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第一章 第四節 誓い

第77話 さぁ、生きかえる時間

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 レイは暗闇の中で身じろぎもせず座禅を組んでいた。

 頭の中を無にして、数時間後に迫った亜戦との戦いに集中したいという思いがあったわけではない。パイロット全員が行動範囲を制限されたため、出撃までの時間をわずかでも有意義になるように、費しているにすぎなかった。
 ヤマトを狙う殺人者が基地内をうろついている可能性があるのだから仕方がない。

 集中をたかめて、頭の中を無にするように努力していたレイだったが、母の幻影のことが、どうやってもチラついて集中力が続かなかった。
 前回に続いて再び出現することがあれば、戦いの邪魔をしてくるのは間違いない。
 今度また同じようなことをされたら、前回のように冷たくあしらうことができのだろうか……。どこかで張りつめた糸が切れたら、自分はどういう行動にでるのか想像できない。今度はすみやかに排除するという行動以上のことをするかもしれない。
 幻影相手に、それが具体的にはどんな行為をさすものなのか、自分でもわからなかった。

 目をつぶって心を集中しているレイのうしろに、ぼんやりとした灯りがうかんだ。その灯りに照らしだされるように、レイの背後に青白い手が浮びあがった。
 その手はゆらりと伸ばして、無防備のレイの肩をつかんだ。
 レイはその感触にふっと目をひらくと、ゆっくりとうしろをふりむいた。

 そこに恨めしそうな目をむけ、大きな口をぱくぱくとさせる男の顔があった。呻くように顔をゆがめ、その目はレイに何かを訴えかけているようにも見えた。

 レイはうすぼんやりとした灯りに浮かぶ男の顔をまじまじと見つめていたが、やがて大きく嘆息すると、座禅を組んでいた足をといてすっくと立ちあがった。
 レイが暗がりの中を数歩歩いて壁にいきつくと、壁面に手のひらをすべらせた。
 すると、すーっと室内が明るくなりはじめ、同時に、声が聞こえはじめた。

「ーーーですから、そろそろトレーニングの時間……」
 そこまで言ったところで、レイのうしろに待機していた兵士は自分の大声におどろいて、しゃべるのをやめた。
 レイは兵士を見た。
「そんなふうに肩を叩かれたら、瞑想している意味がないのだけど」
 兵士は真険な顔つきでレイに苦情を言われて、おもわず頭をたれた。
「す、すみません」
「でも、そうでもしないと何も伝わらないものですから」
「当然。瞑想室だから」
「いやあ、ぼく、はじめてだから焦っちゃって……」
「なにを?」
「だって何も見えないし、聞こえないし、外と完全に遮断されて何のデータも入ってこないから、誰とも連絡とれないし……」
 兵士は自分の装備にぶらさがったカラビナフックを揺らして、ジャラッと音をさせた。
「それにこれ……」
「どんな音をたてても聞こえない。自分の声すら聞こえなくなるんですから」
「だってそれが瞑想室」
 レイは壁に貼付された注意書きを手で指ししめした。
 そこにはこの部屋における注意事項が記載されていた。

『この部屋は音波・電波・マイクロ波・光波、電磁波、超音波、放射波、電磁気超伝導粒子波などすべての波形を遮断します。ドアを閉めると外部との一切のコンタクトがとれなくなりますのでご注意下さい』
 
「そ、それはそうですけどーー」
 それだけ言って口をつぐんだ。何を言っても自分がただ一人でバカ騒ぎしただけ、というのに気づいたのだろう。
「いやぁー、こんなとこ閉じこめられたら、死ぬまで行方不明になってしまいますね」
 それを聞いて、レイはふと思った。
 草薙大佐が容疑者が見つからないと漏らしていたが、そのことがどうも気にかかっていた。だが瞑想室の中にいれば、その間は生体チップでの生命維持状況の把握も、ニューロン・ストリーマでの意識共有も、テレパスラインでの脳への直接連絡もできない。
 この部屋のなかにいるのは、AIによる生体管理システムのもとにおいては、死んでいるか、存在しないのも同じ。
 レイは兵士の方を見た。
 この時点でバットーたちからすれば、この人は死人同様なのだ。
 レイが壁に手をおいて、生体認承をすると、ドアが開きはじめた。すぐに、いくばかりかの光と音、そして空気圧によるかすかな空気の動きが感じられた。

「さぁ、生きかえる時間」
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