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第三章 第五節 エンマアイの記憶

第670話 ユウキにとっておおきな試練の時だった

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 ユウキにとっても今先ほどの出来事はおおきな試練の時だった。

 ヤマト・タケルとエンマ・アイの秘め事を見せつけられことは、おそろしく興味深くはあったが、ユウキはそれに心を奪われている余裕がなかった。

 アスカくんとクララくんが正気をうしなうかもしれない——。

 それは当然予測される事態だった。その最悪の事態への対処をどうするか、それがユウキを悩ませた。

 アスカとクララのふたりが受けた衝撃は、こちらでは伺い知れないほどのものだ。それはよくわかる。おそらく彼女たちは目まぐるしく入れ替える自分の感情に翻弄されて、自己をうしないそうになっているはずだ。
 それをどう見極めて、暴走をどうやってとめるか——。
 
 ユウキは様々なシミュレーションを頭に描き続けた。ベストの解決方法はないと最初から腹は括っていた。だがベターな解決方法も、それなりにリスクが高く、どれをとっても選択をためらうものばかりだった。
 なので、アスカがクララと協力して自分の感情を制御しきったのを見て、こころから胸を撫で下ろす思いだった。
 シートにからだをおおきく沈み込むほどに脱力する。

「はん、ユウキ、あんた、なに脱力してンのよ。あとすこしで亜獣の射程圏内よ!」

「言ってくれるね。これでも精いっぱい心配していたのだがね」
「なによ。あたしがセラ・ヴィーナスこの子に取り込まれるとでも?」
「あぁ、そうだ。もしそうなれば止めなければならないのは、わたしだからね」
「ふん。あたしはクララほど危なっかしくないわよ」
「クララくんはレイくんがついている。なにひとつ心配はないさ」
「まぁ……、それは同意する。レイならどんなにエゲつない手をつかってでも、クララの暴走は許さないでしょうね。でもあんたはどう?。どうやってとめるつもりだったのよ?」
 アスカの口調がふいに挑戦的な色を帯びていた。ユウキはことばを選んだ。
「あぁ、いくつもの手段を考えた。あの映像を見たきみらが、熱病に浮かされている合間にね」
「は、皮肉はいいわ。で、どうするつもりだったの!」
「セラ・ヴィーナスに飛びかかって、諸共地面に落ちるつもりでいた」
「ただじゃ済まない選択ね。でも間違えてるって否定もできないわ」
 ユウキはアスカがいやにこちらを肯定してきているのに、なにか居心地のわるさを感じていた。アスカ相手ではいままであまりない経験だった。

 アスカが続けて言ってきた。

「で、ユウキ、その冴えてるあんたの脳を、ちょっと借りたいンだけどいい?」
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