上 下
632 / 1,035
第三章 第五節 エンマアイの記憶

第631話 なにがあっても彼の命を守ってください

しおりを挟む
「マンゲツに?。パイロット・ルームじゃなくて?」

「おそらくこの世でいちばん安全なのは、マンゲツのコックピットです。あそこなら魔法少女の『魔法』を無力化できるし、自分の手で魔法少女を打ち払うこともできる」
 ミライはちらりとミサトのほうをみた。ミサトは司令官の椅子に座ったまま、微動だにせずじっと一点を見つめていた。ときおり口が動いている。おそらく頭のなかに次から次へと送られてくる報告や指示依頼などをさばくのに往生しているのだろう。
 だが、こちらの独断で移動を許可して、あとで問題になるのは勘弁願いたい。
 ミライは気分が重たかったが、脳内通信システム『テレパス・ライン』を起動して、ミサトの頭のなかに最優先に『思考』をねじ込んだ。
『カツライ司令。ヤマト・タケルの移動許可をお願いします』
『そんなこと、あなたに一任するわよ』
 一悶着あるかと思っていただけに、すこし拍子抜けした。
『一任……ですか』
『どうせ、わたしの言うことなんかきかない草薙大佐の提案でしょ。選択肢がないンだから、こちらを煩らわせないで、そっちで決めてちょうだい。それでなくっても、こっちはてんてこ舞いなんだからぁ!』
 そう言うなり『テレパス・ライン』の回線が切れた。
 ミライはすぐに草薙に向き直ると、すこし向こうで退室の準備をしているヤマト・タケルに目をやってから言った。
「了解しました。魔法少女がこの基地に侵入してきた以上、ヤマト・タケルの命を守ることが最優先です」
 ミライはこれは自分が責任をもって、自分の権限で下す命令なのだと腹を括った。
「草薙大佐。司令室からセラ・ムーン号までの、ヤマト・タケル少尉の移動を許可します。なにがあっても彼の命を守ってください。失敗は許されません」
 分かり切ったことを、分かり切っている人物に命じる芝居がかった言い方に、自分でも辟易とする思いだったが、草薙は背筋をくっと伸ばして敬礼してきた。
「了解しました。タケルくんを命に代えても警護いたします」
 ミライもその敬礼に応えるように、姿勢をただした。

 草薙がくるりと踵を返してヤマトのほうへ向かっていくのを見送りながら、ミライはふと矛盾があることに気づいた。
「ちょっと待って。草薙大佐」
「なんでしょうか?」
「おかしなことがあります。この基地は『デミリアン』の結界に守られているはずですよね。だから今まで亜獣に襲われることはなかった。そうエドは言いました」
「えぇ、存じています。だからエドはデミリアンを全機出撃させて空にすれば、魔法少女をこの施設内に呼び込めるので、そこで迎え撃とうという無謀な作戦を立案しました」
「そうよ。でも今、この基地には『セラ・ムーン号』があるわ。なぜ魔法少女が侵入してこれたの?」
「侵入して?。侵入できるわけありません。マンゲツがいるのですから」
「は?」


「魔法少女は基地に侵入してきたのではありません。この基地内で産まれたのです」
しおりを挟む

処理中です...