72 / 1,035
第一章 第四節 誓い
第71話 私には一秒たりとも、連絡がとれない、という状況が許されないのでね
しおりを挟む
「だから何度も言っているでしょ。ぼくは瞑想室にいたって!」
草薙が取調室横に設置されている控室に入っていくと、声を慌げたおとこの声が耳にとびこんできた。本当は取り調べに参加させて欲しいと申し出たのだが、許可されたのは、シークレットガラス越しでの閲覧のみだった。
案内してきたトグサ弟は、おとこの表情が見えやすい正面にある椅子へと草薙を促した。
草薙はシークレットガラス越しに男の顔を見た。25世紀にはめずらしい、すこぶる厳つい顔をしていた。見る人によっては味があるという言い方もできただろうが、一般的にいえば醜男の範疇にはいる顔つきだ。目は細いうえに小さく、鼻は大きくでんと顔の真中に鎮座している上、押しつぶされたように横に広がっている。短髪に切りそろえられた髪形には精悍さはなく、むしろ高圧的な顔だちをさらに際立たせてみせた。
顔などは流行にあわせて、いかようにも整形できるはずなのに、その顔を選択して生きていることが不思議でならない。
「刑事さん。刑事さんは、瞑想室に入ったことないですか?」
取り調べをおこなっているトグサ兄は、目の前のおとこから思ったほどの成果がひきだせないせいか、苛立ちを隠せなくなってきていた。
「いや、ないな」
おとこは、ありえない、とばかりに目を丸くしてみせた。
「刑事さんは、見たこと、聞いたこと、考えたこと、なんでも共有されることに、うんざりしたことないですか?」
「ん、まぁ、なくはないが……」
「瞑想室は、すげー合金使って作られてて、音とか、電波とか……、まぁ、そーいうの何もかも遮断して、完全に一人っきりになれるんですよ」
「ああ聞いたことがある」
「誰からも干渉されない、AIに監視されることもない、勝手に人生のログをとられることもない。中、入ると、自分の声すら打ち消されて、まったく聞こえなくなってしまうんですから」
「ほう。だが、それで何を?」
「癒しですよ。癒し!」
何とも微妙に噛みあわない男と、トグサ兄の会話は聞いていてもしかたがなそうだった。
草薙が途中で切りあげようとすると、トグサ弟がとつぜん話しかけてきた。
「草薙大佐は、瞑想室を利用されたことがありますか?」
「いや」
「私には一秒たりとも、連絡がとれない、という状況が許されないのでね」
「あ、はい……。なるほど……」
トグサ弟は落胆の色をかくせない様子で、何とも間の抜けた返答をしてきた。どうやら顔に似合わず、狭い空間に他人といて沈黙を保つことに耐えられないタイプらしい。
草薙は意気消沈した表情の、トグサ弟に声をかけた。
「トグサ中佐。もう一人容疑者がいたと思ったんですが……」
「ああ。防磁ヘッドギアをつけていた男ですね」
「防磁ヘッドギア?」
草薙が反芻した。その反応に、あわててトグサ弟が言い直した。
「犯行時刻に生体ビーコンが消えたっていう男なんですが、電波や超電磁波を遮断する簡易ヘッドギアをつけていて一時的に、居場所が特定できなくなったって、ことらしいです」
「で、その男は何のためにそんなものを?」
「浮気ですよ。まだ日も落ちてないってーのに、どっかの男のかみさんと、しけこんでいたらしいです。しかも勤務時間中にですよ」
「まぁ、仕事を趣味や生き甲斐のひとつ、と考えているヤツもいますから……いや、まぁ。でも、俺は違いますけどね」
トグサ弟の、自分はしっかりとした職業人である、というアピールが面倒臭かったので、草薙はすぐに次の質問をした。
「で、おんなの方も?」
「あ、えっ、どういう?」
「おんなのほうも、ヘッドギアをつけていたの?」
「えぇ、まぁ。そうらしいです」
草薙の頭に、裸の男女が奇天烈なヘッドギアを着けたまま、よろしくやっている姿が浮かんだ。草薙はその姿で興奮できることに少なからず驚きを隠せなかった。
「で、容疑は晴れたの?」
「あ、はい。完全なアリバイがありました」
「となると、容疑者はいまだ行方不明の病理研究所の所長だけか」
