上 下
58 / 1,035
第一章 第三節 幻影

第57話 もし持ちこたえきれなかったら、レイはそれまでのパイロットだった、ということだよ」

しおりを挟む
 レイが亜獣アトンの背中に隠された大きな尾っぽに打擲され、地面にたたき伏せられたのを、司令室のモニタで見せつけられたブライトは、ことばをうしなった。またしても、こちらの先入観がピンチを招いた、と感じた。
「エド、この尻尾の武器には気づかなかったのか!」
 いくぶん腹立ちまぎれの気持ちで、エドを怒鳴りつけた。エドはすでにアトンの体内スキャン3D映像を指でこね繰り回していた。
「エド!!」
 ブライトが声を荒げる。
 エドは声がひっくりかえりそうなほど、あわてて言った。
「あ、いえ、前回出現時にはあんなものありませんでした。3Dスキャンでも、サーモデータのどちらにもないです」
 リンが口をはさむ。
「じゃあ、あれはあらたに生えたものだっていうの?」
「ばかな。逃がしたあとに進化したというのか」
 ブライトは唇を噛みしめた。甲虫とおなじような羽根と飛び方をするので、おなじような構造をしているだろうという思い込み。長足の進化をしたり、ほかの個体と融合することなど、頭をかすめもしない思い上がり。
 カメラが、亜獣アトンの鈍重で獰猛な針が、倒れているセラ・サターンに再度襲いかかるのを捉えた。
「レイ!」
 ブライトが思わず声をあげた。
 横たわったまま腕を上に挙げて、レイは万布の盾で針の直撃を防いだ。だが、尾っぽの威力は凄まじく、盾の上からの衝撃で、セラ・サターンのからだを地面にめり込ませた。
『この攻撃を受け続けたら、もたない』
 ブライトはヤマトの助けを請うた。
「ヤマト、レイが危ない!」


