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第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦

第265話 それは『ドラゴンズ・ボール』の光だった

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 すぐにヤマトとクララはドラゴンの喉元側に乗り込んだ。続けてユウキもおなじ場所に腰をすえた。ドラゴンは陸側のステージの生き物なので、海側ステージの重力を受けている三人は、レイとは反対側のドラゴンの喉元に乗らなければ落っこちてしまう。
 アスカもレイとおなじようにドラゴンの頭に乗れば楽だったが、どうしても譲らずドラゴンの喉元近くにあるヒレに掴まって、浮遊し続けることになった。

 五人が無事に揃って、ヤマトはようやく自分をとりもどした気分だった。

 アスカやクララの手前、平静を装ってみせたが、彼の心中はおだやかとはいいがたい状態だった。いくつもの感情がないまぜになって、自分でもなにに動揺したのか、なぜ気分が重くなっているのかもわからなくなってしまっていた。

 ヤマトはまずドラゴンの頭の上に乗っているレイに声をかけた。
「レイ、大活躍だった。助かったよ」
「なにが?。わたしはゲームを楽しんだだけ。こっちこそ、こんなにゲームを紹介してくれて感謝したい」
 ヤマトはあいかわらずのレイらしい反応にすこしホッとした。ヤマトは隣に座り込んでいるユウキにも声をかけた。
「ユウキ、きみにも助けられた。艦をぶつけてくれなければ、総攻撃を浴びていたかもしれない」
「いや、レイには及ばない。それよりドラゴンでいきなり現れて、驚かしてしまったことを詫びるよ。なにせドラゴンの口のなかは臭くて、テレパシーを使っている余裕がなかった。申し訳ない」
「は、あんたが臭くなることより、こっちを優先してもらいたかったわ」
「まぁ、アスカさん。それでもユウキはよくやってくれましたわ」
「えー、そうよ。だから気にいらない。まぁ、ありがと、って言っておくわ」
 語尾にアスカらしいとげはあったが、それでも心の底から感謝のことばにユウキがとまどいを隠せないようだった。
「あぁ、アスカくん。お役に立ててこちらも光栄だ」
「ところで、タケル。本当に『ドラゴンズ・ボール』はあきらめるの?」
 レイがふいに最後通告めいたことばで割って入ってきた。
 あいかわらず空気を詠まない、不躾ぶしつけでストレートな質問。いや、詰問に聞こえる。
 ヤマトは一瞬だけ、ことばを飲み込んでから答えた。
「レイ、きみの言いたいことはわかる。五人揃ったからね。しかも今はこちらにはドラゴンもいる。だけどマナが圧倒的に不足している。ちょっとしたミスや不測の事態があったら、今度は本当に命に……というか精神にかかわる」
 ヤマトは塔の方を指さした。
「それに……、もう間に合わない」

 全員が塔のほうに目をむけた。
 塔に擬態した生物は、いつのまにか最初に見たときの塔に戻っていた。アスカの空けた穴は消えうせ、破壊されたはずの外階段もきれいに修復されていた。そして、一定間隔で小窓が空いて、そのところどころに引き戸型の扉も散見された。

 そして、その小窓から光が漏れていていた。

 光は塔の中央付近をゆっくり上へ上昇していた。透視魔法などを駆使しなくてもすぐにわかった。
 
 それは『ドラゴンズ・ボール』の光だった——。

「ドラゴンズ・ボールが引き揚げられてる!」
 クララがみんなの言いたいことを代表するように口にした。
「たぶん、あれを回収している兵隊だけならなんとかなる。だけどあの弩級戦艦が厄介だ。。塔にめり込んだま、まだ浮遊している。あれが、どれほどの戦力を残しているのか、まったく推測できない。残念ながら、今の状態で近づくのは危険だ」
「もー、だったら、陸のステージにもどったら、また電幽霊サイバー・ゴーストたちを倒して、マナを稼げばいいだけじゃないのぉ?」
 ヤマトのあまりにいさぎよい白旗に苛立ちを募らせたのだろうか、アスカが強く申し出た。
「あたしが魔法で一撃にしてやるわ。それをみんなに分配すれば再戦可能でしょうよ!」

