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第三章 第七節 さよならアイ

第805話 なぜ自分がそんな誘いにのったのか

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 なぜ自分がそんな誘いにのったのか——

 いまとなっては思い出せない。
 みなが言うように、アトンの件で功を焦っていたのかもしれないし、亜獣のことを知りたいという探求心へ、巧みにつけこまれたのかもしれない。
 それとも、ただ単純になにか『力』が欲しいと思ったのか——

 だが、そのあとの自分の行動を、自分でも覚えていなかった。魔法使いとして動き出すときは、意識もからだも乗っ取られてたのだろう。記憶の欠落に不安を覚えた瞬間は数度あったが、疲れているのだろう、と思い込むことでごまかしていた。

 自分はいったい何人を『魔法少女』に仕立て上げていたのだろう——?

 そんな恐怖とも自責とも思えない気持ちが、一瞬、頭をよぎった。

 ほんの一瞬だった。

 はやく逃げなければ——

 エドの呵責の念を打ち消すように、だれか別の思念が逃走をうながした。
 エドはもういちど、自分の顔を映し出しているカメラを見つめた。
 
 悪意そのものが具現化した顔……もうエド、と呼ばれるには値しない姿。

 逃げねば——

 だが、どうすればいい……
 ここからシミュレーション・エリアまでは、走って逃げるにはあまりに遠すぎる。

 カメラのなかの自分の顔がいびつに歪むのが見えた。悪意というのを超えた、狂気ともいえる笑いを浮かべている。

 簡単な話ではないか。

 エドは自分がそう考えているのに気づいた。思考を吹き込まれているわけでも、操られているわけでもない。
 みずからの頭でそう考えていた。

 ビリビリという布を切り裂く音が背後で聞こえた、と同時に、頭上から影がさした。
 それは背中から生えた羽根だった。

 飛べばいいことだ——

 エドは背中の羽根を羽ばたかせた。ビーンという高周波の音がする。

 ああ、ぼくは能力者なのだ。
 人類が得ることができない能力を、ぼくは手にすることができたのだ。

 エドの足が地面から離れると、そのまま滑るように通路のなかを羽ばたいた。

 エドはふと自分が亜獣という存在に惹かれ、それに没頭するようになったのは、もしかしたら、自分が亜獣のような力あるものに、なりたかったからかもしれない、と思った。

 でもいまさらどうでもよかった。


 亜獣エドは自分で思考するのをやめた——


------------------------------------------------------------

「シミュレーション・エリアにむけて飛んでいるだとぉ!」
 草薙はつい声を荒げていた。
 編隊を組んで飛んでいる部下たちが、エア・バイク上から一斉にこちらに目をむけたのがわかった。

 自分らしくない——
 それはわかっている。だがカツライ・ミサト司令官から、ありったけの叱責を喰らったばかりなのだ。それにエドの攻撃を受けて怪我を負い、こちらも万全とはいいがたい状況だ。
 腹立たしさと痛みもあいまって、声を荒げてしまうのも仕方がないはずだ。
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