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第一章 最終節 決意

第141話 ぼくは、もう人間じゃない

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『ブ……ラ・イ・ト……』
 頭のなかにその声が聞こえたとき、ブライトはリンに手渡されたペーパー端末に目を通していた。その瞬間、ブライトは自分で驚くほどの勢いで、自分の顔を跳ねあげた。
 この声……!。
 驚愕と恐怖がないまぜになった感情が、どっと体内中を駆け巡る。
「ブライト!」
 声をふりみだしたリンの声。
「プルートゥが……。プルートゥがいるの!」
「ど、どこにだ!」
「目の前……」
 リンの消え入りそうな声に、思考が止まりそうになる。
 ブライトが大声をあげた。
「ミライ、リン、春日博士がいるところの映像をメインモニタに!」
 即座に基地の外の風景が投映された。そこに煙った雨のなかに潜むように、大きな生物のシルエットがあった。ゆらりと揺れながら、駐機エプロンのほうに近づいてくる。
 左腕がない。紛れもなくプルートゥだ。
 亜獣がこの基地の敷地内に侵入したのだ。
 この基地は亜獣退治の最前線と位置づけられている。施設の大部分が地下にあり、自然を利用した堅牢な造りで、どんな亜獣でも破壊することは容易ではない。だが亜獣を退治できるのはデミリアンがいるからにほかならない。デミリアンがいない今の状況では、侵行を食い止めることすら、危うい。
「リン、すぐそこから逃げろ。ヤマト、レイ、急いで基地へ戻れ!」
 ブライトは矢継ぎ早に、各所に指示を飛ばすと、メイン・モニタの端にワイプ映像が映しだされてヤマトが顔を見せた。剣しい顔をしていた。
「ブライトさん、ミスった。今、電磁パルスレーンで釣りあげられはじめてる。すぐにそちらにはいけない」
「走ってこれないのか?」
「無理だ。こちらはプルートゥに足の骨を折られてる」
 ブライトは別のモニタに映るレイのほうへ目をむけた。
「レイは?。レイはどうなんだ?」
 レイががっかりした顔をモニタを通して送ってきた。
「ムリ。指を何本かくらいしか、まだ動かせない」
 ブライトは思わず、拳を握りしめて奥歯を噛みしめた。亜獣アトンを撃破し、プルートゥを手負いに追い込んだ代償とはいえ、このままではさらに大きなツケを払わされる。
『ブ……ライト……』
 また声が頭に響いた。
「リン、なにをしている。まだ逃げてないのか?。早く……」
『司……令・官……』
 ブライトはカッと目を見開いた。その声が誰のものかわかった。
「リョウマか!、リョウマなのか?」
 ブライトは大声で名前を呼んでから、反応を待った。ブライトの意図を察したのか、司令部内にいるクルーたちが一斉に口をつぐんだ。
『はい……』
 ブライトの鼓動がはねあがった。
「ミライ、リョウマのコックピット呼びだせるか!」
 ミライのほうを振りむいた。ミライは操作パネルに手をおいたまま言った
「ダメです」
「やってみたのか?」
「さきほどから何度もやってます。回線は音声のみしか生きてないようです」
「思考は?。ヴァイタルデータは?。どうだっ!」
「ダメです。音声のみです」
 ブライトは、まるでそれがミライのせいであるかのように、失望の目つきを彼女に投げつけると、プルートゥが映っているモニタに顔をもどした。
「リョウマ。教えてくれ。おまえは先ほど教会で何かを語ろうとしていたな。何を言おうとした??」
 返事はなかった。
 しまった。性急すぎたか?
 ブライトは辛抱強く、リョウマの答えを待った。永遠にも思える間があった。実際の時間は十秒にも満たなかっただろう。間を置いて声がきこえてきた。
「それは……言えない」
 絞りだすようなリョウマの言葉。止めていた息とともに一気にことばをぶつける。
「なぜだ。おまえは伝えたがっていたはずだ!」
「それは間違い…だった。人間はこれを知っちゃあいけない……」
 その言葉に司令部のクルーたちがざわついたのがわかった。だれも言葉を発したわけではなかったが、共有している思考のベクトルが乱れて心の声となって届いてきた。
「ほんとうにそうか聞いてみないとわからないだろう」
「人間は耐えられない」
「だが、おまえはそれを知っても、大丈夫じゃな……」
「ぼくは、もう人間じゃない」
 その告白にブライトは言葉をうしなった。モニタの右端に映しだされているアスカの映像にちらりと目をくれる。モニタ越しでも顔が蒼白になっているのがわかる。
 今の言葉はアスカには聞かせたくなかった。
「バカを言うな。今からおまえを救いにいく。待ってくれ」
 ブライトはリョウマからの返事が戻ってくる前にミライに思考で命令をした。
「この回線を私専用にしてくれ。みなに聞かせたくない」
 ミライは何も言わなかったが、すぐに指示に従った。
 ブライトの耳に専用回線特有のププッという音が聞こえた。
 その瞬間、ブライトは駆けだしていた。直接、直接聞かねば……。
 司令室を飛びだしたブライトはわかっていた。自分の中で一度は諦めたはずの『野心』という化物のかま首がもたげようとしていることを。そして今回はそれを御すための手綱を自分がひくつもりがないことも。
 みずからを滅ぼすかもしれない——。


 だが、とめられなかった。
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