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第一章 最終節 決意
第111話 ライブがはじまるよ
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男は空中回廊を通り抜け、五十階にある自分の部屋のバルコニーの駐車場に着陸した。車から降りると、取るものも取りあえず、自分の部屋に直行する。すでにこの地区に亜獣が出現したことを知らせる警報がひっきりなしに網膜デバイスに瞬き、映像がくり返し送りつけられてきている。ニューロンストリーマを通じて脳内にも、緊急のアナウンスがヒステリックにがなりたているのと合わさり、苛立ちは募るばかりだった。
わかっている。
さきほど上空から自分の目で亜獣の姿を見ている。そしてここに、このマンションに、近づくのに時間がさほどないことも知っている。
男は自分のコレクターズルームに入ると、壁面を埋めつくすように飾られている自慢の骨董品のコレクションを一望した。どれもお気に入りのものばかりで、中身だけでなく外箱にも色褪せや破損もないコンディションが良い希少品がほとんどだ。男はその中でもひときわ目立つ場所に飾られた品を手にした。
『これは絶対だな。1970年代初期のアンティーク。ほぼ500年前の希少品を置いてはいけない』
持ちあげた箱には『マシンガーV』の『超合金』のトイが入っていた。男は続けてそのすぐ横にある箱を、いとおしそうに持ちあげた。
『これだって、450年前のものとは思えないほど状態がいい。あきらめられないな』
男は2000年前半にヒットしたアニメ『ハッピネス・ライブ』の『黒澤にん』のフィギュアを小脇にかかえた。これは、もし、亜獣にこのマンションを破壊されたとしても、ぜがひでも死守しなければならない宝物のひとつだった。それは五百年前から代々、大事に保存してきた先達のコレクターたちに対しての義務。そして現役コレクターの矜持でもあった。男は手にとった二点に加えて、あと五点のコレクションを車のトランクに積みこんだ。できれば全部という思いが胸にせきあげたが、トランクのスペースも、そして何より時間がなかった。
彼は被っていた『ハッピネス・ライブ』の軍帽のひさしに手をあてて、残していくコレクションに敬意をしめすしぐさをした。名残惜しい。
その時、なにか空気が震えるような音が聞こえた。いや、空気というよりも空間そのものが揺らいだようにすら感じられた。
地響きなのだろうか。だとしたら、もう一刻の猶予もない。
男がバルコニーの駐車場から離陸しようとホバースイッチを押そうとした時、突然どこからか声が聞こえた。
「ライブがはじまるよ」
聞いたことがある声だった。いやいつも聞いていたいとおしい声だ。まちがいようがない。『ハッピネス・ライブ』のニンちゃんの声。
男はあわててあたりを見回した。
「ねえ、早く。ライブがはじまるよ」
今度ははっきりと聞こえた。気のせいではない。男は車を降りると、バルコニーの端のほうにゆっくりと近づいていった。
バルコニーの端に誰か立っていた。
月明りに照らされて、シルエットだけ浮ぶあがっていた。だが、男はそれだけでそれが誰かがわかった。わからないはずないではないか。ふるい映像を何度繰り返して見たか。
頭のおおきなツインテール。肩章を模したデザインのシャツに、短めのスカートのタイトなワンピース。
五百年ほど前の作品であっても、自分は『ハピライバー』の一員のつもりだ。
そこに『ハピネス・ライブ』の黒澤ニンが立っていた。
はにかんだ笑顔。すこし緊張しているのか、頬がいくぶん紅潮している。
「ニン、二コ、ニン」
「ニンちゃん」
彼女の決め台詞を耳にして、男は思わず声をかけた。
黒澤にんがぺこりとお辞儀をした。
「ごめんね。突然、声かけちゃって。でも早くしないと、ライブが始まっちゃうの」
「ライブが?、どこで?」
黒澤にんはバルコニーの端から下をのぞきこんだ。男はそこへ近づいていくと、そうっと下をのぞきこんだ。
そこには光に彩られたコンサート会場があった。
自分のマンションのすぐ下にコンサート会場が?。
男の頭に疑問の種が蒔かれたが、真下から湧きあがってくる地響きのような歓声に、すぐに摘みとられた。
男は興奮に目を輝かせた。黒澤ニンが自分を見つめている。
彼女が両手をそえるようにして彼の手をとった。男の体が歓喜に震えた。今、憧れのニンちゃんに手を握られている。
ふと、むかいのマンションを見ると、すべての部屋に明かりが灯り、住人がみなバルコニーの端に立っているのがわかった。それぞれみな誰かと手を握っていた。男性はもちろん、老人や女性のシルエットもあった。ああ、みんなこのライブを見たいんだな。男は嬉しくなった。
「ねぇ、一緒に行こう」
