上 下
214 / 1,035
第二章 第二節 電幽霊(サイバー・ゴースト)戦

第213話 このVRサーバーは独自のルールが存在する

しおりを挟む
 ユウキは一瞬、みんなを心底怖がらせてやりたいという衝動にかられた。

 ヤマトからの依頼はどうやっても初見の者にはゾッとするものだ。それを説明なしに見せろというのだ。少々ショッキングな経験はしかたないという含みがあると読むべきだろうか。ならばその意図にとことん沿ってみるべきか。
 だが、ユウキはすぐにその考えを振り払った。行きすぎた忖度そんたくはヤマトの信頼を損なうリスクのほうが高い。それに、もしそうだったとしても、そんなあざとい真似は自分のスタイルではない。
 ユウキはすぐそばに近寄ってきた化け物にむけて、自分の左腕前腕を掲げてみせた。この腕を狙え、とばかりに前につきだす。
「なにやっているのよぉ。ユウキ、あぶないじゃないの!」
 ユウキが無防備な姿をさらすのをみて、まっさきに反応したのは意外にもアスカだった。が、すぐさま脇からヤマトがそれをやんわりと制した。
「アスカ、大丈夫。黙ってみていて……」
「このサーバーはゲーム・サーバーだったなごりで独自のルールが存在する。この世界で一番重要なことは、頭上に浮かぶライフポイントの『マナ』の数字。目の前で起きることに惑わされず、マナの数字こそがすべてだって頭にたたき込んで……」
「では、そのマナが多い人には絶対かなわないってことなのですか?」
 クララがヤマトの説明が終わらないうちに訊いてきた。不安に押し潰されそうな顔色をしている。自分の数字がほかの人よりすくない、というのが、彼女の焦りにつながっているのは間違いない。ユウキはクララに助け船をだした。
「違うよ、クララくん。自分の目で見ていることに騙されるな、ということをタケルくんは言いたいんだ」
「自分の目で見ていることに騙されるな?。どういうことですの?」
 クララが眉根をよせて。ユウキに強いまなざしをむけてきた。
 ユウキはニコリと余裕の笑みを浮かべて言った。
「こういうことだよ」
 そう言った瞬間、ユウキの正面にいた化物が手にした大鉈おおなたを振りかぶった。それをユウキが前に掲げていた左腕前腕で受けとめた。
 アスカの「あぶない!」という声が聞こえたときには、ユウキの左腕は化物の刃に切り落とされて、ボトリと地面に落ちていた。ユウキは一瞬顔をしかめたが、すぐさま右手にもったサーベルで化け物の腹を貫いた。化け物のからだが黒い煙となって霧消する。 
 ユウキはサーベルをさやに戻すと、やれやれと言った表情で、切り落とされた腕を拾いあげようと腰をかがめた。ふと見ると、地面に転がる腕をアスカとクララが口元をおさえたまま、じっと見つめていた。いかばかりかのショックを受けているらしい。
 レイはあいかわらず無表情だったが、すこし首をかしげている様子で、すくなくとも目の前でおきた事象に、納得だけはいっていないようだった。
「アスカくん、クララくん、だからタケルくんが、見ていることに騙されるな、と言っていただろう」
「みんな、ユウキの腕の数字をみてくれ」
 ヤマトが転がった腕へ注意を促した。切断された左前腕の上の空間に文字と数字がうっすらと浮かびあがっていた。
「ヒット200・接着50・再生300」とあった。
 ユウキはもったいないかなと一瞬逡巡しゅんじゅんしたが、すぐに思い直してアイコンタクトで自分の選択をヤマトに伝えた。ヤマトが軽くうなずく。
 ユウキが『再生』とつぶやいた。
 そのとたんユウキの腕の切断面からもやが発生し、みるみるうちに上腕部分からうしなわれた前腕部分が再生されていった。それと同時進行で切り落とされたほうの腕はもやに包まれ、すこしづつ消えていく。
