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第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦
第263話 自分は忘れられたか見捨てられた。そんな存在だった
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逃げることだけを考えるだけで良かった。
ユウキは偵察艦を戦艦に突入させた瞬間、船底の穴のところにいた。操縦は牛の顔をしたおんなの電幽霊兵士に任せていた。操舵輪を握らせるだけとはいえ、彼女は固定器具としての役割をみごとに果している。
「『 』くん。どこだ!」
ユウキは『 』に呼びかけてみた。
ゾッとすることに返事がなかった。
「レイくん!。あと十秒ほどでこの船は吹き飛ぶ。はやく助けにきてくれないか!」
レイに呼び名を変えてみても、おなじだった。だがユウキに迷っている時間も選択肢もなかった。
ドーンと大きな破壊音とともに船がおおきく揺れた。からだが横に振られて、床にごろんと転がった。そのまま滑るようにして、船底に開いた穴から上半身がはみ出しそうになる。はるか眼下に荒れる海面が飛び込んできた。
どうする——?。
突然近くで何かが爆発した。
次の瞬間、ユウキは船底の穴から、空に身を踊らせていた。
落下していくユウキは体をめいっぱい広げて、空気抵抗をつくってスピードを殺そうとした。スカイ・ダイビングの『リ・プログラム』の履修が役に立った。
ただパラシュートを背負っていないことが、決定的にちがう。
ユウキは猛烈な風に体を煽られながら、あたりを見渡した。どこにもレイの姿がなかった。本来は船の真下で浮遊したまま、待機しておく手はずだったはずだ。
「レイくん!」
ユウキは無駄だとわかっていても叫び続けるしかなかった。海側のステージにきた時点で、浮遊魔法はもちろん使えなくなっている。海面まではおそらく5、600メートル。激突すれば骨が粉砕し、すべての臓器が破裂するのは必至だ。だが、それはいい。
問題はそれによって減数するマナだ。修復する分まで足りるかどうか……。
あたりを見回した。だが、この自分の視界のどこにもレイの姿が見あたらない。もし見つけたとしても、ここまで落下速度があがってしまっては、受けとめる方も受けとめられるほうもリスキーだ。
自分は忘れられたか、見捨てられた——。
ユウキは自分の短い人生で自分がどれほど、不遇をかこったかをふっと思い出した。
物心がついた頃には、ユウキは自分が施設にいることがわかった。そこで、自分は見捨てられている存在なのだと理解した。仲間はそんな境遇をすぐに受け入れたが、ユウキは堪えきれず施設を脱走した。
生体チップがないことで追跡こそ免れたが、やっとたどりついた名古屋のスラム街で少年ひとりが生きていくのは大変だった。占領された九州からの難民は、内地の者、とくに少年には冷たかった。22世紀の『大阪・名古屋大震災』後、復興されたのは都市部だけで、そのまわりの住宅街等は朽ちるにまかせていたため、根城になりそうな場所を確保するだけでも大変だった。
なんとか寝床らしきものにありつけた『豊田市』は昔、日本の屋台骨を支える車の会社があった、という話だったが、その産業そのものが斜陽化して、二百年前から過疎化していた。人が減り、住みにくい場所になっていたおかげで、ユウキはみすぼらしい廃屋でしばらく生きていくことができた。
その後、ある特殊機関に保護されて今にいたる道筋につながったが、それも自分の日本人の純血が高かった、という幸運が味方したにすぎない。
見捨てられる環境で生れ、社会から見放され、やっとたどり着いた場所でも、血の濃さが劣っていることで、斬り捨てられそうになる人生……。
ユウキは生れてからずっとそのことで嘖まされ続けている。
水面がはっきりと見える距離に近づいた。波頭がかなり高い。かなり海は荒れていた。
その時、波頭の合間を縫うように、なにかが動いているのに気づいた。
ドラゴンだ——。
そう認識する間もなくドラゴンがぐんと上をむいて、いきなり急上昇してきた。ドラゴンのいるステージからすれば、急降下となるのだろうか、一直線にユウキの方に突っ込んできた。