「アスカにしては悪くないアイディア」
 レイがアスカをすこし揶揄やゆしながらも、でもしっかりと支持した。
「なによぉ、アスカにしてはっていうのはぁ」

 ヤマトはそのアイディアに異議を唱えようとしたが、その前に、ユウキがその役を買って出た。
「レイくん、アスカくん、残念だが、それはできないのだよ」
「どーいうことよぉ」
「今、もしあの陸のステージに戻っても、もう倒すべき敵がいない。もしマナを取得しようとすれば、『マインド・イン』しなおして、最初からやり直すしかない」
「嘘でしょ。ユウキさん。またあの気色のわるい電幽霊サイバー・ゴーストのところからやり直しなのですか?」
 それまで口をつぐんでいたクララが、妙にヒステリックな声をあげた。
「クララ、あんたがどのめんのこと言ってるのかわかんないけど、やるしかないでしょう」
 アスカがそう皮肉めいた指摘をすると、クララはたちまちしゅんとなって、また口を閉じた。

「つまりは、どうやっても、間に合わないということだ」

 ヤマトはすべての意見を総括したという口調で言い切ってみせた。どんな疑義を挟まれても、もう聞く耳は持たないという姿勢を語気にこめたつもりだった。

 正直、無理をすれば、奪回の方法はなくはない。少々リスキーであってもトライする価値のある作戦も頭に複数浮かんでいた。
 おそらくこの面子なら、成功する確率は低いほうではないだろう……。

 だが、ヤマトが、ヤマト自身が駄目だった。
 今の自分は、かなりの高確率でみんなを危険に晒す。その危険性を自分の肌で感じとっていた。
 さっきのなにげない一連のやりとりが、ヤマトの精神をかき乱していた。今、ふつうに話しているようで、思考の大半が別の次元をたゆたっている。
 いや、すでにもう、そんな生やさしいレベルではないかもしれない。ヤマトは今、自分の過去のトラウマに囚われている。早くこの世界から抜け出さなければ、精神の一部をもっていかれる。そんな危惧さえ感じられた。

「タケル、どうしたの?。顔色が悪い」
 レイがじっとヤマトを見ていた。
「あ、いや。マナが減って、そう見えるだけだよ」
「レイ、あんたの言うとーりよ。タケル、さっきから調子が悪いの。クララを救い出した瞬間からね!」
「アスカさん、どういうことですの?まるで私のせいみたいに……」
「は、あんたがタケルに迷惑ばっか、かけるからでしょ!」
 ヤマトはふたりのいさかいにあわてて、ことばを差し入れた。自分のせいで、この作戦の最後を揉めたまま終わらせなくなかった。
「すまない。寝不足がたたったようだ。現実世界の体調が、この仮想世界に反映してしまっているらしい。たぶんよく寝れば治ると思う」
「そうね。あたしたち、ユウキとクララ、あんたらのせいで、もうまる二日、ろくに眠れてないんだからね」
 そう当てこすられて、ユウキがムッとした表情になったのがわかった。なにか抗弁しようと口を開きかけたが、アスカは突然、空をみあげて叫んだ。

「十三!!。聞こえてる?。もうすぐ『マインド・アウト』するわ。よく眠れるように『ホット・ミルク』用意しといて!」
 アスカはユウキとクララのほうに目をむけると、わざとらしく人数を数える風な仕草をして付け加えた。

「十三。五人分よ。五人全員分、頼むわ」
 アスカがなにか文句でもあるか、と言わんばかりの視線でみんなを牽制けんせいしたかと思うと、逆さまむきで浮遊してユウキのほうに向かった。
 そしてそのままアスカは自分の顔をユウキの目と鼻の先に近づけて言った。
「ところで、アンタに聞きたかったことがあるんだけど?」
「な、なにかね。アスカくん……」

「あの船ン中で、アンタ、なに踊ってたのよ?」
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