  ------------------------------------------------------------

 あともうすこし、切っ先をずらすだけで雌雄は決する。
 たった数十センチ刃先を傾ければ終わりなのだ。ヤマトはぐっと奥歯を噛みしめた。
 だが、プルートゥの力は予想外に強かった。刀をもつ腕をつかまれたまま、どんなに力をこめてもピクリとも動かなかった。おもわず口からことばが漏れる。
「くそぉ、リョウマぁぁぁ……」
 ヤマトは、サブモニタにある、プルートゥのコックピットの内部に向けられた映像に目をむけた。映像は薄暗い室内にフォーカスしていき、徐々にはっきりと見えてきた。
 室内には細い糸状の血管や神経のような器官の一部に見えるものが、網状に張り巡らされていた。その一部はマンゲツの刃によって薙ぎ払われ、すでに機能はしていないことがわかった。だが、真ん中に鎮座しているおおきな物体だけは、青白い光につつまれて全体が脈打っている。
 これの部位さえ破壊できれば、すべてが終わる。
 ヤマトはハッとした。それは驚いたことにまだ人間の形をしていた。
 これはどう解釈すればいいのか……。もう手の施しようがないはずだ。それは疑う余地はない。だが、リョウマの痕跡が色濃く残ったこの姿をみれば、ヤマト自身でさえ、もしかすると……、という期待が湧いてくるのは否定できなかった。
 司令部の面々やアスカがこれを見れば決意が揺らぐ可能性がある。
 いますぐそんな希望は断ち切らねば、とヤマトは心に決めた。なにがなんでも、ここで幕引きをしてやる、という決意に、マンゲツが手にしたサムライソードに力がこもった。
「マンゲツぅぅぅ……、力を貸せえぇぇぇぇ」
 マンゲツのからだに青い光が走り、刃先にむかって勢いよく集まりはじめる。
「刀が動かせないなら、切っ先を大きくしてやるだけだ」
 青い光が集まりはじめた刃先部分が、徐々に肉厚に膨らみはじめた。シートに座っているリョウマの首筋めがけて、ゆっくりとそれが迫り出し、近づいていく。
「もっとだ!」
 ヤマトがマンゲツにむかって叫んだ時、ブライトの声が聞こえた。
「ヤマト、レイが危ない!」
 ヤマトは軽く舌打ちして、ちらりと正面モニタに目をくれた。そこに亜獣アトンの攻撃を受けて、なすすべもなく地面に組み敷かれているセラ・サターンの姿があった。
「ブライトさん、もうすこしなんだ!」
「ヤマト、レイはもう限界だ」
「こっちを始末してからだ」
「貴様ぁ、これは命令だ」
 モニタのむこうのブライトの怒りが伝わってきた。
「もし持ちこたえきれなかったら、レイはそれまでのパイロットだった、ということだよ」
「なにを言ってるの、タケル」
 ヤマトのことばに噛みついたのは、ブライトではなく、リンだった。
「リンさん、邪魔しないで」
「レイが、レイが危ないのよ」
「わかってるよ!」
 ヤマトは声を荒げた。このやりとりで集中力を欠いてしまい、サムライソードの刃の厚みがふやせずにいる。ちらりとレイ側の映像を見た。レイのセラ・サターンはアトンが上から振り降ろしてくる尻尾の強烈な攻撃を、万布の盾を掲げて必死で受けていた。遠目にみても受けるのが精一杯だというのがすぐにわかったし、あれを一撃でも受け損ねたら、ただでは済まないという状況も理解できた。
 だが、ヤマトはレイを救うことよりも、この目の前のリョウマを、亜獣プルートゥを倒すことを選択した。
 集中しろ!。
 その時、レイを映しているモニタのなかで、あれほど容赦のない攻撃を繰り返していた亜獣アトンがうごきをとめたのが見えた。と思う間もなく、羽根の上の繊毛せんもうが起立し、おびただしい数の針が空にむけて放たれたれるのがわかった。 
『まずい!』
 ヤマトはその状況をすぐさま理解した。
「マンゲツ!。頼む、あとすこしだ」
 だが、マンゲツの頭から、表皮を這うように刃先にむかっていく青い光は、ヤマトの期待には応えてくれようとしなかった。さきほどよりスピードは遅くなり、またたきが弱くなっている。
 ヤマトの焦りが募る。
 プルートゥのコックピット内にフォーカスしている映像を見る。
 厚みを増したサムライソードの切っ先は、リョウマの首筋をしっかりととらえていた。刃先がリョウマの首に触れ、一条の血がつぅーーっと流れ落ちるのが見えた。
「あと、すこし!」
 が、そこまでだった。
 空から針の銃弾が降り注いだ。
 針は両手で刀の柄をもったまま膠着こうちゃくしていたマンゲツを、容赦なく突き刺した。悲鳴こそこらえたが、激痛のあまり手から力が抜けた。
 その緩みをプルートゥは見逃さなかった。プルートゥは掴んでいたマンゲツの腕を力任せに横にふった。マンゲツはひとたまりもなく、空中に放りだされ、そのまま地面に激突した。マンゲツの背中が子供向け遊具のいくつかをなぎ倒す。からだに刺さっていた針が、衝撃でさらに深く食い込み、ふたたび衝撃的な痛みがヤマトを襲った。今度は我慢できず、思わず苦悶の声を漏らした。
 一瞬ののち、痛みが遮断されても、ヤマトの目はかすみ、視線がさだまらなかった。だが、早く体勢を立て直さねば、という強い気持ちだけは切れなかった。
 プルートゥの反撃を受けることだけは避けねばならない。ヤマトは身構えた。
 だが、なんの衝撃も来なかった。
 目をしばたいてあたりを見回す。ヤマトの気負う心に肩透かしでも食らわすかのように、辺りの気配はおだやかで、なんにも感じられない。すばやく周辺を映しているモニタに目を走らせる。
 なにも居なかった。
 足元のカメラの映像には、地面にびっしりと突き刺さった針の山。ヤマトはサムライソードの柄が転がっているのに気づいて拾いあげた。すでに光の刀身は光の力をうしなっている。先ほどまでプルートゥのコックピットに刺さっていたはずのものだ。
「司令部、どうなってる?」
「消えたよ」
 ブライトが吐き捨てるように言った。
「逃げられたのか?」
「あぁ、そうだ」
 ヤマトはため息をつきながら、絞り出すように訊いた。
「レイは……。レイはどうなった?」
 そう訊きながら、レイのセラ・サターンを映しだしているカメラに目をやった。モニタに映っているセラ・サターンはちょうど、ゆっくりと身体を起こしているところだった。あの亜獣アトンの猛攻撃をなんとか、しのぎ切ったらしい。
「レイは無事よ」
 リンの報告に続いて、エドが事務的に追加情報を付け加えた。
「アトンの活動限界時間が来てくれて、助かった、というところだ」
 それを聞いて、ヤマトは胸をなでおろしている自分がいることに気づいた。あのとき、助けを断り、見限ろうとしたレイの無事を、今さらながら気づかおうとする態度は、自分でも偽善的とは思ったが、それでもホッとしたのは確かだった。
 ヤマトは地面に転がっているサムライソードの柄を拾いあげた。
「ヤマト、帰投します」
 ヤマトが司令部に告げると、モニタ越しにレイの「レイ、帰投します」という声が聞こえてきた。コックピット内の映像で見る限りでは、レイはかなり疲れ切っているように見えた。いや、もしかしたら彼女のことだ。亜獣を仕留め損ねたことに落胆しているだけかもしれない。
 が、それは自分もおなじだ。
 一回で仕留め損ねたのは、いつ以来だろうか?。
 あと十体程度、ひとりでなんとかしてみせる、と豪語していたが、今回の戦いで亜獣の質があきらかに変容してきていると確信した。いままでS級と分類していた、つよい能力をもつ亜獣とはまたちがう種類の強さがあるように感じた。いくつもの能力を一体で有しているのみならず、それが変化したり、あらたに付加されていく、というのは、S級をしのぐと考えざるをえなかった。
 亜獣の予想外な脅威的進化をみれば、この先、共闘できる者がいてくれるのは、けっしてマイナスではなさそうだ。ヤマトは心からそう思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

