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第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦

第256話 クララ、タケルの足手まといになんないでよ

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 ズーンと重々しい音がして、塔の根元付近に穴があいた。

 あまりに強烈な威力だったので、穴を穿うがった射入口しゃにゅうぐちだけでなく、射出口しゃしゅつぐちのほうもかなり大きくえぐれていた。この塔の根元の強度を揺るがすような大穴は、やり過ぎだとヤマトは感じた。
「タケル、穴をあけたわ」
 アスカが得意げに言ってきたので、ヤマトは今は不問にすることにした。
 ふいに下から風の匂いがふきあげてくる。上と下に穴があいたおかげで、風が通って塔内にこもった空気が洗い流されていく。
「よしアスカ、次はぼくらの腹を貫いている、この光のくいを消し去ってくれ」
「わかったわ。準備はいい?」
 クララが背中にぴたりとからだを寄せて、うしろから両手を巻きつかせてきた。
「クララ、タケルの足手まといになんないでよ」
「わかってますわ」
 クララのささやきは吐息となって、ヤマトの耳元をくすぐった。
 ヤマトはクララの手を、自分のからだの前でぎゅっと握りしめた。
「手を離さないで」
 そうヤマトが言ったとたん、二人の体を塔に打ちつけていた杭が消えた。あっという間にふたりは真下の海へ落下した。
 胃液の海のなかは白濁していた。手をつないだクララの上腕部分程度しか視認しきれないほどよどんでいる。目の前を浮遊する多量のコロイド状の小さなカスが、さらに視界をさえぎってくる。おそらくまだ消化しきれていない固形物が、揺蕩たゆたっているのだろう。
 だがその海の底のほうで、ヤマトはまばゆい光を放つ物体を一瞬かいま見た。なるべく視野に入れまいと、意図的に目をそらしてもその神々しい光はいやでも目を射た。

 ドラゴンズ・ボールだった——。

 どれくらいの深さに沈んでいるのかわからなかった。すこし手を伸ばせば届きそうにも、延々と潜り続けても届かないようにも思えた。

 未練をつのらせるな。決意がひるむ!——。

 ヤマトは自分をそう叱咤すると、胃液のうえに顔をつきだして息を吸った。すぐに握ったクララの手をひいて訊いた。
「クララ、大丈夫か!」
「えぇ。わたしは大丈夫ですわ。でも状況がよくありません」
 クララが水面から顔だけ出したままの状態で、ヤマトの後方を指さしながら言った。
 ヤマトがふりむくと、そこにアスカの空けた穴があった。ひと一人が通り抜けるには充分すぎるほどの大きさ。だが、その穴は水面から三メートルほど上の位置にあった。
「アスカ。穴の位置が高すぎる。これでは、脱出ができない」
「文句言わないで。海が荒れてて波頭が乱高下するから、水面がどこかわかりにくいの!」
「どうにかならないか?」
「もう一回やってみるわよ」
 クララが慌てて割り込んできた。
「ちょっと待って下さい。もし水面ぎりぎりを狙ったら、今度はわたしたちもあの光の爆発に巻きこまれますわ」
 ヤマトはその意味に気づいた。
「アスカ、ちょっと待ってくれ。ぼくらは今、きみの攻撃に巻き込まれたら、それを修復できるだけのマナがないかもしれない」
「じゃあ、どうすんのよ」
 アスカが苛立ちまぎれに言ってきた。汚名返上の機会をはやく与えて、という気持ちにはやっているのだろう。
 ヤマトは壁面に目を這わせた。先ほど崩落した内階段の跡が壁に残っていた。よく見ると、ほんの2~3cm程度だが、接合部分の一部が突起となって残っていた。
 ヤマトは一番手近にあるでっぱりに指をかけてみた。第一関節がかろうじてひっかかる程度でこころもとなかったが、ヤマトはぐっとからだをひきあげてみた。
 上半身が液体の中からもちあがった。続けざまにもう少し上方の右側にあるでっぱりに指をかけてみる。
「タケルさん、行けそうですか?」
 下からのクララの問いかけに、ヤマトは「まだわからない」とだけ答えた。
 ヤマトは次のでっぱりを探した。そこさえつかめれば、その次は穴の淵に手が届く。

 だが何もなかった。
 どんな目を皿のようにしてみても、爪の先程度すらひっかかりそうな突起、歪み、隙間すらなかった。
「タケルさん、どうです?」
 クララの心配そうな声が、やけに構内に響いて聞こえた。

 時間がない。どうすれば——。
 
 ヤマトはもう一度内壁を仰ぎ見た。
 今度はアスカのあけた穴をつぶさに見ていく。破壊されて崩落された箇所は、いびつな形になっていた。全体としては大きな円形にみえるが、その穴のエッジはでこぼことしていて、細かなギザギザが刻まれた歯車のようになっている。
 ヤマトは片手だけでからだを支えると、背中の日本刀を引き抜いた。刀身を逆向きにして刀先を握った。そのまま腕をめいっぱい上へ伸ばす。上へ差し向けた刀のつばの部分が、切立った穴の淵にひっかかる。
 それをぐいとひくとガチンという音かした。どこかのエッジにつばが噛んで、刀身が固定されたのがわかった。
「クララ、ぼくが登ったら、上から引っぱりあげる。それまで待っててくれ」
 ヤマトはそれだけを一方的に伝えると、クララの返事を待つことなしに、刀身をぐっと力の限り握りしめた。たちまち研ぎ澄まされた刃が手のひらに食い込んで、肉を切り裂いた。ぼたぼたと血が滴りはじめる。だがヤマトはそれに構わずもう一方の手でも刀身を掴んだ。
 ヤマトの体がぶらんと中空にぶらさがる。体重が一気にかかって、刀身を握りしめる手から流れ落ちる血の量がふえはじめた。ヤマトは日本刀の刀身をロープにみたてて、上へ手をたぐらせると、ぐっとからだを持ちあげた。もう一方の手をさらに上にたぐらせる。
次の手をのばした時、ヤマトの手が穴の淵にかかった。すばやくその上の細かな破片をはたくと、指をへこみに立てて一気に体をもちあげた。満身の力が手のひらに集まり、切創から血がぶわっと一気に吹き出す。
 ヤマトのからだが穴の上にあがった時には、穴の淵に血溜まりができていた。
 塔の壁は20cmほどの厚さしかなかったが、ヤマトはそこに器用に足を降りたたんで膝をついてからだを乗り出すと、クララへ手を伸ばした
「さあ、クララ、この手を掴んで!」
 クララがほっとした表情をして、ヤマトの差し出した手に、手を伸ばした。

 その瞬間、けたたましい銃声がして、クララが何発もの弾丸に撃ち抜かれた。

 クララのからだが、うしろに跳ね飛び、胃液の海にからだが沈んでいった。

「クララ!」

 上を見あげると数十メートル上に、銃を構えたまま降下してくる兵士たちがいた。
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