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第一章 第四節 誓い

第88話 だが遅かった。アスカは敵の顔を、正体を見てしまった

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 アスカは自分の血が粟立つのを感じた。これまで経験したことのない恐怖だった。天井に張りついている、という意味が、敵がまともなものではないことを示していた。
「どうすれば……、どうすればいいの?」
 そう訊きながらただの少年が何もできるわけがないと、絶望的な気分も同時に感じていた。武装した精鋭の兵士たちがなすすべもなく殺されたのだ。武器を持たない自分たちにできることなど……ない。
「私が囮になる」
 ふいにレイの声が聞こえた。
「レイ?。どこなの?」
「トレーニングルーム。今、ラウンジ入り口のドアのところにいる」
「じゃあ、はやく逃げなさいよ」
「タケルを助けないといけない」
「あんたぁ、ボカぁ!。どうやって助けるのよ」
「わたし、マルチプル銃を持ってる。それで背後から敵を撃つ。そうしたらふたりとも逃げて」
「ふたりとも……」
 レイが言ったことばの意味を考えて、アスカはゾクリとする事実にいきあたった。 
 今、この今この部屋のどこかに、タケルがあたしと同じ状態でいるということだ。
 アスカは目だけを動かして、周りに映しだされている監視カメラの映像を見渡し、タケルの姿を探そうとした。心藏はバクバクと脈うっていたが、最大限の冷静を保って、慎重に目を這わせていった。おかげで、見つからなかったふたりの兵士の姿を見つけることができた。ひとりは正面のソファの脇、もうひとりは自分の足元、テーブルの下にあった。ゆっくりと視線を自分の足元の方へ向けた。 
 自分の足から数十センチ先に、兵士の頭が転がっていた。
 彼の頭は無念そうな、本当に悔しそうな表情を浮かべていた。首から下は割れた窓から放り出されたのか、テラスの方に散乱しているのが見えた。

 あたしは……
 あたしたちはこうなるわけにはいかない。あと一時間ほどで出撃して亜獣を倒さねばならないのだ。

 死んでる余裕などない。

「タケル。今どこ?」
 アスカはテレパスラインで思念を飛ばした。インフォグラシズは置き忘れてきてしまったが、通信機器だけでも装着していたのが、せめてもの幸運だ。
「場所は言えない」
 タケルからの返事はそっけないものだった。アスカは凍りつく気分で訊いた。
「な、なんで?」
「アスカ、合図をしたら、すぐにその場所から飛びのいて」
「と、とびのくって……、どこに?」
「テーブルの下をくぐり抜けられるかい?」
 アスカは心の中だけで悪態をついた。テーブル下にはすでに先客がいる。悔しそうな表情をしたあの兵士の頭だ。ヤマトの命令は、そこに飛びこめと、いうことだ。
「いいわ、わかった」
 今はどんな要求も拒否できるだけの選択肢を持ちあわせていない。彼女は現状に合わせる覚悟をした。
 その時、むこう正面、部屋の入口側のドアがふいに開いたかと思うと、いきなり機銃の銃撃音が部屋全体に響いた。アスカがハッとしてそちらに体を向けると、そこに機銃を連射するレイがいた。
「アスカ、今だ。飛びこめ」
 すぐさまアスカはテーブルの下に飛びこむように潜り込んだ。
 まだ固まりきれていない血が胸にべたっとついた。撥ねた血がピピッとアスカの顔に赤い点々を散らす。軽がっていた頭が伸ばした手にあたって、レシーブしそこねたボールのように奥へと跳ね飛んでいく。アスカがつき指の痛みに顔をゆがめた。
「アスカ、こっちだ」
 テーブルの下をかいくぐって立ちあがったアスカを奥からタケルが呼んだ。見るとタケルは兵士のジャケットを着ていた。ソファによりかかるように倒れていた兵士はタケルだった。タケルが兵士を装って機会を伺っていたのだとアスカは悟った。

 アスカがタケルの方へ向かおうと足を踏みだそうとした瞬間、うしろに、ドンとなにかが落ちる、いや降りてきた音がした。それに反応したタケルがアスカに銃を向けた。タケルの表情に緊張感を感じとったアスカは、今自分と同じ方向、おそらくうしろにターゲットがいるのだと理解した。つまり、今この瞬間にも自分は先ほどの兵士とおなじ末路を迎えてもおかしくない。ということだ。
 アスカはゆっくりとうしろをふりむいた。
 誰に、いやどんな生物にやられたかもわからずに、死ぬのはごめんだった。
「アスカ、ふりむくな」
 ヤマトのことばが耳をついた。
 
 だが遅かった。アスカは敵の顔を、正体を見てしまった。

 そこに兄、リョウマが立っていた。
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