❤️レムールアーナ人の遺産❤️

apusuking
SF
 アランは、神代記の伝説〈宇宙が誕生してから40億年後に始めての知性体が誕生し、更に20億年の時を経てから知性体は宇宙に進出を始める。  神々の申し子で有るレムルアーナ人は、数億年を掛けて宇宙の至る所にレムルアーナ人の文明を築き上げて宇宙は人々で溢れ平和で共存共栄で発展を続ける。  時を経てレムルアーナ文明は予知せぬ謎の種族の襲来を受け、宇宙を二分する戦いとなる。戦争終焉頃にはレムルアーナ人は誕生星系を除いて衰退し滅亡するが、レムルアーナ人は後世の為に科学的資産と数々の奇跡的な遺産を残した。  レムールアーナ人に代わり3大種族が台頭して、やがてレムルアーナ人は伝説となり宇宙に蔓延する。  宇宙の彼方の隠蔽された星系に、レムルアーナ文明の輝かしい遺産が眠る。其の遺産を手にした者は宇宙を征するで有ろ。但し、辿り付くには3つの鍵と7つの試練を乗り越えねばならない。  3つの鍵は心の中に眠り、開けるには心の目を開いて真実を見よ。心の鍵は3つ有り、3つの鍵を開けて真実の鍵が開く〉を知り、其の神代記時代のレムールアーナ人が残した遺産を残した場所が暗示されていると悟るが、闇の勢力の陰謀に巻き込まれゴーストリアンが破壊さ

CREATED WORLD

猫手水晶
SF
 惑星アケラは、大気汚染や森林伐採により、いずれ人類が住み続けることができなくなってしまう事がわかった。  惑星アケラに住む人類は絶滅を免れる為に、安全に生活を送れる場所を探す事が必要となった。  宇宙に人間が住める惑星を探そうという提案もあったが、惑星アケラの周りに人が住めるような環境の星はなく、見つける前に人類が絶滅してしまうだろうという理由で、現実性に欠けるものだった。  「人間が住めるような場所を自分で作ろう」という提案もあったが、資材や重力の方向の問題により、それも現実性に欠ける。  そこで科学者は「自分達で世界を構築するのなら、世界をそのまま宇宙に作るのではなく、自分達で『宇宙』にあたる空間を新たに作り出し、その空間で人間が生活できるようにすれば良いのではないか。」と。

もうダメだ。俺の人生詰んでいる。

静馬⭐︎GTR
SF
 『私小説』と、『機動兵士』的小説がゴッチャになっている小説です。百話完結だけは、約束できます。     (アメブロ「なつかしゲームブック館」にて投稿されております)