トグサ弟がおどろきを隠せない様子で、シークレットミラーの向こうの取調べ中の男のほうをさししめした。
「あの男は容疑者じゃないと?」
「あれが手際よく人を殺すような男に見える?」
「あの腕っぷしをみなさい」
トグサは草薙に促されて、男の隆々ともりあがった腕を見た。
「トグサ中佐。あなたと同じタイプのマッチョマン。もし人を殺すとしたら、その腕っぷしを見せつけるように『撲殺』を選ぶでしょ」
トグサが妙に納得したという顔をむけた。
その時、ドアをノックする音がして、取調室にひとりの兵士が入ってきた。兵士は容疑者から隠すようにして、取調中のトグサ兄にペーパー端末を見せながら、耳元で何かを囁いていた。それを聞いているトグサ兄の顔がみるみる沈んでいく。どうやらポジティブな情報ではないらしい。
トグサ兄はゆっくりと立ちあがると、目の前の容疑者に丁重に頭を下げ、退室を促していた。トグサ弟はそれをじっと見守っていたが、そのあいだに連絡があったのだろう。突然、トグサ弟が草薙のほうへ向きなおると、姿勢を正してから言った。
「草薙大佐、犯行現場で採取された体液から、犯人の性別が判明しました」
「女です」
それを聞いた草薙は、かしこまったトグサ弟の肩をぽんぽん叩いて「イズミ・シンイチのヒアリングの時には、取り調べに立ち合わせてほしい」と言うと、部屋を出ていった。
草薙が取調室横に設置されている控室に入っていくと、声を慌げたおとこの声が耳にとびこんできた。本当は取り調べに参加させて欲しいと申し出たのだが、許可されたのは、シークレットガラス越しでの閲覧のみだった。
案内してきたトグサ弟は、おとこの表情が見えやすい正面にある椅子へと草薙を促した。
草薙はシークレットガラス越しに男の顔を見た。25世紀にはめずらしい、すこぶる厳つい顔をしていた。見る人によっては味があるという言い方もできただろうが、一般的にいえば醜男の範疇にはいる顔つきだ。目は細いうえに小さく、鼻は大きくでんと顔の真中に鎮座している上、押しつぶされたように横に広がっている。短髪に切りそろえられた髪形には精悍さはなく、むしろ高圧的な顔だちをさらに際立たせてみせた。
顔などは流行にあわせて、いかようにも整形できるはずなのに、その顔を選択して生きていることが不思議でならない。
「刑事さん。刑事さんは、瞑想室に入ったことないですか?」
取り調べをおこなっているトグサ兄は、目の前のおとこから思ったほどの成果がひきだせないせいか、苛立ちを隠せなくなってきていた。
「いや、ないな」
おとこは、ありえない、とばかりに目を丸くしてみせた。
「刑事さんは、見たこと、聞いたこと、考えたこと、なんでも共有されることに、うんざりしたことないですか?」
「ん、まぁ、なくはないが……」
「瞑想室は、すげー合金使って作られてて、音とか、電波とか……、まぁ、そーいうの何もかも遮断して、完全に一人っきりになれるんですよ」
「ああ聞いたことがある」
「誰からも干渉されない、AIに監視されることもない、勝手に人生のログをとられることもない。中、入ると、自分の声すら打ち消されて、まったく聞こえなくなってしまうんですから」
「ほう。だが、それで何を?」
「癒しですよ。癒し!」
何とも微妙に噛みあわない男と、トグサ兄の会話は聞いていてもしかたがなそうだった。
草薙が途中で切りあげようとすると、トグサ弟がとつぜん話しかけてきた。
「草薙大佐は、瞑想室を利用されたことがありますか?」
「いや」
「私には一秒たりとも、連絡がとれない、という状況が許されないのでね」
「あ、はい……。なるほど……」
トグサ弟は落胆の色をかくせない様子で、何とも間の抜けた返答をしてきた。どうやら顔に似合わず、狭い空間に他人といて沈黙を保つことに耐えられないタイプらしい。
草薙は意気消沈した表情の、トグサ弟に声をかけた。
「トグサ中佐。もう一人容疑者がいたと思ったんですが……」
「ああ。防磁ヘッドギアをつけていた男ですね」
「防磁ヘッドギア?」
草薙が反芻した。その反応に、あわててトグサ弟が言い直した。