 あっと言う間にユウキの腕は再生し、化け物の攻撃で切断された事実などなかったかのうように元に戻った。ユウキは手のひらを大仰おおぎょうに開閉してみせて、挙動にまったく問題がないことをアピールしてみせた。ヤマトがその様子をみながら説明をする。
「この世界では現実世界の物理的制約はない。腕を切られようと、首を落とされようと死なない。ただ数字が減るだけだ。元にもどす時もおなじ、数字が減るだけだ」
「そうだね、タケルくん。おかげで私は腕を斬られて200、腕を再生するのに300、合計500も『マナ』を減らしてしまったよ」
「ユウキ。すまなかった」
 ヤマトはそう言うと、自分の頭の上にある数字に指を突っ込んで一部をつまむと、そのままユウキの頭上にむけて投げつけた。すぐにユウキの頭上の数字に600が加算された。
「お礼も含めて、そちらに戻しておくよ」
「いや、そういう意味で言ったわけでは……」
 ヤマトのあまりにもすばやい手配に、ユウキは面喰らってことばを続けられなかった。女性陣へのこの『プレゼンテーション』をみずから買って出なかったのは、自分のポイントが減るのを嫌がっているのか、と心の片隅にくすぶっていたのは事実だった。だがヤマト・タケルという男はそんなことを露ほど気にしていなかった。あったのはただの効率か試金石。他人にやらせて自分が説明したほうが効率的と考えたか、亜沙・歴あすな・ゆきという男がどれほど信用に足るかを計ったか……。
「そうだ、タケルくん。やられたとき『痛み』はまったくないのだが、それなりの『衝撃』を感じる。ダメージ相応の負荷があることを前もって覚悟しておくよう、伝えたほうがよさそうだよ」
 ヤマトはそのことばにうなずくと、すこしだけ間をおいてから言った。
「この世界では、現実では死んでしまうと思えるダメージ、たとえば心臓を貫かれる、首をねられるみたいな決定的なダメージを受けてもマナのポイントがある限り死なない。だが、そのときに、もし『恐怖』や『絶望感』『無力感』を感じてしまったら、その感情に支配されて、動けなくなる可能性がある。だからやられても感情を動かしちゃだめだ。気をつけてほしい」
「タケル。いまさらそんなこと感じない。わたしたちは、そんなことに影響されない訓練をうけてきている」
 めずらしくレイがすばやい反駁はんばくをみせた。だがヤマトは表情を緩めなかった。
「レイ。残念だけど、それはぼくらが受けてきた訓練や鍛練の範疇はんちゅうを超える。頭でわかっていても、生き物としての本能がそれに反応するんだ」
 レイはそれ以上なにも言わなかった。ヤマトが話を続けた。
「みんな、自分のマナの数字から絶対に目を離さないでほしい。このライフポイントがある限り、ぼくらはこの世界で何でもできる。空を飛ぶこともできれば、強力な武器や魔法を創造することもできる……」
「ちょっとぉ、タケル。じゃあ、数字がもし無くなったらどうなるのよぉ」
 それまですこし意気消沈気味だったアスカが口を挟んでくると、間髪をいれずレイがまるであおるように言葉を重ねてきた。
「死ぬの?」
 レイのことばはまるで真実のように思える響きを帯びていたので、ヤマトはあわててそれを修正した。
「いや、それはない。だが、マナを完全にうしなって『強制マインド・アウト』された場合、脳の機能の一部を欠損する可能性がないとは言わない。その部位によっては最悪の事態もありうる……」
「う、嘘でしょ」
「それくらい基地局喪失空間サーバー・バニッシュド・エリア、そのなかでもグレーブ・ヤード・サーバーというのは危険なんだ。だけどきみたちが危険になった時は、ぼくとユウキがポイントを移動させて助けるつもりだ」
 そこまで言ってタケルがユウキの胸をぽんと軽く叩いた。
「サポートを頼むよ、ユウキ。いいね」