MMS ~メタル・モンキー・サーガ~

千両文士
SF
エネルギー問題、環境問題、経済格差、疫病、収まらぬ紛争に戦争、少子高齢化・・・人類が直面するありとあらゆる問題を科学の力で解決すべく世界政府が協力して始まった『プロジェクト・エデン』 洋上に建造された大型研究施設人工島『エデン』に招致された若き大天才学者ミクラ・フトウは自身のサポートメカとしてその人格と知能を完全電子化複製した人工知能『ミクラ・ブレイン』を建造。 その迅速で的確な技術開発力と問題解決能力で矢継ぎ早に改善されていく世界で人類はバラ色の未来が確約されていた・・・はずだった。 突如人類に牙を剥き、暴走したミクラ・ブレインによる『人類救済計画』。 その指揮下で人類を滅ぼさんとする軍事戦闘用アンドロイドと直属配下の上位管理者アンドロイド6体を倒すべく人工島エデンに乗り込むのは・・・宿命に導かれた天才学者ミクラ・フトウの愛娘にしてレジスタンス軍特殊エージェント科学者、サン・フトウ博士とその相棒の戦闘用人型アンドロイドのモンキーマンであった!! 機械と人間のSF西遊記、ここに開幕!!

雨上がりに僕らは駆けていく Part1

平木明日香
恋愛
「隕石衝突の日(ジャイアント・インパクト)」 そう呼ばれた日から、世界は雲に覆われた。 明日は来る 誰もが、そう思っていた。 ごくありふれた日常の真後ろで、穏やかな陽に照らされた世界の輪郭を見るように。 風は時の流れに身を任せていた。 時は風の音の中に流れていた。 空は青く、どこまでも広かった。 それはまるで、雨の降る予感さえ、消し去るようで 世界が滅ぶのは、運命だった。 それは、偶然の産物に等しいものだったが、逃れられない「時間」でもあった。 未来。 ——数えきれないほどの膨大な「明日」が、世界にはあった。 けれども、その「時間」は来なかった。 秒速12kmという隕石の落下が、成層圏を越え、地上へと降ってきた。 明日へと流れる「空」を、越えて。 あの日から、決して止むことがない雨が降った。 隕石衝突で大気中に巻き上げられた塵や煤が、巨大な雲になったからだ。 その雲は空を覆い、世界を暗闇に包んだ。 明けることのない夜を、もたらしたのだ。 もう、空を飛ぶ鳥はいない。 翼を広げられる場所はない。 「未来」は、手の届かないところまで消え去った。 ずっと遠く、光さえも追いつけない、距離の果てに。 …けれども「今日」は、まだ残されていた。 それは「明日」に届き得るものではなかったが、“そうなれるかもしれない可能性“を秘めていた。 1995年、——1月。 世界の運命が揺らいだ、あの場所で。

宇宙人へのレポート

廣瀬純一
SF
宇宙人に体を入れ替えられた大学生の男女の話

ビキニに恋した男

廣瀬純一
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光
SF
 その日、1973年のある日。空から降りてきたのは神の祝福などではなく、終わりのない戦いをもたらす招かれざる来訪者だった。  現れた地球外の不明生命体、"幻魔"と名付けられた異形の怪異たちは地球上の六ヶ所へ巣を落着させ、幻基巣と呼ばれるそこから無尽蔵に湧き出て地球人類に対しての侵略行動を開始した。コミュニケーションを取ることすら叶わぬ異形を相手に、人類は嘗てない絶滅戦争へと否応なく突入していくこととなる。  そんな中、人類は全高8mの人型機動兵器、T.A.M.S(タムス)の開発に成功。遂に人類は幻魔と対等に渡り合えるようにはなったものの、しかし戦いは膠着状態に陥り。四十年あまりの長きに渡り続く戦いは、しかし未だにその終わりが見えないでいた。  ――――これは、絶望に抗う少年少女たちの物語。多くの犠牲を払い、それでも生きて。いなくなってしまった愛しい者たちの遺した想いを道標とし、抗い続ける少年少女たちの物語だ。 表紙は頂き物です、ありがとうございます。 ※カクヨムさんでも重複掲載始めました。

処理中です...