上 下
326 / 1,035
第三章 第二節 魔法少女大戦

第325話 魔法少女の死体が見つからない?

しおりを挟む

「エド博士、春日博士、嗅覚センサーを切るか、防臭マスクをつけるかしてください」
 よほど顔色がわるくみえたのか、隊長がエドにむかって進言してきた。だが、それにたいしてのエクスキューズをしてみせたのは、春日リンだった。
「ありがとう、隊長。でもね、わたしたちは調査にきているから、あらゆる異変や徴候を読み取らないといけないの。『七感』をとぎすませてね」
 リンが最後に隊長のほうへウインクしてみせると、彼は片手をあげて了解の合図を送ってきた。

 エドはあらためてそこに広がる惨状を見回してみた。死体回収をしている隊員たちは、ざっと4、50人はいるだろうか。ロボットやアンドロイド、自分たちをおなじ『素体』で参加しているのを人員と数えると、ゆうに500人は超えるだろう。
 サーチャーと呼ばれるロボットが肉片を捜しだし、それを兵隊やアンドロイドたちが掘り起こしたり、はがしたりしたものを、『キッチン』と呼ばれる鑑識ロボットに検査してもらうという流れで作業が進められていた。
 ほかの場所でもおなじような作業にあたっている者たちがいると考えると、相当の人員が投入されていると言っていい。あらためてウルスラの権限の強さを感じる。
 それでもこの場所が一番人手が集約している場所なのは確かだ。『SOL740』の直撃と魔法少女の反撃、そしてレイの薙刀なぎなたでの攻撃、クララがムチをふるったのもここだ。そのうえ、このすこし先でイオージャが電撃攻撃を放ち、クララのジュピターとレイのサターンが街並みを破壊しながらそれを回避しようとした。
「ここだけで数十体の魔法少女が切り刻まれたはずだったが……」
 そのときの情景を思い浮かべながら、エドはひとりごとを呟いた。
「えぇ。そうね。レイが大暴れしてくれたからね。でもさっきから捜しているんだけど、魔法少女のあのコスチュームとかおかしなお面とか、全然見えないわね」
「かなり細かく切り刻まれた魔法少女もいたし、消滅した連中もいたから、わかりやすい形で見つからないだけじゃないですか?」
「まぁ、ぱっと見で見分けられるほど、人間と魔法少女に差はないものね」
 リンは心持ち苦笑いを交えながら言った。エドはそのあっけらかんとした態度に、ゾクッとした。あたりは血や肉片にまみれて、どす黒い赤みが点々としているし、腐乱臭が鼻腔を刺す状態なのだ。これほど凄惨な場所で、そんな反応ができることが怖かった。人間としての感情や感覚が鈍磨しているというレベルではない。
 まるで、ヤマト・タケルのようだ——。

 そのとき案内係の隊長が大声でだれかをどなりつける声が聞こえてきた。脳内の思考通信である『テレパス・ライン』かなにかで、部下から報告を受けているらしかった。
『いや、だからそんなことあるわけないだろう。そんな報告を鵜呑みにできるか!』
 リンがそのもめている様子を見ながら、エドのほうに顔をむけて言った。
「あんな大声だしたら、脳内通信の意味はないような気がするわね」
「あ、まぁ、そうですね。どんなに人間が進化しても、とっさの時はやっぱり声帯をふるわせてしまうものでしょう」
 そう適当に相槌をうったが、隊長はその後も『キッチンがそう言ってるって……、いや間違えているんじゃないのか』と追い討ちをかけるように通信先の相手にプレッシャーをかけている。その額にはびっしりと汗が浮かんでいて、顎髭を伝って落ちそうになっている。あの汗は暑さだけが原因だとは到底思えない。

 いつのまにか彼の顔には焦りの色が浮かんでいるように見える。
しおりを挟む

処理中です...