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第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦

第261話 ドラゴン突入

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 砲塔の急旋回も、戦艦そのものの回頭も間に会わなかった。

 重機銃での攻撃でも充分対抗できると思っていたが、無人で自動航行していると認識していた偵察艦が、矢継ぎ早の攻撃を仕掛けてきたことで指示系統が乱れた。

 そこにドラゴンが突入してきた。

 ミサトはその瞬間をまるでスローモーションでも見るようにゆっくりと認識した。

 大きな口をあけたドラゴンが真正面にあらわれた。
 ドラゴンの頭の上に乗ったメイドがたちあがり、大きな剣をぶんと横にふる。それだけで四面ある正面のガラスが割れて、破片が飛び散った。外気が気流となって、艦橋内に一気に流れ込んでくる。
 正面の窓から何の迷いもなく飛び込んでくるドラゴンの姿に、クルーたちが逃げ惑った。最前列に座っていた操縦士と砲撃士が、椅子の背の上を蹴飛ばしてあわてて逃げ出した。あたふたとした様子でミサトのほうへ一目散に走ってくる。その両脇に座っていた分析係とレーダー係はすこし動きが遅れたが、あわてて腰をあげた。

 艦橋のまんなかの空間になにか白濁した物体が飛び込んできて、べちゃっという音をたてて落下した。その物体は濡れているものなのか、ミサトの数メートル手前に、粘液のようなものを飛び散らした。
 とたんに、なにかえたような強烈な悪臭が鼻をついた。
 操縦士が床に飛び散った粘液に足をとられそうになった。倒れまいと、よろめきながらミサトの方に必死で手をのばしてくる。
 そのからだを支えてやろうと、反射的にミサトも手を伸ばした。
 
 が、その操縦士の伸ばした手に触れる前に、彼の姿は目の前から消えうせていた。

 ミサトのすぐ目の前に彼をまるのみにして閉じられたドラゴンの口があった。
 手を伸ばせば触れそうな位置にあるドラゴンの鼻先は、一人を飲みこんだあともなお何かを探して鼻をひくつかせていた。
 ミサトはその鼻っつらの先、椅子の影に隠れていたレーダー係と目が合った。助けを乞うような目をむけていた。
 ミサトはなんとかしたいと思ったが、足が動かなかった。だが気づいたら、首を横にふっていた。その意味が『動かないで』だったのか『無理』だったのか、ミサトは自分でもわからなかった。
 レーダー係の顔が恐怖と絶望のあまり泣き出しそうに歪んだ。
 が、次の瞬間、レーダー係は椅子ごとかみ砕かれた。

 ドラゴンはその場でなんどか咀嚼そしゃくし、ミサトのほうにむけてふたたび大きな口を開いた。針山のように切り立った牙が剥き出しになる。その一番奥のほうに、飲み込まれたばかりのレーダー係の頭が見えた。
 髪の毛が牙と牙のあいだに挟まって、頭だけが奥のほうでころころと揺れていた。毒ガスとしか思えない、とてつもなく臭いドラゴンの息がミサトの顔に吹きかかる。
 獲物を見つけたと言わんばかりに、ミサトのほうにむかって、ドラゴンがさらに頭を押し込んでくる。
 目の前でドラゴンが咆哮をあげるやいなや、そのおおきな口でミサトのからだに噛みついた。ミサトがドラゴンの強靭きょうじんな顎に噛み裂かれそうになった瞬間、ミサトは強烈な力でうしろへひっぱり倒された。倒されたと言うより、襟首をつかまれて乱暴にうしろに投げ飛ばされていた。ミサトは艦橋の一番うしろの壁に叩きつけられ、したたかに背中を打ちつけられたが、そのおかげで正気に戻った。

