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第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦
第219話 血飛沫がアスカの顔に降りかかってきた
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アスカにはなすすべがなかった。
天井から突如トーポーズが降ってきたのに気づいたが、自分には他の人たちのように即効力のある武器はなかったし、この数の敵に対抗できる魔法を詠唱するにはあまりにも時間が足りなかった。
『うそでしょ。これじゃあ、攻撃魔法の詠唱は間に合わない……』
先ほどの一撃でマナは一挙に2000以上増えていたが、雨あられと降ってくるトーポーズの攻撃を受けてしまえば、無傷で済まないどころか、おおきな痛手を喰らうのは間違いない。
いくつもの黒い影が点々と地面におちる。と、みるみるその黒い点がおおきくなっていく。
アスカは真上を見あげた。鉞をふりかざして、落ちてくるトーポーズの群れ。まるで不気味な顔が降ってくるように見えた。
トーポーズはみな白目をむいて、口から泡をふきだし、顎をがくがくと震わせている。
化物のくせにどいつもこいつも恍惚にトランス状態になっているーー。
『防御障壁!』
アスカはあわてて防御魔法の呪文を口にした。アスカの十メートル以上頭上に『曼荼羅』のような文様が現れた。まるで空中の一部に複雑なひびが入っていくように紋様が刻まれ広がっていった。すぐさま、その紋様のあいだを、透明なバリアが張られていく。
『間に合った!』
アスカがそう思ったのも束の間、先陣の数十体のトーポーズが一斉に『魔方陣』にむかって鉞をふるうと、透明なバリアはパーンという派手な音ともにあっさりと砕けた。ガラス片のようになって、飛び散り上から降ってくる。
「うそでしょ」
アスカが茫然とした瞬間、先頭を切って飛びかかってきたトーポーズの頭が突然、跳ね飛んだ。と同時に胴体がまっぷたつに切断された。
そのからだから、黄色の血液がいきおよく噴き出す。
『なに?』
そう認識する間もなく、黄色の血飛沫が点々とアスカの顔に降りかかってくる。
空中に刃の刀身がギラリと閃いた。
ヤマトだった。
空中を舞うように飛びながら、ヤマト・タケルが刀を振り回していた。その動きは闇雲にみえたが、刃は一太刀の漏れもなく、空から襲いかかってきたトーポーズを斬り伏せていた。
アスカのからだは猛烈な勢いで降ってきた血の雨に真っ黄色に染まり、落ちてきた肉片に打擲された。
『防御障壁!』
あわてて防御魔法の呪文を口にすると、今度はすぐ頭上にふたたび『曼荼羅』が描かれ、五メートルほどの直径のバリアが張られていく。
その上の中空はさながら血と肉片の饗宴と化していた。
落ちてくる肉片は小さいものは、こぶし大ほどだったが、大きいものは首がないだけでほぼまるごと落ちてきていた。頭上の『魔方陣』にドスン、ドスンと音とともに死体が激突する。さらにそれに加えて滝のように大量の血がビチャビチャと降り注いでくる。
アスカが『魔方陣』の傘を見あげると、ヤマトが空中で跳ね飛びながら、トーポーズをぶった斬っている姿が隙間から垣間見えた。空中のいたるところで血飛沫が炸裂するので、さながら黄色に花開く花火を見あげているかのようだった。が、それも『魔方陣』の透明部分が黄一色に塗りつぶされて、すぐに見えなくなった。
アスカの『魔方陣』の傘の外側へは肉片や臓物がビチャビチャと音とともに容赦なく落ちてきていた。その音はすぐにドシャ、ドシャという音に変わったかと思うと、とうとうボスボスという鈍い音になった。死体の上に死体が落ちてきて、積み重なりすぎているのだ。
いつの間にか死体の山はアスカの腰あたりほどの高さの、小山をあたりにいくつも作っていた。そして流れ落ちた血は、アスカの足のくるぶしにまで達していた。
