎて、本来あるべき荘重さなどは微塵も感じさせない。
「セイ、おまえと潜ると、いつもこういう胸くそ悪い歴史ばかりに行き当たるな」
マリアがさらに煽るように嫌みを重ねる。
「マリア、エヴァ。だからついて来るなって言ったのに……。
だいたい、ふたりともそのカッコはなんだい。『潜る時代』にすこしは合わせて……」
「あら、詰め襟の学生服をお召しのセイさんには、言われたくありませんわ」
セイが言い終わらないうちから、エヴァが文句をつけてきた。
「このクソ皇帝の時代に、服装なんぞ、どうでもいい!」
「マリアさん、おことば過ぎますわ。ディオクレティアヌス帝は、軍人皇帝時代を収拾させて、帝国を建て直した名皇帝でもありま……」
「エヴァ、なにが名皇帝だ。何千人ものキリスト教徒を殺害した『うんこ野郎』だぞ」
「まぁ、マリアさん、はしたないですわ」
マリアの不埒なことばにエヴァがぷいと顔をそむけた。
マリアは幼女のような容姿ではあったが、ひとたび口を開くと、薹が立った狸婆のように、口さがなかった。セイはマリアの口から、皮肉か、悪態か、誹謗以外、あまり聞いたことがなかった。
セイはため息を一度ついてから声を張りあげた。
「マリア、エヴァ。言い争いはあとにして。早くドナルド・カードさんを探そう」
セイは豪華なトーガでめかし込んだ人々が、ぞろぞろとどこかにむかっているのを、ふたりに指さしてみせた。
「なにかイベントがあるのかしら?」
エヴァがわくわくした表情で、セイの指さすほうに目をむけた。
そこにコロッセオがあった。
古代ローマ人にとっての娯楽と社交の場所として、隅々まで整備が行き届き、威風堂々とした外観をした闘技場。遺跡でみるコロッセオとはあきらかに違う、現在進行形で人々を魅了している建物ならではの、息遣いのようなものがそこに感じられた。
かなたから人々のざわめくような声が聞こえてきた。
それは誰かを誹謗中傷する嘲り声だった。その雑言に混って、ゴロゴロと地を這うような耳ざわりな音が聞こえてきたかと思うと、大通りに馬車が現れた。
騎兵に先導されながら馬車が、ゆっくりコロッセオに向かっていく。馬車のまわりには武器をもった数人の兵士たち。その周りを遠巻きにしながら、心ないことばを浴びせかける民衆がついて回っている。
しかもその数は馬車が進むにつれ、見る見る増え始めていた。
その馬車の荷台の上には牢が設えられていた。
「セイ、あれか?」
「たぶん。あの牢屋のなかにカードさんの前世の人物がいるみたいだ」
「では急ぎましょう。カードさんの救助にはずいぶんお金をいただいておりますので」
「セイさん、マリアさん。多額の着手金をいただいておりますので……」
「エヴァ、わかってるよ。かならず助けるさ」
「は、相変わらず、貴様はお金のことばかりだな」
「あら、マリアさん、この任務で一番大切なものは『お金』でしょ」
「馬鹿言うな。神への『信心』があってこその任務だろうがぁ」
そう反論されて、エヴァがため息まじりに言った。
「セイさんは、私とマリアさんのどちらが正しいとお思いですか?」
セイはふたりのほうをふりむいて、にっこりと笑って言った。
「どっちでもない。一番肝心なものは『あきらめ』だよ……」
「こんな『力』を授けられちゃったんだもの……、あきらめるしかないだろ……」
「これがぼくの『使命』なんだって」
夢見聖は鼻からおおきく息を吸い込んでから言った。
高台から見る街は『古代コンクリート』で建てられた平屋の民家が、碁盤目上に整然と並んでいた。そのところどころに太い円柱の柱で構成された大型の施設。市街地の中央には、アーチ橋で作られた『ローマ水道』が、市街地を睥睨するほどの高さで通り抜けている。
広場とも思えるほど広い通りには、露店があふれており、トーガを身に付けた人々が多数行きかっていた。
「夢見聖、残念。はずれだ」
セイのうしろから、ゴスロリ風のドレスを着た幼女が嫌みな口調で言った。
彼女の名前は、マリア・トラップ。
セイとおなじ高校生だったが、どう見ても小学生にしか見えない容姿をしている。
マリアはひと差し指を突き立て、風力を計るようなしぐさをすると、その指をぺろりとひとなめした。
