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第一章 第四節 誓い
第65話 ヤマトタケルが死ぬ寸前にねがったものは、ちっぽけなものだった
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「ヤマトタケル」
彼はこの名前が世界一嫌いだった。
「ミリオン・マーダラー」と世界百億人全員から忌み嫌われているこの名前は、呪いたくなることに自分の本名とおなじだった。
もちろん漢字はちがっていたが、誰がその違いに頓着するだろうか。
ありがたいことに、脳内の生体認証チップと「個人名保護法」のおかげで本名を名乗らずに済んでいる。今では「通り名」を使っているが、たまに「ヤマトタケル」という名前が会話のなかで飛び出してきた時は、心穏やかでいられない。
「ヤ・マ・ト・タ・ケ・ル」というこの六つの音の響きが、人々の口の端にのぼるときは、糾弾、誹謗、怨恨、敵意などがともなう感情的になる話題なときだけ……。
それも、老若男女、人種や国や宗教を問わず、すべての人々においてだ。
彼が国連軍基地に職を求めたのは、ここだけは、この名前に拒否反応がないからだろうという思いだった。職員向けの食堂という瑣末な仕事ではあったが、ここだけは誰も「ヤ・マ・ト・タ・ケ・ル」という六音を発音するとき、ネガティブな感情をこめることはない。もちろん、ポジティブな意味合いで発するものは少数ではあったが、それでもありがたかった。
昨日、そのヤマトタケルが出撃したというニュースがあったので、彼は早退することにした。こういう時はこの職場であっても、嫌な思いをすることが往々にしてあった。
彼は人目を避けるために、ひと気のすくない人工森のなかを抜けることにした。
「ヤマトタケルか?」
ふいに頭のなかで声がした。その声は彼にはまったく聞き覚えがないものだった。だが、見知らぬ誰かが自分の本名を知っている。彼はゾクリとして思わず足を速めた。これは相手にしてはならないヤツだ、と本能が警鐘を鳴らしていた。
「ヤマトタケルか?」
声がもう一度、訊いてきた。
彼はそれを大声で否定しようとしたが、咽から声が出て行こうとしなかった。でてきたのは、ごぼごぼという泡のような音。その音ともに咽から空気が抜けていく。あわてて自分の胸元をみると、服が血だらけになっていた。生暖かい血が、みるみるうちに白いシャツを赤く染めていく。
彼は自分が首を切られたことに気づいた。
逃げようとしたが、すでにからだは力をうしない、地面に崩れ落ちていた。
彼は思考回路を開いて、ニューロンストリーマをだれかと同調させようと試みた。だが、近くに誰もいないのか、願ったような反応は返ってこなかった。
うすれゆく意識のなかで、彼は知人にむけて、テレパスラインを送った。
間に合わないのはわかっていた。もう助からない。
でも、誰でもいいから、せめて今日のうちに発見してほしかった。
あしたは朝から雨を降らせる降雨予定日だ。
今日中に見つけてもらえなければ、誰にも知られずに、ずっと雨にうたれ続けことになる。
だから、早くぼくを見つけて……。
彼の、もうひとりのヤマトタケルの、死ぬ寸前に希ったものは、そんな、ちっぽけなものだった。
彼はこの名前が世界一嫌いだった。
「ミリオン・マーダラー」と世界百億人全員から忌み嫌われているこの名前は、呪いたくなることに自分の本名とおなじだった。
もちろん漢字はちがっていたが、誰がその違いに頓着するだろうか。
ありがたいことに、脳内の生体認証チップと「個人名保護法」のおかげで本名を名乗らずに済んでいる。今では「通り名」を使っているが、たまに「ヤマトタケル」という名前が会話のなかで飛び出してきた時は、心穏やかでいられない。
「ヤ・マ・ト・タ・ケ・ル」というこの六つの音の響きが、人々の口の端にのぼるときは、糾弾、誹謗、怨恨、敵意などがともなう感情的になる話題なときだけ……。
それも、老若男女、人種や国や宗教を問わず、すべての人々においてだ。
彼が国連軍基地に職を求めたのは、ここだけは、この名前に拒否反応がないからだろうという思いだった。職員向けの食堂という瑣末な仕事ではあったが、ここだけは誰も「ヤ・マ・ト・タ・ケ・ル」という六音を発音するとき、ネガティブな感情をこめることはない。もちろん、ポジティブな意味合いで発するものは少数ではあったが、それでもありがたかった。
昨日、そのヤマトタケルが出撃したというニュースがあったので、彼は早退することにした。こういう時はこの職場であっても、嫌な思いをすることが往々にしてあった。
彼は人目を避けるために、ひと気のすくない人工森のなかを抜けることにした。
「ヤマトタケルか?」
ふいに頭のなかで声がした。その声は彼にはまったく聞き覚えがないものだった。だが、見知らぬ誰かが自分の本名を知っている。彼はゾクリとして思わず足を速めた。これは相手にしてはならないヤツだ、と本能が警鐘を鳴らしていた。
「ヤマトタケルか?」
声がもう一度、訊いてきた。
彼はそれを大声で否定しようとしたが、咽から声が出て行こうとしなかった。でてきたのは、ごぼごぼという泡のような音。その音ともに咽から空気が抜けていく。あわてて自分の胸元をみると、服が血だらけになっていた。生暖かい血が、みるみるうちに白いシャツを赤く染めていく。
彼は自分が首を切られたことに気づいた。
逃げようとしたが、すでにからだは力をうしない、地面に崩れ落ちていた。
彼は思考回路を開いて、ニューロンストリーマをだれかと同調させようと試みた。だが、近くに誰もいないのか、願ったような反応は返ってこなかった。
うすれゆく意識のなかで、彼は知人にむけて、テレパスラインを送った。
間に合わないのはわかっていた。もう助からない。
でも、誰でもいいから、せめて今日のうちに発見してほしかった。
あしたは朝から雨を降らせる降雨予定日だ。
今日中に見つけてもらえなければ、誰にも知られずに、ずっと雨にうたれ続けことになる。
だから、早くぼくを見つけて……。
彼の、もうひとりのヤマトタケルの、死ぬ寸前に希ったものは、そんな、ちっぽけなものだった。
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