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第三章 第五節 エンマアイの記憶

第633話 ま、いまも草薙大佐とやりあったばかりさ

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 だが、スピードをあげはじめてすぐに、正面からこちらに向かってくるエア・バイクをとらえた。トグサの逆鱗げきりんにふれて、追い返された兵士にまちがいなかった。イシカワはスピードをゆるめて、その兵士を待ち受けた。こちらが空中で静止したのにあわせて、むこうもすれ違う寸前のタイミングでバイクをとめた。
「災難だったな」
「大変申し訳ありません。イシカワ少佐にごめいわくをおかけすることになりまして……」
 あまり馴染みのない男だったが、その兵士からはじつに軍人らしい堅苦しさが感じられた。
「はははは……。気にするな。あっしもむかしから上司とはよくぶつかってきたからね。ま、いまも草薙大佐とやりあったばかりさ」
「そうなのですか。申し訳ございません」
「いいってことよ。草薙大佐とやりあったのは久しぶりでね。まぁ、腐れ縁っていうヤツかね。引退しようとしても、辞めさせてくれねぇんだわ。そろそろ、あっしはお役ごめんこうむりてぇんだがね」
 気さくにしゃべりかけたことで、イシカワに気を許すしたのだろうか、兵士が思いを力強い口調で吐露してきた。
「わたしはどうにも納得いってません。よかれと思って進言をしただけで……」
「わかってるって」
「なんの弁解も許してもらえなくて……」
「大丈夫だよ。トグロさんも虫の居所がわるかったんだろうて」
「虫の居所……。虫とはなんです?」
「あ、いや、まぁ、そうカリカリすんなって。運悪く虎の尾を踏んじまっただけなんだから」
「虎の尾……。虎……ってなんです?」
 イシカワは顔の前で手をふって、前言をとり消す仕草をした。この時代にはとっくに絶滅している『虫』や『動物』の比喩を持ち出したことがまちがいだった。
「いや、なんでもねぇ。まぁ、ごくろうだが、みんなンとこに戻って、あっしらが亜獣と魔法少女を連れて来るのを待っててくれや」
「了解いたしました。せいぜい『魔法少女』をやっつけて、怒りを解消するこにしますよ」
 緊張がほどけて憎まれ口を叩く兵士の肩を、イシカワは拳で軽くこづくと、そのまま彼がバイクを発進させるように促した。
 彼が入り口のほうへ戻っていくのを、リアカメラの映像を通して眺めながら、イシカワはひとりごちた。
「ん、まぁ、ヤツのいきどおるのもわかるよなぁ」

 その瞬間だった——。

 背後でドーンという爆発音のようなものが聞こえ、天井が崩れ落ちた。すぐ真下を通り抜けようとしていたあの兵士の上に、天井板や岩盤の欠片や土砂がふりかかる。 
 あぶないっつ!、とイシカワは叫びかけたが、彼は巧みなハンドルさばきで、その落下物のあいだをすりぬけた。
 が、なにか黒い物体が、壊れた天井の穴から飛びだしてきた。
 それがなにかはイシカワにはわからなかった。

 だが天井からでてきたそれは容赦なく彼に食らいついた。
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