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第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦

第251話 こどもがおとなに逆らっても無駄だと思い知らせてやろう

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「カツエ、本当にあなたの言う通りだったわね」

 捷瀬美聡かつらいみさとは、超弩弓どきゅう級戦艦の第一艦橋内に響き渡るような声で、感嘆の声をあげた。ウルスラ勝枝大佐は一番うしろにある『司令官』のチェアに座っていたので、正面に投影された大型モニタにその姿を映して、カメラを通して正面からその問いかけに答えた。
「そういう男なのだよ。ヤマトタケルという男は」
 第一艦橋はそれほど広くはなかったが、天井までの高さが五メートル以上あるため、見通しがよく解放感はきわだって感じられた。六面の大型の窓に囲まれ、その最前面に『航海士』『砲撃士』『通信士』『分析士』等責任者の席が配置されている。そして、そのすこし後方に『船長』の席、そして一番うしろ、ほかより一人分上の高さに『司令官』の席があった。本来着座するはずの『司令官』の席にウルスラが座っているため、ミサトは仕方なく『船長席』に着座している。
「やっぱり、あの子たちの狙いは『ドラゴンズ・ボール』?」
「それしかあるまい」
「で、あの子たちをどうするつもり?」
「どうにもせんさ。ただ自分たちが掲げる『正義』が、われわれには通用せんということを叩きこんでおくだけだよ」
「わたしたちを出し抜こうとしたんだから、それなりのペナルティは受けてもらわなきゃ」
「ミサト、それをしてどうなる。彼らはわれわれの唯一の『手駒』だ。それを罰したところで、われわれにはなんの見返りもない。どうやっても排徐できんのだよ」
 ミサトは鼻をならした。
「気にいらないわね」
「今回は、こどもがおとなに逆らっても無駄だ、と思い知らせてやればいい」
「カツエ、ずいぶん甘いのね。でも、そういうところ嫌いじゃないわぁ」
 ミサトがすこしリップサービスめいた返答をすると、正面に大映しになったウルスラの口元がはまんざらでもなさそうにゆるんだ。
「それにしても、ユウキとクララまでヤマトタケルに同調してるってどういうこと?」
「まぁ、彼らとて必死なのだよ」
「必死?。何がぁ」
「ヤマトタケルと先行したパイロットたちとの経験値を縮めるのにだよ。まぁ、推測の域はでんがね」

「へぇ必死になるんだったら、あたらしい司令官のわたしたちに従順になることに必死になってほしいわぁ」
「無理だよ。ミサト。彼らが選ばれた人間だ。それははなからあきらめたほうがいい」
「わたしたちだって選ばれた人間……」
 ミサトは自分が口にだしたことばを、一度噛みしめるように一瞬間を置いてから確認した。
「そうでしょ、カツエ?」
「ふ、ミサト、わたしらの代わりはいくらでも見つかる。残念だがね。だが彼らの代わりはすくない。なによりもヤマトタケルだけは、代替がきかない唯一無二の存在だ。われわれに、彼を切る、という選択肢はない」
 ウルスラの悟りにも似たあきらめを聞いて、ミサトはイラッとした。自分の部下、いや手駒の、圧倒的有意性を説かれて面白いはずはない。腹立ちまぎれにおもわず自分の前方に座っている通信士に噛みついた。

「ちょっとぉ、通信士ぃ。先行した偵察艦からの連絡は、まだなの?」
「いや、それがまだ……」
「どーいうこと。さっきは、ドラゴンにぶつかられたとか、奇襲を受けたとか、ワケわかんない報告ばっかだったでしょ」
「あ、はい、ですが……」
 思い出したように、通信士があわただしく手を動かしはじめる。
 
 やはり新人ではダメか——。

 その手際のわるさに天を仰ぐ思いで、通信士から目を背けた。

 非公式な今回の出撃には正規の国際連邦軍の兵を使うわけにはいかなかった。たとえヴァーチャル空間であったとしても、正規兵を要請すれば、こちらの動きが国際連邦軍の文官連中に気取られる可能性があった。こちらが無事に回収したはずの『ドラゴンズ・ボール』のなかにダミーが混じっているとばれることも、こちらがその一部を秘匿しようとしていることも知られるわけにはいかない。
 そのため、『ヴァーチャル・シミュレーション』と称した訓練を装い、新兵、いや正確に言えば訓練兵を世界中からかき集めたのだ。国際連邦軍の訓練施設10カ所以上から、施設責任者の推薦のあった精鋭が、ヴァーチャル空間であるこの『グレーブヤード・サイト』にVR機器を通じて集結している。
 だが、彼らにとって雲の上の存在の上長である、ウルスラ大将とカツライ中将が乗船していることで、新兵たちは驚くほどの緊張感に包まれている。
 不慣れなうえに張りつめた緊張が重なっているせいか、新兵たちの不手際ばかりが際立って見え、ミサトは苛々がつのってしかたがなかった。
「カツライ司令、今、連絡がありました」
 通信士が声をひきつらせながら声をあげた。
「で、なんだって言ってるのぉ?」
「いえ、連絡は現実世界のVRルームの管理官からです」
「なによぉ。こっち仮想現実の世界にあっち現実世界の人間が、直接連絡してきてるわけぇ。まったく興が醒めるわね——。で、なんて?」
「そ、それが……、偵察艦の乗り組み員全員が、現実世界へ帰投したそうです」
「どういうことだ!」
 ミサトよりもはやくウルスラが反応した。あまりの剣幕に通信士にはうろたえながら答えた。
「そ、それが……、詳しいことはわかりませんが、おおきな『蛙』の襲撃を受けて、強制マインド・アウトさせられたようです。しかも、全員なにかしらの『精神災害スピリチュアル・ハザードを受けてるとのことです」
「なにが起きたと言ってる!?」
「AI精神分析官の報告では、なんでも『蛙』に踊らされたとか、精気を吸われたとか……よくわからないのですが……」
「踊らされた?。ちょっとぉ、踊らされたって、どーいうことよぉ」
 ミサトがヒステリックな声で、通信士にプレッシャーをかけた。
「いや、それがAI精神分析官も意味不明ということでして……」

