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第一章 第四節 誓い
第64話 あんな兄は見たくないわ。いっそ死んでくれればいいのよ
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武骨な顔だちをした見慣れない制服を着た男が起立した。
「自分は日本国防軍陸軍東日本方面師団長 シン・フィールズ中将です」
さりげなく着座していた人物が、驚くほどの高官であったことで、その場にいた面々の多くのあいだにわずかに緊張した空気が走った。フィールズ中将はそれを察して、手のひらを前にだして、気にするな、というサインを送ってきた。
ヤマトは、しょせんブライトと同格、現場指揮官として最高位、程度、という認識だったので、萎縮するなどおよびもつかなかったが、どういう人間であるか、ということには少々興味が湧いた。
まず最初の印象で『威厳』というレッテルを貼ってみた。軍人の職務をまっとうする、指示を命がけで死守するという頑迷さが顔に色濃く出ていた。だが、その目は凛と澄み切っていて、やさしい印象を与える。腹をわって話してみると案外、柔軟な思考の持ち主で、人好きするような性格なのではないか、と思われた。『豪放磊落』などという、とても古くさい、男らしさ、がそこにあった。
「ブライト司令、基本的な質問があります」
見ると、アイダ李子が挙手していた。
「日本国防軍の中将が援軍に加わる、というのはとても心強いのですが、あの亜獣はこちら側にある兵器ではキズひとつ付けられなかったのではないでしょうか?」
「アイダ先生の疑問はもっともだ。だが、今回は違う」
ブライトのあまりにも自信ありげな表情に、ヤマトは目をみはった。
「前回の戦いで『移行領域』の膜がひらく瞬間を狙えば、我々の兵器でも亜獣に対抗できることが証明されたんだ。だから、その瞬間を作り出しさえすれば、国防軍の兵器で攻撃することができる」
「すみませんが……、ブライト司令。司令は大事なことを忘れてないかい」
いつのまにか、アルが遠慮がちに挙手していた。
「大事なこと?」
「差し出がましい話しですが、あの亜獣、アトンは背中の甲羅と首のあいだに弱点がある、って聞いてます。国防軍の攻撃がいくら凄くても、そんな難易度が高い部分をピンポイントで攻撃できるとは……」
「それなら、問題ありません」
アルのことばを遮るように、エドが横から口をはさんだ。
「前回、狙った亜獣アトンの弱点は、デミリアンの武器を使った場合が前提なんです。だって、剣と槍と薙刀ですよ」
「そんな非力な武器で倒そうっていうんです。弱点を狙うしか方法がないじゃないですか」
「もっと力のある兵器を使えるなら、弱点は関係ないというの?」
春日リンが疑い深い口調で、エドに言った。
「もちろんです」
「相手が『移行領域』のむこうにいて、攻撃が当たらないから倒せないだけなんです。当りさえすれば、生き物ごときが25世紀の最新兵器の前に太刀打ちできるわけがない」
「あら、亜獣の専門家だから、ちょっとは亜獣に肩入れするかと思ったけど?」
リンの指摘にエドがしどろもどろになった。
「あ、いや、まぁ……。でも、亜獣は駆逐の対象ですから」
ヤマトは会議室の雰囲気が和らいだのを感じた。どういう形であっても、亜獣を倒せる可能性がでてきたのは、ヤマトとしても嬉しいことだった。だが、そのなかに重要なファクターが抜け落ちているのを感じて、控えめに挙手した。
「なんだ、ヤマト。問題でもあるというのか」
ブライトが食ってかかるような口調で、ヤマトのしぐさに答えた。
「いえ。亜獣アトンについては……」
ヤマトはわざとアスカのほうへ目をむけて言った。
「亜獣プルートゥへは、どういう作戦が?」
会議室内にふたたび、不安げな雰囲気がもたげてきたのがわかった。なかでもアスカは、特に厳しい目つきをヤマトのほうへ向けてきた。