「ちょっとぉ、タケル、殺しすぎよ。殺しすぎ!」
アスカがたまらず大声でわめくと、あたりにまき散らされていた落下音がふっと消えた。
とたんに『魔方陣』の傘の端から、しとどに流れおちる血の滴の音だけが、ピチャピチャと耳障りな音をたてていた。
『血の音じゃあ、風情もなにもあったもんじゃないわね』
血の雨音を聞きながら、アスカはヤマトを待った。ビチャッと水滴の跳ねる音がしたかと思うと、ヤマトが地面に降りたっていた。
ヤマトのからだは血塗れだった。
アスカは「タケル、真黄色……」と言いかけて、思わず吹きだしそうになった。頭のてっぺんからつま先まで完全に血塗れなのは確かだったが、黄色い血のせいでまるでペンキを頭からかぶった道化者のように見えた。
「まったく間抜けな格好ね」
「でも、アスカの『盾』になったろう」
「はん。こんなのでボディガード面されて、あたしが納得するわけないでしょ」
アスカはヤマトがすこし得意気にしているのが気にいらなかった。男は女を守るものなどという五世紀も昔の価値感で満面になられては困る。
「恩着せがましいにもほどがあるわ。だいたい、こンだけの大殺戮を目の前で繰り広げられたンじゃあ、守ってくれたとしても、ありがたがれないわよ」
「そうかもな。たしかにちょっとやりすぎた。途中からマナの収集に夢中になったからな」
そう言いながら、頭から足元にむけて手をふった。みるみる黄色まみれの姿が、元に戻っていく。
「ほうら。やっぱり、あたしを守ってくれてるだけじゃなくて、ほかにも……」
アスカは文句を言いかけて、ヤマトの頭の上の数字に気づいて目をむいた。
数字は『40000』に届こうとしていた。
「ちょっとお。タケル、ひどぉぉい。あたしの倍以上まで数字があがってる。あたしもポイントアップさせてもらうわよ」
そう言うなりアスカは、『魔方陣』の傘の下からとびだして、空にむかって大きくジャンプした。すぐさまダンジョンの出口方向まで俯瞰する。すぐに数百メートル先の中空で、クララやレイ、ユウキたちが、奮戦している姿が目にはいった。
その先のエリアでは天井の地面から、下の地面を見あげているトーポーズたちが蠢いていたが、そこまでの道筋にはすでに身動きする敵はいなかった。下はもちろん左右の壁、そして天井にも。
「もう!。レイたちが、根こそぎ倒してるじゃないのぉ」
アスカは、指先を空中にはわせていてメニューを呼びだすと、アスカの目にほかのプレイヤーたちの数字がとびこんできた。思わず心のなかで舌打ちをする。
レイは2万5000を超え、ユウキは3万に迫っていたが、何よりもクララが3万を超えているのが癇に障った。
「どーいうこと、タケル。あたし、完全に置いてけぼりくらったわ。クララに倍も差をつけられたじゃない」
アスカは地面に降りたつと、タケルを至近距離から睨みつけた。すぐ目の前で恨みがましい目をむけるアスカに、タケルは頭をかきながら、困ったような顔をして苦笑いをした。
その表情にアスカはドキリとした。
そこに兄リョウマの表情があった。わがままな妹に手を焼いて、困りながらもすこし嬉しそうにする。ちょっとした小言を言いながらも、いつだって自分から白旗をあげてくれた兄の笑顔をそこに見た気がした。
だが、ヤマトはちがっていた。
アスカの頭をポンポンと撫でた。あまりにふいをつかれて、心臓がスピードをあげるより先に、顔がカッと赤くなるのを感じた。
「アスカ、怒らないで。今からアスカにポイントを稼がせてあげるよ」
「ど、どうやってよぉ」
アスカはいくぶん怒り気味に言った。ふつうに尋ねていたら、たぶん感情がとっちらかって、何を口ばしるのか自分でも自信がなかった。ヤマトはアスカの頭の上に手をおいたまま、反対側の手ではるか前方を指さした。
ヤマトがその場所が見やすいようにと、アスカの顔をこころもち上にむけた。