 ミサトはそんなたわけた分析しかできない『AI精神分析官』に直接文句を垂れてやろうかとしたが、ウルスラがそれを制止するように言った。
「さすが、デミリアンのパイロット、というところかな。どうやらうちのパイロットどもは、好き勝手やってくれて、こちらを翻弄ほんろうしてくれているようだな」
「ちょっとぉ、カツエ。それでいいの?。新兵たちが精神外傷トラウマを受けてる可能性もあンのよ」
「不適正の兵士をふるい落としたと考えるしかあるまい」
「いやよ。なにかしらのペナルティを与えるべきだわ」
「むしろ頼もしい、と考えてはどうかね、ミサト」
「そもそも、軍紀違反でしょうがぁ。この領域に勝手に侵入するのは!」
基地局喪失サーバー・バニッシュドが起きた数百年前ならいざ知らず、現在ではこの仮想空間には軍紀は及ばんさ」

「塔が射程距離にはいりました」
 砲撃士が声をあげた。ここからは自分の見せ場だ、というアピールが透けて見える。無駄に闘志満々な感じが、ミサトにはすこしかわいらしく感じられた。
「了解。主砲発射準備。今から300さんまるまる秒後に二発砲撃、すぐに空挺部隊がそこから突入し、内部にある『光る球』を奪取すること!」
 そう言いながらミサトはスタンバイしている空挺部隊が映るモニタ画面を見た。フルフェイスのプロテクターを被っていて、表情は見えなかったが、誰一人として緊張している様子は感じられなかった。むしろ余裕たっぷりに何人かがくっちゃべってるようにみえたのがミサトの癇に障った。
「空挺部隊!。忘れないでよ。この塔は擬態したモンスターだからね。あんたたちは今から怪物の体内に潜入するんだから、なにがあってもおかしくない。それに内部にすでに侵入している『盗賊』もいる。何人潜んでいるかは現時点では不明。かなり手練れだと思うから注意して」
 一人の兵士がカメラのほうにむかって、親指をたてて余裕をみせてきた。
 ミサトはその態度にむかっとして、一瞬、ウルスラのほうへ顔をむけてアイコンタクトをとった。こいつらに一発、喝をいれてやってもいいか、という許可だ。だが、ウルスラはその意図を認識したが、そのうえであえて目をそらしてきた。
 ミサトはチッとちいさく舌打ちした。相変わらず、あの㚻(おんこ)は、部下に度量があるところをみせたがる——。

 だが、わたしの流儀はちがう。だれた空気はその度ごとにきっちりと引き締めて、自分たちの力量を思い知らせてやる。

「こちらはできるだけ援護する。もしやられても、救助には行けない。自己責任でお互い助けあってちょうだい。ちなみに、先行していた偵察艦の乗組員……」

「全滅したわぁ」

 慣れあった態度だった空挺部隊の兵士たちの動きが、モニタのむこうでぴたりととまった。

「全員、強制マインド・アウトさせられて、かなりの『精神災害スピリチュアル・ハザードをくらっているって報告があがってるわよ」
 空挺部隊の隊長が声を詰まらせながら、ミサトに尋ねてきた。
「カ、カツライ中将。ど、どれくらいのダメージなのでしょうか?」
「さぁ、AI精神分析官の見立てじゃあ、何人かはもう二度と復帰できないかもしれないそうよ。あなたたちはそうならないようにねぇ」
 ミサトは平板な口調で事務的に申し添えるなり回線を切った。

 おそらくちょっとしたピクニックくらいにしか思っていなかった空挺部隊の面々は、今やっとのこと、シャキッと目が覚めたにちがいなかった。
 ウルスラの方に目をやると、口元をにやつかせながらも、顔をそらして別のモニタに釘付けになっているかのように装っていた。当人とすれば、ミサトの『パワーハラスメント』じみた物言いに、自分は気づかなかったと、見て見ぬふりをしきめこむ腹なのだろう。
 あいかわらずこの㚻(おんこ)は——。


 時間が迫る。
 艦が塔に近づいていく。
 主砲で撃つにはむしろ近すぎるのではと懸念するほどの位置だった。

「主砲を右弦下方30度の位置へ」
 砲撃士の指示で主砲が三門がぐるりと方向を変え右舷の方にむく。
 正面の大型モニタの上部に刻まれていたカウントが、「0」になった。砲撃士が声を荒げる。


「主砲、発射します!」
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