彼女がおねだりするような甘い声で囁いた。
「うん、いこう」
男は被っていた軍帽をぐっと目深に押し込んだ。
このライブは絶対最高のものになる。
「さあ行くよ」
男はニンちゃんと手をつないで、夜の帳に身を踊らせた。他の部屋の住人たちもほぼ同時にライブへとびこむのが見えた。
最高の夜だ!!。
わかっている。
さきほど上空から自分の目で亜獣の姿を見ている。そしてここに、このマンションに、近づくのに時間がさほどないことも知っている。
男は自分のコレクターズルームに入ると、壁面を埋めつくすように飾られている自慢の骨董品のコレクションを一望した。どれもお気に入りのものばかりで、中身だけでなく外箱にも色褪せや破損もないコンディションが良い希少品がほとんどだ。男はその中でもひときわ目立つ場所に飾られた品を手にした。
『これは絶対だな。1970年代初期のアンティーク。ほぼ500年前の希少品を置いてはいけない』
持ちあげた箱には『マシンガーV』の『超合金』のトイが入っていた。男は続けてそのすぐ横にある箱を、いとおしそうに持ちあげた。
『これだって、450年前のものとは思えないほど状態がいい。あきらめられないな』
男は2000年前半にヒットしたアニメ『ハッピネス・ライブ』の『黒澤にん』のフィギュアを小脇にかかえた。これは、もし、亜獣にこのマンションを破壊されたとしても、ぜがひでも死守しなければならない宝物のひとつだった。それは五百年前から代々、大事に保存してきた先達のコレクターたちに対しての義務。そして現役コレクターの矜持でもあった。男は手にとった二点に加えて、あと五点のコレクションを車のトランクに積みこんだ。できれば全部という思いが胸にせきあげたが、トランクのスペースも、そして何より時間がなかった。
彼は被っていた『ハッピネス・ライブ』の軍帽のひさしに手をあてて、残していくコレクションに敬意をしめすしぐさをした。名残惜しい。
その時、なにか空気が震えるような音が聞こえた。いや、空気というよりも空間そのものが揺らいだようにすら感じられた。
地響きなのだろうか。だとしたら、もう一刻の猶予もない。
男がバルコニーの駐車場から離陸しようとホバースイッチを押そうとした時、突然どこからか声が聞こえた。
「ライブがはじまるよ」
聞いたことがある声だった。いやいつも聞いていたいとおしい声だ。まちがいようがない。『ハッピネス・ライブ』のニンちゃんの声。
男はあわててあたりを見回した。
「ねえ、早く。ライブがはじまるよ」
今度ははっきりと聞こえた。気のせいではない。男は車を降りると、バルコニーの端のほうにゆっくりと近づいていった。
バルコニーの端に誰か立っていた。
月明りに照らされて、シルエットだけ浮ぶあがっていた。だが、男はそれだけでそれが誰かがわかった。わからないはずないではないか。ふるい映像を何度繰り返して見たか。
頭のおおきなツインテール。肩章を模したデザインのシャツに、短めのスカートのタイトなワンピース。
五百年ほど前の作品であっても、自分は『ハピライバー』の一員のつもりだ。
そこに『ハピネス・ライブ』の黒澤ニンが立っていた。
はにかんだ笑顔。すこし緊張しているのか、頬がいくぶん紅潮している。
「ニン、二コ、ニン」
「ニンちゃん」
彼女の決め台詞を耳にして、男は思わず声をかけた。
黒澤にんがぺこりとお辞儀をした。
「ごめんね。突然、声かけちゃって。でも早くしないと、ライブが始まっちゃうの」
「ライブが?、どこで?」
黒澤にんはバルコニーの端から下をのぞきこんだ。男はそこへ近づいていくと、そうっと下をのぞきこんだ。
そこには光に彩られたコンサート会場があった。
自分のマンションのすぐ下にコンサート会場が?。
男の頭に疑問の種が蒔かれたが、真下から湧きあがってくる地響きのような歓声に、すぐに摘みとられた。
男は興奮に目を輝かせた。黒澤ニンが自分を見つめている。
彼女が両手をそえるようにして彼の手をとった。男の体が歓喜に震えた。今、憧れのニンちゃんに手を握られている。
ふと、むかいのマンションを見ると、すべての部屋に明かりが灯り、住人がみなバルコニーの端に立っているのがわかった。それぞれみな誰かと手を握っていた。男性はもちろん、老人や女性のシルエットもあった。ああ、みんなこのライブを見たいんだな。男は嬉しくなった。
「ねぇ、一緒に行こう」
彼女がおねだりするような甘い声で囁いた。
「うん、いこう」
男は被っていた軍帽をぐっと目深に押し込んだ。
このライブは絶対最高のものになる。
「さあ行くよ」
男はニンちゃんと手をつないで、夜の帳に身を踊らせた。他の部屋の住人たちもほぼ同時にライブへとびこむのが見えた。
最高の夜だ!!。
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