「いや、それは従来通り……、デミリアンで……」
エドが小さな声でそれに答え始めると、アスカがドンと机を叩いてそれを遮った。
「あたしが、殺ってやるわよ」
その剣幕に会議室の空気がぴりっと震えた。
ヤマトはシン・フィールズ中将に目をむけた。フィールズ中将は顔色ひとつ変えず、その様子を興味深そうに傍観していた。その横にいるブライトが、フィールズ中将の手前、アスカを叱りつけられずに、悶々と手をつけあぐねている姿とは対照的だ。
いまのは自分が巻いた種だとも言えるので、ヤマトはブライトに代わって、この場を収束することにした。
「アスカ、君には無理だ」
「えぇ、わたしも無理だと思う」
ヤマトの否定する発言に、それまで口をつぐんでいたレイが追従してきた。実兄の始末を焚きつけた、朝方の発言とは真逆の意見だ。
ヤマトとレイに自分の決意表明を否定されて、アスカが眉根をよせて、ヤマトを睨みつけなにか言いたげにしていたが、突然、ふっと力をぬいてドンと椅子に座った。
「あんな兄は見たくないわ。いっそ死んでくれればいいのよ」
ブライトがやれやれという顔つきで、ことさらおおきく嘆息した。ヤマトは、隣にいるシン・フィールド中将への、わざとらしいアピールだとみてとった。おそらく、こんなに手のかかる連中を指揮しているんですよ、というところだろう。
姑息なブライトらしい。
ブライトはさきほどまでの、前向きな会議室の雰囲気を取り戻そうとでもするつもりなのか、声を張ってエドに声をかけた。
「では、エド、作戦を聞かせてくれ」
エドが珍しく自信ありげな顔つきで立ちあがった。
ヤマトは顔をしかめた。
エドがこのように顔に力がみなぎっている時は、たいてい話が冗漫で長くなると相場が決まっていた。そのことを熟知している春日リンもおなじことを察知して、天井に顔をむけて軽くため息をついた。エドは空中に作戦書らしきものを表示しようとしたが、誤って文書をスクロールさせてしまった。数十ページものデータが勢いよく、画面の上をすべっていく。
ヤマトはリン同様に天井をみあげて嘆息した。
予想通りなのはまちがいない。また遅い昼飯をとるはめになりそうだった。
「自分は日本国防軍陸軍東日本方面師団長 シン・フィールズ中将です」
さりげなく着座していた人物が、驚くほどの高官であったことで、その場にいた面々の多くのあいだにわずかに緊張した空気が走った。フィールズ中将はそれを察して、手のひらを前にだして、気にするな、というサインを送ってきた。
ヤマトは、しょせんブライトと同格、現場指揮官として最高位、程度、という認識だったので、萎縮するなどおよびもつかなかったが、どういう人間であるか、ということには少々興味が湧いた。
まず最初の印象で『威厳』というレッテルを貼ってみた。軍人の職務をまっとうする、指示を命がけで死守するという頑迷さが顔に色濃く出ていた。だが、その目は凛と澄み切っていて、やさしい印象を与える。腹をわって話してみると案外、柔軟な思考の持ち主で、人好きするような性格なのではないか、と思われた。『豪放磊落』などという、とても古くさい、男らしさ、がそこにあった。
「ブライト司令、基本的な質問があります」
見ると、アイダ李子が挙手していた。
「日本国防軍の中将が援軍に加わる、というのはとても心強いのですが、あの亜獣はこちら側にある兵器ではキズひとつ付けられなかったのではないでしょうか?」
「アイダ先生の疑問はもっともだ。だが、今回は違う」
ブライトのあまりにも自信ありげな表情に、ヤマトは目をみはった。
「前回の戦いで『移行領域』の膜がひらく瞬間を狙えば、我々の兵器でも亜獣に対抗できることが証明されたんだ。だから、その瞬間を作り出しさえすれば、国防軍の兵器で攻撃することができる」
「すみませんが……、ブライト司令。司令は大事なことを忘れてないかい」
いつのまにか、アルが遠慮がちに挙手していた。
「大事なこと?」