 心から信頼しているような仕草をヤマトからむけられて、ユウキはとまどった。
 そうなのか、そういうことなのか——。
 まだヤマトの試験は続いている。
 自分はまだ信用を勝ち得ていないのだ。
 ここにいたっても、まだ信頼しきってもらえない自分に歯がみする思いが突きあげてきた。いや——、だが、今は試験の真っ最中であってまだ「不合格」になったわけではないではないか。
 むしろ、最終面接にまでこぎ着けた、と前向きにとらえるべきだ。
 ユウキは胸を張り顎をすこし持ちあげて、自信に満ちあふれた姿を装ってから言った。

「任せてくれたまえ。わたしが身をていしてサポートさせてもらうよ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

❤️レムールアーナ人の遺産❤️

apusuking
SF
 アランは、神代記の伝説〈宇宙が誕生してから40億年後に始めての知性体が誕生し、更に20億年の時を経てから知性体は宇宙に進出を始める。  神々の申し子で有るレムルアーナ人は、数億年を掛けて宇宙の至る所にレムルアーナ人の文明を築き上げて宇宙は人々で溢れ平和で共存共栄で発展を続ける。  時を経てレムルアーナ文明は予知せぬ謎の種族の襲来を受け、宇宙を二分する戦いとなる。戦争終焉頃にはレムルアーナ人は誕生星系を除いて衰退し滅亡するが、レムルアーナ人は後世の為に科学的資産と数々の奇跡的な遺産を残した。  レムールアーナ人に代わり3大種族が台頭して、やがてレムルアーナ人は伝説となり宇宙に蔓延する。  宇宙の彼方の隠蔽された星系に、レムルアーナ文明の輝かしい遺産が眠る。其の遺産を手にした者は宇宙を征するで有ろ。但し、辿り付くには3つの鍵と7つの試練を乗り越えねばならない。  3つの鍵は心の中に眠り、開けるには心の目を開いて真実を見よ。心の鍵は3つ有り、3つの鍵を開けて真実の鍵が開く〉を知り、其の神代記時代のレムールアーナ人が残した遺産を残した場所が暗示されていると悟るが、闇の勢力の陰謀に巻き込まれゴーストリアンが破壊さ

CREATED WORLD

猫手水晶
SF
 惑星アケラは、大気汚染や森林伐採により、いずれ人類が住み続けることができなくなってしまう事がわかった。  惑星アケラに住む人類は絶滅を免れる為に、安全に生活を送れる場所を探す事が必要となった。  宇宙に人間が住める惑星を探そうという提案もあったが、惑星アケラの周りに人が住めるような環境の星はなく、見つける前に人類が絶滅してしまうだろうという理由で、現実性に欠けるものだった。  「人間が住めるような場所を自分で作ろう」という提案もあったが、資材や重力の方向の問題により、それも現実性に欠ける。  そこで科学者は「自分達で世界を構築するのなら、世界をそのまま宇宙に作るのではなく、自分達で『宇宙』にあたる空間を新たに作り出し、その空間で人間が生活できるようにすれば良いのではないか。」と。

もうダメだ。俺の人生詰んでいる。

静馬⭐︎GTR
SF
 『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。     (アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

宇宙人へのレポート

廣瀬純一
SF
宇宙人に体を入れ替えられた大学生の男女の話

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

学園都市型超弩級宇宙戦闘艦『つくば』

佐野信人
SF
 学園都市型超弩級宇宙戦闘艦『つくば』の艦長である仮面の男タイラーは、とある病室で『その少年』の目覚めを待っていた。4000年の時を超え少年が目覚めたとき、宇宙歴の物語が幕を開ける。  少年を出迎えるタイラーとの出会いが、遥かな時を超えて彼を追いかけて来た幼馴染の少女ミツキとの再会が、この時代の根底を覆していく。  常識を常識で覆す遥かな未来の「彼ら」の物語。避けようのない「戦い」と向き合った時、彼らは彼らの「日常」でそれを乗り越えていく。  彼らの敵は目に見える確かな敵などではなく、その瞬間を生き抜くという事実なのだった。 ――――ただひたすらに生き残れ! ※小説家になろう様、待ラノ様、ツギクル様、カクヨム様、ノベルアップ+様、エブリスタ様、セルバンテス様、ツギクル様、LINEノベル様にて同時公開中

幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光
SF
 その日、1973年のある日。空から降りてきたのは神の祝福などではなく、終わりのない戦いをもたらす招かれざる来訪者だった。  現れた地球外の不明生命体、"幻魔"と名付けられた異形の怪異たちは地球上の六ヶ所へ巣を落着させ、幻基巣と呼ばれるそこから無尽蔵に湧き出て地球人類に対しての侵略行動を開始した。コミュニケーションを取ることすら叶わぬ異形を相手に、人類は嘗てない絶滅戦争へと否応なく突入していくこととなる。  そんな中、人類は全高8mの人型機動兵器、T.A.M.S(タムス)の開発に成功。遂に人類は幻魔と対等に渡り合えるようにはなったものの、しかし戦いは膠着状態に陥り。四十年あまりの長きに渡り続く戦いは、しかし未だにその終わりが見えないでいた。  ――――これは、絶望に抗う少年少女たちの物語。多くの犠牲を払い、それでも生きて。いなくなってしまった愛しい者たちの遺した想いを道標とし、抗い続ける少年少女たちの物語だ。 表紙は頂き物です、ありがとうございます。 ※カクヨムさんでも重複掲載始めました。

処理中です...