ドラゴンが大きく口を開き牙をむく。毒々しいほど赤い舌が、舌なめずりして口のなかでのたくりまくる。
しまった——。
ユウキはあわてて体を縮まらせて、頭を抱えて防御した。
が、間に合わなかった。
次の瞬間には、ユウキはドラゴンに噛みつかれていた。
またか!。
ユウキは思わず歯がみをしたが、ドラゴンの牙にからだを刺し貫かれても、どこも噛み砕かれてもいないことに気づいた。
ユウキのからだはドラゴンの口に、咥えられているだけだった。
「ユウキ、この子、賢いでしょ」
ふいに自分の頭上で声がして、ユウキはドラゴンの牙の隙間から首を出して上を見あげた。ドラゴンの頭の上にレイが、ちょこなんと座っていた。
「レイくん、これはどういうことだ?」
「これって?」
「なぜ、きみはドラゴンを操れているのかね?」
「だって、ここはそういうステージだから……」
「こういうステージとは?」
「だって、ドラゴンを手なずけて、海のモンスターを駆逐するのがこのステージのミッション。それをクリアしてはじめて次のステージに進める。その法則になかなか気づけなかった。かなり手ごわいステージだった」
ユウキは大きく嘆息した。
ゲームの達人と呼ぶには、レイはあまりにもレベルがちがいすぎる。これだけ別次元だと、その実力差にもう焦ることもないし、嫉妬する気にもならない。
「レイくん、わかっていると思うが、もう戻らなければならない。今、このステージをクリアすることはできない」
「わかってる。残念だけどそうタケルと約束している。それにあの戦艦を落とせたから、とりあえず今日はもういい」
レイが指さす方向を見ると、斜めに傾いだ弩級戦艦が、尖塔の横腹にぶつかるところだった。
メキメキという音をたて、甲板の板が塔にめり込んでいく。
なんだかユウキのこころが浮き立った。先ほどまでの陰鬱な気分が嘘のようだった。
ゲームをクリアしたというレイのそれとは違う、達成感があった。船のなかでパニックになっているだろう国連軍の面々の、混乱ぶりに思いをはせるだけで、つい笑いがこみあげそうになる。
カツライ中将。
どうです。あなたの『手駒』たちに、手ひどい目にあう気分は……。
いつのまにか、ユウキはドラゴンの口のなかで、声をあげて高笑いをしていた。
ユウキは偵察艦を戦艦に突入させた瞬間、船底の穴のところにいた。操縦は牛の顔をしたおんなの電幽霊兵士に任せていた。操舵輪を握らせるだけとはいえ、彼女は固定器具としての役割をみごとに果している。
「『 』くん。どこだ!」
ユウキは『 』に呼びかけてみた。
ゾッとすることに返事がなかった。
「レイくん!。あと十秒ほどでこの船は吹き飛ぶ。はやく助けにきてくれないか!」
レイに呼び名を変えてみても、おなじだった。だがユウキに迷っている時間も選択肢もなかった。
ドーンと大きな破壊音とともに船がおおきく揺れた。からだが横に振られて、床にごろんと転がった。そのまま滑るようにして、船底に開いた穴から上半身がはみ出しそうになる。はるか眼下に荒れる海面が飛び込んできた。
どうする——?。
突然近くで何かが爆発した。
次の瞬間、ユウキは船底の穴から、空に身を踊らせていた。
落下していくユウキは体をめいっぱい広げて、空気抵抗をつくってスピードを殺そうとした。スカイ・ダイビングの『リ・プログラム』の履修が役に立った。
ただパラシュートを背負っていないことが、決定的にちがう。
ユウキは猛烈な風に体を煽られながら、あたりを見渡した。どこにもレイの姿がなかった。本来は船の真下で浮遊したまま、待機しておく手はずだったはずだ。
「レイくん!」
ユウキは無駄だとわかっていても叫び続けるしかなかった。海側のステージにきた時点で、浮遊魔法はもちろん使えなくなっている。海面まではおそらく5、600メートル。激突すれば骨が粉砕し、すべての臓器が破裂するのは必至だ。だが、それはいい。
問題はそれによって減数するマナだ。修復する分まで足りるかどうか……。
あたりを見回した。だが、この自分の視界のどこにもレイの姿が見あたらない。もし見つけたとしても、ここまで落下速度があがってしまっては、受けとめる方も受けとめられるほうもリスキーだ。