 それはウルスラ大将だった。
 ウルスラは両手に大型のガトリング銃を抱えて、仁王立ちで構えていた。そこには性別の転換をする前に、猛将とあだ名され、その活躍で『爵位』までを手にした屈強な戦士がいた。
 ウルスラが両手の銃のトリガーを同時に引き絞った。凄まじい音が艦橋内に響いて、ドラゴンの顔に銃弾がでめり込んでいく。だが容赦なくぶちまけたはずの弾丸の雨も、ドラゴンのからだを貫きとおす力はなかった。血飛沫ちしぶきとともに表皮を削りとっていくくらいのダメージしか与えられない
 それでも痛みのあまりドラゴンの首はのたうちまわった。艦橋に突っ込ませた首を引き抜こうともがく。だが深くまで伸ばした首は容易に抜けない。おかげで、さらにもがき苦しみ暴れまわるドラゴンの尾や翼が、戦艦を揺さぶり、甲板にある設備や機銃を破壊していく。
 ウルスラが攻撃をやめた。自分の攻撃が返って事態を悪化していると気づいたらしい。
「ミサト、脱出準備を!」
「嘘でしょ。このままおめおめと撤退するわけにはいかないわ」
 ミサトはまだ壁に背中をつけたまま床にへたり込んでいたが、声をはりあげて反駁はんばくした。
「我々の任務は『ドラゴンズ・ボール』の確保だ。ドラゴンとの戦いではない」
 ミサトは大声で塔のなかにむかった第二部隊に訊いた。
「第二部隊!。今、どうなってる?」
『はっ。第一部隊、全滅です。海面にバラバラになって浮かんでいます。今から救護、修復にとりかかります』
「ドラゴンズ・ボールは!」
『はい、海の底に強い光を放つ物体が確認できます。おそらくそれかと……』
「だったら、それを確保することを第一優先順位にして!」
『いや、しかし第一部隊の救護……』
「反問は許さないわ!!。命令に従いなさい!」
 ミサトは隊長ごときに皆まで言わせなかった。こちらは面子を潰され、肝が凍るような思いをさせられているのだ。だから今、はらわたが煮えくり返っている。
 第二部隊の隊長には気の毒だが、怒りの矛先の前にいたほうがわるい。

 艦がおおきく揺れた。ドラゴンが首をひき抜こうと躍気になって、尻尾で甲板をうちすえていた。
「あれを排除するわ」
「ミサト、無理だ」
「カツエ。この戦艦を沈められるわけにはいかないわよ」
「ミサト、ここは仮想空間だ。本物の艦を沈められたわけじゃない」
「いえ。私には同じだわ。バーチャルだろうとリアルだろうと失敗は失敗。それにまだ船は一部が破壊されただけ。航行不能なほどのクリティカルなダメージは負ってはいないわ」
 ミサトはウルスラに食い下がった。ここは譲れなかった。正直、ミサトにとっては、さきほどの一連の出来事だけでも屈辱的な大失態だ。その上、母艦を落とされるような真似が許されるはずがない。
 自分の部下がもし同じへまをしたら、二度と軍務につけなくなるほど軍歴を荒らしてやるだろう。

「そうだな。第一艦橋が破壊されただけだ。すぐに立て直して指揮系統と航行系統を第二艦橋のほうに移管しよう」
 ウルスラがミサトの意志を再確認するように言った。
「えぇ、お願い……」
 ウルスラが手を差し出してきたので、ミサトはそれを掴んで立ちあがった。
 あらためて艦橋内でもがき苦しんでいるドラゴンの顔に一瞥をくれてやる。たしかにウルスラ大将が言うように、ドラゴンを艦に乗せたまま航行するのはたしかに難儀だ。
 そう……、操縦士がドラゴンの腹の中であればなおさらだ。

「司令……官……。右舷……を……」
 その時、だれかが声をあげた。それは声が裏返って、素っ頓狂な声色に聞こえて、ミサトはすこしイラッとした。ミサトは右側の窓に目をむけた。そこには別のドラゴンが空中で弧を描いている姿があった。
 ミサトはおおきく目を見開いた。
 その瞳に映っていたのはドラゴンの姿ではなかった。

 この艦の側面にむけて、今まさに特攻してきている偵察艦の艦影だった。
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