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第一章 最終節 決意

第110話 レディたちを助ける方法がわかった

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 殴れだと!
 パニックを終息させる方法をヤマトから告げられたブライトは、困惑をさらに重ねる気分になった。目の前に喉元をおさえてのたうちまわる春日リンの姿があり、その横ではシートに体を深く沈め、朦朧としているミライもいる。
 確かに客観的にみれば見えない何ものかに襲われているように見えなくもない。だが、さらに部外者として客観視すれば、そんな寸劇にしかみえないに違いない。それに自分も加わり、見えない何者かを殴りつけるふりをするとなれば、それはもう茶番でしかないではないか。
 ブライトは躊躇のうえ、躊躇をした。
 それはほんの一瞬でしかなかったが、自分の心の中ではこの上なく優柔不断のうえでの判断だった。 
 ブライトは腰から下げていた銃をひき抜くと、それをひっくり返して銃身をつかんだ。 仰けになって悶だえ苦しむ春日リンの頭上で、それを思っきりふりまわした。その一撃はただ空を切っただけだった。
 まったくまぬけな姿だ。
 ブライトはおのれの醜態を心の底から呪った。が、兄元に倒れていた春日リンは、大きな咳をすると、咽をおさえながら半身をゆっくりと起こした。
 あたったのか?
 狐につつまれたような気分で握った銃に目をやった。
「リン、大丈夫なのか?」
 リンは大きく息を吸い込みながら、手を前に突き出し、ブライトのことばを制した。息をととのえるまで待って、という合図だった。
「ええ、大丈夫……」
「ありがとう、ブライト」
 ブライトは自分のまぬけな攻撃が奏功したことにホッとした。
「あたっ……たのか?」
「ええ、さすがね。お見事よ」
「その……、レイの母親は消えたのか?」
 春日リンはよろよろと立ちあがりながら、五メートルほど離れた位置にいたアルの足元の方を指さしながら言った。
「いいえ、あそこに吹っ飛んでいったわ」
 ブライトはちらりとその場所に目をやっただけだった。
 どうせ目をこらして見ても何も見えない。
 ブライトはクルーたちの注意をひくために、パンと手を打つなり凜然として叫んだ。
「男ども、聞けぇぇぇ」
 男性クルーたちが驚いた表情で、ブライトのほうに顔をむけた。
「レディたちを助ける方法がわかった!!。今幻影に攻撃されている女性クルーの空間を、どこでもいいから、殴るふりをしてくれ!」
 だが、誰もが言っている意味がわからない様子で、みなポカーンとしたままだった。
 やっぱりな。
 ブライトはつかつかと、椅子のシートの上でぐったりしていたヤシナ・ミライの元へ近寄った。ブライトは先ほどのように銃を逆向きに持つと、台尻をミライのからだの上で思いっきり振りまわした。
 男性クルーたちが、気でもちがったのか、といわんばかりに目をむいた。
「みんな、ばかばかしいと思わないで、おなじようにやってくれ」
 ブライトが声を張ったが、だれも動き出そうとしなかった。
 やはり、簡単にはいかんか……。 
 ブライトはすこし苛立ちながら、もう一度声を張ろうした。その時、ミライがおおきく息をはきだして、からだを動かすのが見えた。
 それを見るなり、ブライトの意図に合点したらしい。
 おのおのが、雄叫びをあげながら、自分のちかくにいる女性クルーの元にむかい、見えない敵を打ち倒そうとしはじめた。
 ブライトはシートから身を起こそうとしているミライの姿をながめながら、ほっと胸をなで下ろした。
 だが、その時、ブライトはある不都合な事実に思いあたった。
 レイの母親をかいま見た女性陣が、今のように直接的に襲われたのなら、カミナアヤトと言葉をかわした自分にも同じことが起こるのではないか。


 その時、自分はどうすればいい、どうふるまえば良いのだろうか。
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