その場所は、天井の地面をトーポーズが、まだうろついている場所だった。
「アスカ、『火の魔法』だ……。
ここは、きみらしく『火の龍』と言う『術』ではどうだい」
天井から突如トーポーズが降ってきたのに気づいたが、自分には他の人たちのように即効力のある武器はなかったし、この数の敵に対抗できる魔法を詠唱するにはあまりにも時間が足りなかった。
『うそでしょ。これじゃあ、攻撃魔法の詠唱は間に合わない……』
先ほどの一撃でマナは一挙に2000以上増えていたが、雨あられと降ってくるトーポーズの攻撃を受けてしまえば、無傷で済まないどころか、おおきな痛手を喰らうのは間違いない。
いくつもの黒い影が点々と地面におちる。と、みるみるその黒い点がおおきくなっていく。
アスカは真上を見あげた。鉞をふりかざして、落ちてくるトーポーズの群れ。まるで不気味な顔が降ってくるように見えた。
トーポーズはみな白目をむいて、口から泡をふきだし、顎をがくがくと震わせている。
化物のくせにどいつもこいつも恍惚にトランス状態になっているーー。
『防御障壁!』
アスカはあわてて防御魔法の呪文を口にした。アスカの十メートル以上頭上に『曼荼羅』のような文様が現れた。まるで空中の一部に複雑なひびが入っていくように紋様が刻まれ広がっていった。すぐさま、その紋様のあいだを、透明なバリアが張られていく。
『間に合った!』
アスカがそう思ったのも束の間、先陣の数十体のトーポーズが一斉に『魔方陣』にむかって鉞をふるうと、透明なバリアはパーンという派手な音ともにあっさりと砕けた。ガラス片のようになって、飛び散り上から降ってくる。
「うそでしょ」
アスカが茫然とした瞬間、先頭を切って飛びかかってきたトーポーズの頭が突然、跳ね飛んだ。と同時に胴体がまっぷたつに切断された。
そのからだから、黄色の血液がいきおよく噴き出す。
『なに?』
そう認識する間もなく、黄色の血飛沫が点々とアスカの顔に降りかかってくる。
空中に刃の刀身がギラリと閃いた。
ヤマトだった。
空中を舞うように飛びながら、ヤマト・タケルが刀を振り回していた。その動きは闇雲にみえたが、刃は一太刀の漏れもなく、空から襲いかかってきたトーポーズを斬り伏せていた。
アスカのからだは猛烈な勢いで降ってきた血の雨に真っ黄色に染まり、落ちてきた肉片に打擲された。
『防御障壁!』
あわてて防御魔法の呪文を口にすると、今度はすぐ頭上にふたたび『曼荼羅』が描かれ、五メートルほどの直径のバリアが張られていく。
その上の中空はさながら血と肉片の饗宴と化していた。
落ちてくる肉片は小さいものは、こぶし大ほどだったが、大きいものは首がないだけでほぼまるごと落ちてきていた。頭上の『魔方陣』にドスン、ドスンと音とともに死体が激突する。さらにそれに加えて滝のように大量の血がビチャビチャと降り注いでくる。
アスカが『魔方陣』の傘を見あげると、ヤマトが空中で跳ね飛びながら、トーポーズをぶった斬っている姿が隙間から垣間見えた。空中のいたるところで血飛沫が炸裂するので、さながら黄色に花開く花火を見あげているかのようだった。が、それも『魔方陣』の透明部分が黄一色に塗りつぶされて、すぐに見えなくなった。
アスカの『魔方陣』の傘の外側へは肉片や臓物がビチャビチャと音とともに容赦なく落ちてきていた。その音はすぐにドシャ、ドシャという音に変わったかと思うと、とうとうボスボスという鈍い音になった。死体の上に死体が落ちてきて、積み重なりすぎているのだ。
いつの間にか死体の山はアスカの腰あたりほどの高さの、小山をあたりにいくつも作っていた。そして流れ落ちた血は、アスカの足のくるぶしにまで達していた。
「ちょっとぉ、タケル、殺しすぎよ。殺しすぎ!」
アスカがたまらず大声でわめくと、あたりにまき散らされていた落下音がふっと消えた。
とたんに『魔方陣』の傘の端から、しとどに流れおちる血の滴の音だけが、ピチャピチャと耳障りな音をたてていた。