自分は忘れられたか、見捨てられた——。
ユウキは自分の短い人生で自分がどれほど、不遇をかこったかをふっと思い出した。
物心がついた頃には、ユウキは自分が施設にいることがわかった。そこで、自分は見捨てられている存在なのだと理解した。仲間はそんな境遇をすぐに受け入れたが、ユウキは堪えきれず施設を脱走した。
生体チップがないことで追跡こそ免れたが、やっとたどりついた名古屋のスラム街で少年ひとりが生きていくのは大変だった。占領された九州からの難民は、内地の者、とくに少年には冷たかった。22世紀の『大阪・名古屋大震災』後、復興されたのは都市部だけで、そのまわりの住宅街等は朽ちるにまかせていたため、根城になりそうな場所を確保するだけでも大変だった。
なんとか寝床らしきものにありつけた『豊田市』は昔、日本の屋台骨を支える車の会社があった、という話だったが、その産業そのものが斜陽化して、二百年前から過疎化していた。人が減り、住みにくい場所になっていたおかげで、ユウキはみすぼらしい廃屋でしばらく生きていくことができた。
その後、ある特殊機関に保護されて今にいたる道筋につながったが、それも自分の日本人の純血が高かった、という幸運が味方したにすぎない。
見捨てられる環境で生れ、社会から見放され、やっとたどり着いた場所でも、血の濃さが劣っていることで、斬り捨てられそうになる人生……。
ユウキは生れてからずっとそのことで嘖まされ続けている。
水面がはっきりと見える距離に近づいた。波頭がかなり高い。かなり海は荒れていた。
その時、波頭の合間を縫うように、なにかが動いているのに気づいた。
ドラゴンだ——。
そう認識する間もなくドラゴンがぐんと上をむいて、いきなり急上昇してきた。ドラゴンのいるステージからすれば、急降下となるのだろうか、一直線にユウキの方に突っ込んできた。
ドラゴンが大きく口を開き牙をむく。毒々しいほど赤い舌が、舌なめずりして口のなかでのたくりまくる。
しまった——。
ユウキはあわてて体を縮まらせて、頭を抱えて防御した。
が、間に合わなかった。
次の瞬間には、ユウキはドラゴンに噛みつかれていた。
またか!。
ユウキは思わず歯がみをしたが、ドラゴンの牙にからだを刺し貫かれても、どこも噛み砕かれてもいないことに気づいた。
ユウキのからだはドラゴンの口に、咥えられているだけだった。
「ユウキ、この子、賢いでしょ」
ふいに自分の頭上で声がして、ユウキはドラゴンの牙の隙間から首を出して上を見あげた。ドラゴンの頭の上にレイが、ちょこなんと座っていた。
「レイくん、これはどういうことだ?」
「これって?」
「なぜ、きみはドラゴンを操れているのかね?」
「だって、ここはそういうステージだから……」
「こういうステージとは?」
「だって、ドラゴンを手なずけて、海のモンスターを駆逐するのがこのステージのミッション。それをクリアしてはじめて次のステージに進める。その法則になかなか気づけなかった。かなり手ごわいステージだった」
ユウキは大きく嘆息した。
ゲームの達人と呼ぶには、レイはあまりにもレベルがちがいすぎる。これだけ別次元だと、その実力差にもう焦ることもないし、嫉妬する気にもならない。
「レイくん、わかっていると思うが、もう戻らなければならない。今、このステージをクリアすることはできない」
「わかってる。残念だけどそうタケルと約束している。それにあの戦艦を落とせたから、とりあえず今日はもういい」
レイが指さす方向を見ると、斜めに傾いだ弩級戦艦が、尖塔の横腹にぶつかるところだった。
メキメキという音をたて、甲板の板が塔にめり込んでいく。
なんだかユウキのこころが浮き立った。先ほどまでの陰鬱な気分が嘘のようだった。
ゲームをクリアしたというレイのそれとは違う、達成感があった。船のなかでパニックになっているだろう国連軍の面々の、混乱ぶりに思いをはせるだけで、つい笑いがこみあげそうになる。
カツライ中将。
どうです。あなたの『手駒』たちに、手ひどい目にあう気分は……。
いつのまにか、ユウキはドラゴンの口のなかで、声をあげて高笑いをしていた。
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