「ここの風は『虐殺』の味がする。たぶん三世紀。ディオクレティアヌス帝の時代だろう」
「そうですね。わたくしには『嘆き』の色が見えますわ。また『外れ』の時代に来てしまったようですわね」
そう言って、マリアを加勢してきたのは、エヴァ・ガードナーだった。
くるくる巻いた金髪の、お嬢様風の顔立ちをした美人で、とても肉感的な身体の持ち主だったが、いまは修道士を思わせる、マントケープ・ローブガウンをまとっていて、魅力のほとんどを帳消しにしてしまっている。
とはいえ、そのローブガウンはパステルカラーで彩られ、ところどころに艶やかな蝶柄があしらわれていた。女子力が全面にでしゃばりすぎて、本来あるべき荘重さなどは微塵も感じさせない。
「セイ、おまえと潜ると、いつもこういう胸くそ悪い歴史ばかりに行き当たるな」
マリアがさらに煽るように嫌みを重ねる。
「マリア、エヴァ。だからついて来るなって言ったのに……。
だいたい、ふたりともそのカッコはなんだい。『潜る時代』にすこしは合わせて……」
「あら、詰め襟の学生服をお召しのセイさんには、言われたくありませんわ」
セイが言い終わらないうちから、エヴァが文句をつけてきた。
「このクソ皇帝の時代に、服装なんぞ、どうでもいい!」
「マリアさん、おことば過ぎますわ。ディオクレティアヌス帝は、軍人皇帝時代を収拾させて、帝国を建て直した名皇帝でもありま……」
「エヴァ、なにが名皇帝だ。何千人ものキリスト教徒を殺害した『うんこ野郎』だぞ」
「まぁ、マリアさん、はしたないですわ」
マリアの不埒なことばにエヴァがぷいと顔をそむけた。
マリアは幼女のような容姿ではあったが、ひとたび口を開くと、薹が立った狸婆のように、口さがなかった。セイはマリアの口から、皮肉か、悪態か、誹謗以外、あまり聞いたことがなかった。
セイはため息を一度ついてから声を張りあげた。
「マリア、エヴァ。言い争いはあとにして。早くドナルド・カードさんを探そう」
セイは豪華なトーガでめかし込んだ人々が、ぞろぞろとどこかにむかっているのを、ふたりに指さしてみせた。
「なにかイベントがあるのかしら?」
エヴァがわくわくした表情で、セイの指さすほうに目をむけた。
そこにコロッセオがあった。
古代ローマ人にとっての娯楽と社交の場所として、隅々まで整備が行き届き、威風堂々とした外観をした闘技場。遺跡でみるコロッセオとはあきらかに違う、現在進行形で人々を魅了している建物ならではの、息遣いのようなものがそこに感じられた。
かなたから人々のざわめくような声が聞こえてきた。
それは誰かを誹謗中傷する嘲り声だった。その雑言に混って、ゴロゴロと地を這うような耳ざわりな音が聞こえてきたかと思うと、大通りに馬車が現れた。
騎兵に先導されながら馬車が、ゆっくりコロッセオに向かっていく。馬車のまわりには武器をもった数人の兵士たち。その周りを遠巻きにしながら、心ないことばを浴びせかける民衆がついて回っている。
しかもその数は馬車が進むにつれ、見る見る増え始めていた。
その馬車の荷台の上には牢が設えられていた。
「セイ、あれか?」
「たぶん。あの牢屋のなかにカードさんの前世の人物がいるみたいだ」
「では急ぎましょう。カードさんの救助にはずいぶんお金をいただいておりますので」
「セイさん、マリアさん。多額の着手金をいただいておりますので……」
「エヴァ、わかってるよ。かならず助けるさ」
「は、相変わらず、貴様はお金のことばかりだな」
「あら、マリアさん、この任務で一番大切なものは『お金』でしょ」
「馬鹿言うな。神への『信心』があってこその任務だろうがぁ」
そう反論されて、エヴァがため息まじりに言った。
「セイさんは、私とマリアさんのどちらが正しいとお思いですか?」
セイはふたりのほうをふりむいて、にっこりと笑って言った。
「どっちでもない。一番肝心なものは『あきらめ』だよ……」
「こんな『力』を授けられちゃったんだもの……、あきらめるしかないだろ……」
「これがぼくの『使命』なんだって」
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