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第三章 第五節 エンマアイの記憶

第660話 あの場所に最大の恋敵の脳が埋まっている

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 あの場所に最大の恋敵の脳が埋まっているとわかっても、アスカの心は複雑だった。

 あの脳に直接手を下せることは、もちろん僥倖ぎょうこうなのはまちがいない。だがこれでヤマトの未練を斷ち切れる、という心が踊る思いと同時に、手をくだしたことでヤマトに嫌われるのではないかという不安にも襲われる。
 それだけではない。
 自分自身に対しても両価的なアンビバレントな命題をつきつけられている。

 この任務を実行するのは、あくまでも与えられた任務を遂行する優秀な『パイロット』としてなのか、次世代のパイロットを産むというもうひとつの任務のための障害を排除する『女』としてなのか……。

 どっちにしてもあの女の脳をほふることになるが、その心の在り処は自己の肯定のためにおおきな意味を持つ。なによりも自分に嘘をつかなくてすむ。

「アスカくん、こんな上まで昇ってどうするつもりかね」
 ユウキがたまりかねたように言ってきた。二機のデミリアンは天井まで届く『柱』のビルを昇っている最中だったが、ユウキのセラ・マーズはアスカの遥か上を先行していた。。
 アスカの迷っている時間は終わった。
「なぁによぉ、今さら。まずはああそこに近づかなきゃ、なにもできないでしょ。どうするかは昇ってから考えりゃいいわ。それにもうここ、ビルの中腹を過ぎてンのよ。意見があるなら、もっと早く言いなさいよね。まあ言っても聞かなかったけどね」
「ああ、だから言わなかったのだよ。だがレイくんたちの活躍を見せつけられれば、ここで自分たちはなにをしてるんだろう、という思いがついもたげてね」
 モニタ画面にはレイのセラ・サターンが躍動する姿が映っていた。あれよあれよという間に、手際よく二体の亜獣を倒していき、最後の一体と対峙しようとしている。
「さすが、レイくんだ」
「なあに、言ってんのよ、ユウキ。あれは亜獣の指先よ。苦戦するほうがおかしいわ」
「我々はその『おなじ』指先に苦戦しているのだが?」
「あんなに天井高いんだから仕方ないでしょ」
「いや、アスカくん。もし天井が低かったら、我々はいいようにやられているかもしれない。魔法少女に加えて、あの数の触手に襲われてはひとたまともない」
 ユウキは忌憚きたんのない正論をぶつけてきたが、アスカは引かなかった。 
 やっつける自信はあった。
「なぁに言ってンの。やっつけられたわよ、あたしならね。でもたぶん、バットーたちを巻き込んで、こっちもそれなりの損害を受けたと思う。亜獣本体ならまだしも、数本の指とは引きあわなかっただけよ」
 そう反論したところに、クララが見つけだしたもう一方の脳の映像がとびこんできた。
「嘘でしょ。あっちにも、あの女の脳があるの?」
「どうやらそのようだ。亜獣はリスクを分散させたのかもしれん。だとしたら実に頭がまわる」
 ユウキは冷静に分析をしたが、アスカにはそんなことどうでも良かった。
 気に入らない、という感情だけが先行した。
 自分だけが手に入れたはずの『切り札』をライバルのクララもおなじように手に入れたのだ。戦況を動かし、怨恨を晴らし、決着をつける。そんな切り札は二枚あっていいはずがない。
「ユウキ、急ぐわよ。先を越されるわけにはいか……」


【だけどあたしは人類を救いたい】


 ふいにアスカの頭に声が響いた。
「なに……?」
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