「犯行時刻に生体ビーコンが消えたっていう男なんですが、電波や超電磁波を遮断する簡易ヘッドギアをつけていて一時的に、居場所が特定できなくなったって、ことらしいです」
「で、その男は何のためにそんなものを?」
「浮気ですよ。まだ日も落ちてないってーのに、どっかの男のかみさんと、しけこんでいたらしいです。しかも勤務時間中にですよ」
「まぁ、仕事を趣味や生き甲斐のひとつ、と考えているヤツもいますから……いや、まぁ。でも、俺は違いますけどね」
トグサ弟の、自分はしっかりとした職業人である、というアピールが面倒臭かったので、草薙はすぐに次の質問をした。
「で、おんなの方も?」
「あ、えっ、どういう?」
「おんなのほうも、ヘッドギアをつけていたの?」
「えぇ、まぁ。そうらしいです」
草薙の頭に、裸の男女が奇天烈なヘッドギアを着けたまま、よろしくやっている姿が浮かんだ。草薙はその姿で興奮できることに少なからず驚きを隠せなかった。
「で、容疑は晴れたの?」
「あ、はい。完全なアリバイがありました」
「となると、容疑者はいまだ行方不明の病理研究所の所長だけか」
トグサ弟がおどろきを隠せない様子で、シークレットミラーの向こうの取調べ中の男のほうをさししめした。
「あの男は容疑者じゃないと?」
「あれが手際よく人を殺すような男に見える?」
「あの腕っぷしをみなさい」
トグサは草薙に促されて、男の隆々ともりあがった腕を見た。
「トグサ中佐。あなたと同じタイプのマッチョマン。もし人を殺すとしたら、その腕っぷしを見せつけるように『撲殺』を選ぶでしょ」
トグサが妙に納得したという顔をむけた。
その時、ドアをノックする音がして、取調室にひとりの兵士が入ってきた。兵士は容疑者から隠すようにして、取調中のトグサ兄にペーパー端末を見せながら、耳元で何かを囁いていた。それを聞いているトグサ兄の顔がみるみる沈んでいく。どうやらポジティブな情報ではないらしい。
トグサ兄はゆっくりと立ちあがると、目の前の容疑者に丁重に頭を下げ、退室を促していた。トグサ弟はそれをじっと見守っていたが、そのあいだに連絡があったのだろう。突然、トグサ弟が草薙のほうへ向きなおると、姿勢を正してから言った。
「草薙大佐、犯行現場で採取された体液から、犯人の性別が判明しました」
「女です」
それを聞いた草薙は、かしこまったトグサ弟の肩をぽんぽん叩いて「イズミ・シンイチのヒアリングの時には、取り調べに立ち合わせてほしい」と言うと、部屋を出ていった。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
❤️レムールアーナ人の遺産❤️
apusuking
SF
アランは、神代記の伝説〈宇宙が誕生してから40億年後に始めての知性体が誕生し、更に20億年の時を経てから知性体は宇宙に進出を始める。
神々の申し子で有るレムルアーナ人は、数億年を掛けて宇宙の至る所にレムルアーナ人の文明を築き上げて宇宙は人々で溢れ平和で共存共栄で発展を続ける。
時を経てレムルアーナ文明は予知せぬ謎の種族の襲来を受け、宇宙を二分する戦いとなる。戦争終焉頃にはレムルアーナ人は誕生星系を除いて衰退し滅亡するが、レムルアーナ人は後世の為に科学的資産と数々の奇跡的な遺産を残した。
レムールアーナ人に代わり3大種族が台頭して、やがてレムルアーナ人は伝説となり宇宙に蔓延する。
宇宙の彼方の隠蔽された星系に、レムルアーナ文明の輝かしい遺産が眠る。其の遺産を手にした者は宇宙を征するで有ろ。但し、辿り付くには3つの鍵と7つの試練を乗り越えねばならない。
3つの鍵は心の中に眠り、開けるには心の目を開いて真実を見よ。心の鍵は3つ有り、3つの鍵を開けて真実の鍵が開く〉を知り、其の神代記時代のレムールアーナ人が残した遺産を残した場所が暗示されていると悟るが、闇の勢力の陰謀に巻き込まれゴーストリアンが破壊さ
CREATED WORLD
猫手水晶
SF
惑星アケラは、大気汚染や森林伐採により、いずれ人類が住み続けることができなくなってしまう事がわかった。