『血の音じゃあ、風情もなにもあったもんじゃないわね』
血の雨音を聞きながら、アスカはヤマトを待った。ビチャッと水滴の跳ねる音がしたかと思うと、ヤマトが地面に降りたっていた。
ヤマトのからだは血塗れだった。
アスカは「タケル、真黄色……」と言いかけて、思わず吹きだしそうになった。頭のてっぺんからつま先まで完全に血塗れなのは確かだったが、黄色い血のせいでまるでペンキを頭からかぶった道化者のように見えた。
「まったく間抜けな格好ね」
「でも、アスカの『盾』になったろう」
「はん。こんなのでボディガード面されて、あたしが納得するわけないでしょ」
アスカはヤマトがすこし得意気にしているのが気にいらなかった。男は女を守るものなどという五世紀も昔の価値感で満面になられては困る。
「恩着せがましいにもほどがあるわ。だいたい、こンだけの大殺戮を目の前で繰り広げられたンじゃあ、守ってくれたとしても、ありがたがれないわよ」
「そうかもな。たしかにちょっとやりすぎた。途中からマナの収集に夢中になったからな」
そう言いながら、頭から足元にむけて手をふった。みるみる黄色まみれの姿が、元に戻っていく。
「ほうら。やっぱり、あたしを守ってくれてるだけじゃなくて、ほかにも……」
アスカは文句を言いかけて、ヤマトの頭の上の数字に気づいて目をむいた。
数字は『40000』に届こうとしていた。
「ちょっとお。タケル、ひどぉぉい。あたしの倍以上まで数字があがってる。あたしもポイントアップさせてもらうわよ」
そう言うなりアスカは、『魔方陣』の傘の下からとびだして、空にむかって大きくジャンプした。すぐさまダンジョンの出口方向まで俯瞰する。すぐに数百メートル先の中空で、クララやレイ、ユウキたちが、奮戦している姿が目にはいった。
その先のエリアでは天井の地面から、下の地面を見あげているトーポーズたちが蠢いていたが、そこまでの道筋にはすでに身動きする敵はいなかった。下はもちろん左右の壁、そして天井にも。
「もう!。レイたちが、根こそぎ倒してるじゃないのぉ」
アスカは、指先を空中にはわせていてメニューを呼びだすと、アスカの目にほかのプレイヤーたちの数字がとびこんできた。思わず心のなかで舌打ちをする。
レイは2万5000を超え、ユウキは3万に迫っていたが、何よりもクララが3万を超えているのが癇に障った。
「どーいうこと、タケル。あたし、完全に置いてけぼりくらったわ。クララに倍も差をつけられたじゃない」
アスカは地面に降りたつと、タケルを至近距離から睨みつけた。すぐ目の前で恨みがましい目をむけるアスカに、タケルは頭をかきながら、困ったような顔をして苦笑いをした。
その表情にアスカはドキリとした。
そこに兄リョウマの表情があった。わがままな妹に手を焼いて、困りながらもすこし嬉しそうにする。ちょっとした小言を言いながらも、いつだって自分から白旗をあげてくれた兄の笑顔をそこに見た気がした。
だが、ヤマトはちがっていた。
アスカの頭をポンポンと撫でた。あまりにふいをつかれて、心臓がスピードをあげるより先に、顔がカッと赤くなるのを感じた。
「アスカ、怒らないで。今からアスカにポイントを稼がせてあげるよ」
「ど、どうやってよぉ」
アスカはいくぶん怒り気味に言った。ふつうに尋ねていたら、たぶん感情がとっちらかって、何を口ばしるのか自分でも自信がなかった。ヤマトはアスカの頭の上に手をおいたまま、反対側の手ではるか前方を指さした。
ヤマトがその場所が見やすいようにと、アスカの顔をこころもち上にむけた。
その場所は、天井の地面をトーポーズが、まだうろついている場所だった。
「アスカ、『火の魔法』だ……。
ここは、きみらしく『火の龍』と言う『術』ではどうだい」
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