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第三章 第五節 エンマアイの記憶

第638話 こっちはこっちでできることに専念しよう

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 アスカは地上を移しているモニタに目をむけた。

 地上では型にはまったマニュアル通りの連携で、兵士たちが魔法少女をそつなく倒していた。司令本部のほうでおきている事態を知らされているかどうかは不明だったが、その攻撃の手順にはよどみがなく、魔法少女の反撃の糸口さえ与えず、粛々しゅくしゅくと処分していっていた。
 そしてその中心にいるのは、バットーだった。

 緋村抜刀ひむら・ばっとうという、これぞ日本人、しかもまさに『サムライ』というような本名をカミング・アウトされた時には驚いたが、その血筋に恥じないほど剣を自在に使いこなしているのには舌をまくしかなかった。

「あいかわらずエゲつない太刀筋だこと。どうやら地上の兵たちを心配する必要はなさそうね」
「あぁ、気にすんな」
 ふいにバットーから返事が戻ってきて、おもわずハッとした。
「こっちはこっちで、できることに専念しようじゃねぇか」
 その口ぶりですくなくともバットーは、司令部で起きている非常事態を知っていることはわかった。
「心配……じゃないの?」
「心配?。なに言ってやがる。草薙大佐がついているんだ。これ以上なにをのぞめばいい。まぁ、あいかわらず大佐の予感は、わるいほうにだけよく当たるのはどうかと思うがね」
「たしかにね。ありがと、バットー。じゃあ、天井にたむろってる魔法少女、のこらず叩き落としてやるから、あとの始末よろしくたのむわよ」
「あぁ、任せろ」

 アスカは天井付近の空間にむれている魔法少女たちを、もう一度見直した。すでに空間の切れ目は消え、あとからあとから供給される流れはとまっていたが、それでも天井の一部が色とりどりのパステルカラーで、花園のように見えるほどには数が集まっていた。
 188体——。
 計測器に具体的な数字がでている。やっかいな数だ——。
「ユウキ」
 アスカは天井付近でぐるぐると動き回っている、その花園から目を離さず言った。
「『1・2の3』の掛け声で仕掛けるわよ。『万布』のラケットで叩き落としたら、お互い反対のビルに入れ替わるように飛びつく。いいわね」
「了解した」
「こっちは魔法少女の『分解光線』対抗のために『移行領域』のベールは正面に集中させてる。もし落っこちても背中から落ちるようにすること。決して背面を狙わせない」
「了解している。だがこの高さでは、背中から落ちたら、ただでは済まない。そうだろ」
「まぁね。要は落ちるンじゃないわよ、ってこと」 
 そう言うとアスカは、セラ・ヴィーナスを魔法少女を狙える位置に移動させた。とたんにそれを認識した魔法少女たちの動きが慌ただしくなる。アスカは片腕を伸ばして、ビルの『でっぱり』をつかむと、すこしでも跳躍力を得られるよう、ビルの『へっ込み』につま先を押し込んだ。

 さぁいくわよ——。
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