惑星アケラに住む人類は絶滅を免れる為に、安全に生活を送れる場所を探す事が必要となった。
宇宙に人間が住める惑星を探そうという提案もあったが、惑星アケラの周りに人が住めるような環境の星はなく、見つける前に人類が絶滅してしまうだろうという理由で、現実性に欠けるものだった。
「人間が住めるような場所を自分で作ろう」という提案もあったが、資材や重力の方向の問題により、それも現実性に欠ける。
そこで科学者は「自分達で世界を構築するのなら、世界をそのまま宇宙に作るのではなく、自分達で『宇宙』にあたる空間を新たに作り出し、その空間で人間が生活できるようにすれば良いのではないか。」と。
もうダメだ。俺の人生詰んでいる。
静馬⭐︎GTR
SF
『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。
(アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)
MMS ~メタル・モンキー・サーガ~
千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』
洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。
その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。
突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。
その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!!
機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!
学園都市型超弩級宇宙戦闘艦『つくば』
佐野信人
SF
学園都市型超弩級宇宙戦闘艦『つくば』の艦長である仮面の男タイラーは、とある病室で『その少年』の目覚めを待っていた。4000年の時を超え少年が目覚めたとき、宇宙歴の物語が幕を開ける。
少年を出迎えるタイラーとの出会いが、遥かな時を超えて彼を追いかけて来た幼馴染の少女ミツキとの再会が、この時代の根底を覆していく。
常識を常識で覆す遥かな未来の「彼ら」の物語。避けようのない「戦い」と向き合った時、彼らは彼らの「日常」でそれを乗り越えていく。
彼らの敵は目に見える確かな敵などではなく、その瞬間を生き抜くという事実なのだった。
――――ただひたすらに生き残れ!
※小説家になろう様、待ラノ様、ツギクル様、カクヨム様、ノベルアップ+様、エブリスタ様、セルバンテス様、ツギクル様、LINEノベル様にて同時公開中
幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ
黒陽 光
SF
その日、1973年のある日。空から降りてきたのは神の祝福などではなく、終わりのない戦いをもたらす招かれざる来訪者だった。
現れた地球外の不明生命体、"幻魔"と名付けられた異形の怪異たちは地球上の六ヶ所へ巣を落着させ、幻基巣と呼ばれるそこから無尽蔵に湧き出て地球人類に対しての侵略行動を開始した。コミュニケーションを取ることすら叶わぬ異形を相手に、人類は嘗てない絶滅戦争へと否応なく突入していくこととなる。
そんな中、人類は全高8mの人型機動兵器、T.A.M.S(タムス)の開発に成功。遂に人類は幻魔と対等に渡り合えるようにはなったものの、しかし戦いは膠着状態に陥り。四十年あまりの長きに渡り続く戦いは、しかし未だにその終わりが見えないでいた。
――――これは、絶望に抗う少年少女たちの物語。多くの犠牲を払い、それでも生きて。いなくなってしまった愛しい者たちの遺した想いを道標とし、抗い続ける少年少女たちの物語だ。
表紙は頂き物です、ありがとうございます。
※カクヨムさんでも重複掲載始めました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる