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第三章 第三節 進撃の魔法少女

第539話 これが自分がこの世で最後に耳にする音

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「助けてぇぇぇぇ!」

 落下した瞬間、アイダ李子は空中で手を掻きながらそう叫んだ。しがみついていたドアから手を離すと、草薙とブライトの乗ったバイクから、ぐんぐん遠ざかっていっていることがわかった。
 李子は仰向けの状態で空を落下していきながら、草薙に脳内通信で何度も助けを念じた。だが、草薙からはなにも返事がなかった。それどころか、すでに点に見えている草薙のバイクは、その場にとどまりこそすれ、助けに向かおうとする様子もなかった。
 落ちるスピードとおなじ速さで、絶望が李子を押し包んでいく。
 びょぉぉぉ、という風切り音が耳をろうする。

 これが自分がこの世で最後に耳にする音——。

 それでも、あとどれだけの時間、この音にさいなまされていられるだろうか。
『李子さん!』
 突然、頭のなかに太い男性の声が響いた。聞き覚えがある声——。
『からだをもっと広げて、空気抵抗を!』
 その声はほんのすこし前まで、ブライトの瀟洒しょうしゃな食堂で聞いていた声だと思い出した。
『トグロ中佐!。どこです?、どこにいるんです!』 
『今、急接近しています。だからお願いです。手を大きく開いて!』
 杏子は言われるがまま手足を大きく伸ばすと、必死で上空にトグロの姿を探した

 お願い。姿をみせて——。
 
 李子の視線があちらこちらをさまよう。どんな目の端でもいいから、どんなに遠くであっもいいから、トグロ中佐の姿を一瞬でも捉えたい。
 李子の胸にそんな思いがあふれた。
 たとえ間に合わなかったとしても、自分を助けてくれようとしてくれた人がいて、そのひとの目の前で死んだのだ。そう思いたかった。
 その時、目の端に黒点のようなものが見えような気がした。
 そちらに意識を集中すると、その点はあっと言う間に点でなくなった。それは目を射るようなまばゆい逆光のむこうから、猛スピードでこちらに向かって飛んできているエア・バイクの形になった。
 李子の目が大きく見開かれた。
 トグロが右腕を精いっぱい横につき出しながら、こちらにむかって急降下してくる。李子はバイクがやってくる方向に手を伸ばした。あとは祈るしかなかった。

 お願い、届いて。お願い、届いて。お願い、届いて。お願い、届いて……。

 トグロのバイクがほぼ直上から、垂直になって突っ込んでくる。ヘルメットをかぶったトグロの姿が近づく。だが頭全体がおおわれていて、顔が見えない。

 不安がこみあげる。
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