「差し出がましい話しですが、あの亜獣、アトンは背中の甲羅と首のあいだに弱点がある、って聞いてます。国防軍の攻撃がいくら凄くても、そんな難易度が高い部分をピンポイントで攻撃できるとは……」
「それなら、問題ありません」
アルのことばを遮るように、エドが横から口をはさんだ。
「前回、狙った亜獣アトンの弱点は、デミリアンの武器を使った場合が前提なんです。だって、剣と槍と薙刀ですよ」
「そんな非力な武器で倒そうっていうんです。弱点を狙うしか方法がないじゃないですか」
「もっと力のある兵器を使えるなら、弱点は関係ないというの?」
春日リンが疑い深い口調で、エドに言った。
「もちろんです」
「相手が『移行領域』のむこうにいて、攻撃が当たらないから倒せないだけなんです。当りさえすれば、生き物ごときが25世紀の最新兵器の前に太刀打ちできるわけがない」
「あら、亜獣の専門家だから、ちょっとは亜獣に肩入れするかと思ったけど?」
リンの指摘にエドがしどろもどろになった。
「あ、いや、まぁ……。でも、亜獣は駆逐の対象ですから」
ヤマトは会議室の雰囲気が和らいだのを感じた。どういう形であっても、亜獣を倒せる可能性がでてきたのは、ヤマトとしても嬉しいことだった。だが、そのなかに重要なファクターが抜け落ちているのを感じて、控えめに挙手した。
「なんだ、ヤマト。問題でもあるというのか」
ブライトが食ってかかるような口調で、ヤマトのしぐさに答えた。
「いえ。亜獣アトンについては……」
ヤマトはわざとアスカのほうへ目をむけて言った。
「亜獣プルートゥへは、どういう作戦が?」
会議室内にふたたび、不安げな雰囲気がもたげてきたのがわかった。なかでもアスカは、特に厳しい目つきをヤマトのほうへ向けてきた。
「いや、それは従来通り……、デミリアンで……」
エドが小さな声でそれに答え始めると、アスカがドンと机を叩いてそれを遮った。
「あたしが、殺ってやるわよ」
その剣幕に会議室の空気がぴりっと震えた。
ヤマトはシン・フィールズ中将に目をむけた。フィールズ中将は顔色ひとつ変えず、その様子を興味深そうに傍観していた。その横にいるブライトが、フィールズ中将の手前、アスカを叱りつけられずに、悶々と手をつけあぐねている姿とは対照的だ。
いまのは自分が巻いた種だとも言えるので、ヤマトはブライトに代わって、この場を収束することにした。
「アスカ、君には無理だ」
「えぇ、わたしも無理だと思う」
ヤマトの否定する発言に、それまで口をつぐんでいたレイが追従してきた。実兄の始末を焚きつけた、朝方の発言とは真逆の意見だ。
ヤマトとレイに自分の決意表明を否定されて、アスカが眉根をよせて、ヤマトを睨みつけなにか言いたげにしていたが、突然、ふっと力をぬいてドンと椅子に座った。
「あんな兄は見たくないわ。いっそ死んでくれればいいのよ」
ブライトがやれやれという顔つきで、ことさらおおきく嘆息した。ヤマトは、隣にいるシン・フィールド中将への、わざとらしいアピールだとみてとった。おそらく、こんなに手のかかる連中を指揮しているんですよ、というところだろう。
姑息なブライトらしい。
ブライトはさきほどまでの、前向きな会議室の雰囲気を取り戻そうとでもするつもりなのか、声を張ってエドに声をかけた。
「では、エド、作戦を聞かせてくれ」
エドが珍しく自信ありげな顔つきで立ちあがった。
ヤマトは顔をしかめた。
エドがこのように顔に力がみなぎっている時は、たいてい話が冗漫で長くなると相場が決まっていた。そのことを熟知している春日リンもおなじことを察知して、天井に顔をむけて軽くため息をついた。エドは空中に作戦書らしきものを表示しようとしたが、誤って文書をスクロールさせてしまった。数十ページものデータが勢いよく、画面の上をすべっていく。
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