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第一章 第三節 幻影
第50話 あぁ、あのセラ・サターンを倒そう……
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「タケル。あン時のこと憶えてるか。インドでの戦いをサ」
アヤトがにこやかな顔をして言った。
こいつは……、自分の脇に経っているこの神名朱門は幻影だ。ヤマトは心のなかでそれを反芻した。
が、その顔をみたとたん、ヤマトは一気にフラッシュバックに襲われた。
「あの日は暑かったよな」
これは自分の記憶から、亜獣が作り出した幻覚に過ぎない。ヤマトはわかっていた。それなのに、ヤマトはそのことばに素直に返事をしてしまっていた。
「あぁ、確かに暑かった」
ヤマトはアヤトとはじめて一緒に戦った、あの日に引き戻されていた。
「それにしても人が多すぎる」
アヤトが空を見あげながら言った。
空はスカイ・モービルで埋め尽くされていた。民生用の誘導電磁パルスレーンは、逃げようとするスカイモービルの渋滞で、遅々として進まない。そのせいで晴天とは思えないほど、辺りは暗かった。
渋滞は空だけではなかった。各所にある道路の映像に目をむけると、幹線道路の『アクラバー・ロード』をはじめ、ほとんどの支線でも身動きできなくなった車が、道を埋め尽くしているのがわかった。
「なんだって、タージマハール廟の近くにこんなに人がいっぱいいるんだ」
正面をみると、世界遺産タージマハールの手前側に、100階はゆうに越える高層ビルが驚くほど乱立している。景観を損ねないように廟の敷地内には手を付けられて居なかったが、その手前の街は不自然なほどに高層ビルが建ち並んでいた。それぞれのビルには壁面を埋め尽くすように、何重にも積み重なって3D看板が動きまくっていて、CGキャラや映画のスーパースターが、歌い踊って、商品の宣伝に忙しそうだ。ヤマトにはなじみのない食べ物や宗教的意味合いの強い装飾品に興味を感じたが、この緊迫している状況では、それらは単に目にうるさいものでしかなかった。
ヤマトは正面のモニタに目を向けた。
タージマハール正面に「アクロバン」と命名された亜獣がいた。
水色がかった透明のからだは、まるでゼリーで作られているかのような質感で、動くたびにぶよぶよとだらしなく体躯が揺れていた。からだが透明なせいで、外側から臓器や骨格がまるみえで、簡単に急所とおぼしき場所すら特定できていた。しかし、その弾力が強いからだは、マンゲツのサムライソードの刃をまったく受けつけなかった。
下半身にあるイソギンチャクのような無数の触手を動かしながら、ずりずりと進むアクロバンは、その触手の一部をまるでカメレオンの舌のようにあたりに繰り出していた。すでにその舌に掴まった犠牲者は数千人を越えており、透明なからだに取り込まれゆっくりと消化されていっていた。
最悪なことに、透明なからだのせいで人間が消化される様子がまる見えで、それがニューロン・ストリーマ等を通じて共有され、収拾がつかないほどのパニックを引き起こしていた。
「さあて、どうするよ」とアヤトが言った。
「父さんたちを待って……」
「バカなこと言うなよ、タケル。おやっさんは今、ニュージーランドだ。駆けつけてきたときゃ、こいつはむこうに戻ってるよ」
ヤマトは押し黙った。
「さて、おまえのご自慢のサムライソードの刃が通らねーとなると、どうすりゃいいかね?」
アヤトはのんびりとした調子で思案をしていたが、ヤマトはマンゲツのデッドマン・カウンターがさきほどからゆっくりだが、間断なく、パタッ、パタッとリズムを刻んでいるのが気になって仕方がなかった。
「アヤト兄ぃ、早くしないと犠牲者が……」
「おいおい、そんなこと言ってるとまた怒られるぞ…」
「ひとの命なんでどうでもいいって、おやっさんに散々叩き込まれただろ、まったく」
「うん、そうだけど……」
「そんな甘っちょろい考えじゃあ、戻ったらまたおやっさんにぶん殴られるぞ」
「あ、うん」
「この国の人口は、今現在で10億人。100万、200万の生き死にに、そこまで大騒ぎしても仕方ねーだろ」
ヤマトはちらりとデッドマン・カウンターに目をやって黙り込んだ。
アヤトはエドを呼びだした。
「エド、この亜獣……えーと、アクロンだっけ、こいつの弱点わかったかい?」
モニタにエドが神経質そうな顔をして現れた。
「アクロバンだ、アヤトくん」
そうひと言、修正すると、エドは3D映像を操りながら、説明しはじめた。
「アクロバンは見てのとおり、からだの構造が外からみてとれるので急所は丸見えだ」
「エド、そんなのをわかってるさ。だが、皮膚とも脂肪ともつかねぇヤツが、ぶ厚すぎてまったく刃が通らねーから困ってるんだよ」
エドがアヤトにムッとした目をむけると、亜獣の映像をくるりと回して、背面からの角度に切り替えて首筋を指さしながら言った。
「ここをみてもらえるとわかるが、人間でいうところの延髄にあたる部分、ここがその皮膚が一番薄い場所になる」
「んじゃあ、そこ狙って刺せば倒せるってことかい」
「アヤト君、さっきからヤマト君の刃がさんざん跳ね返されただろ。簡単じゃない」
「どーすんのさ」
「このブヨブヨとした身体に穴を穿つには、摩擦によるダメージが有効だ」
その意味に気づいたアヤトが口をにやつかせた。
「おっ、そいつは俺の出番ってことだね」
エドはあきらかに気分をそこねた顔つきで「あぁ、きみのドリル型の兵器が役にたちそうだ」と言った。アヤトは額に手をあて、嬉しさを爆発させた。
「カァーーーッ、そいつはうれしいね。いっつもツルハシみたいなダっさい武器で戦わされてたからね」
そこへ仏頂面をしたアルの映像がわりこんできた。
「すまなかったな、アヤト。ダっさい武器で」
「アル、そーなんだよ。俺もサァ、タケルみたいにかっこいい武器が……」
「アヤト、武器の感想はいいから、急いでくれ」
司令室からブライト司令が苦言を呈した。
「あいよ」
アヤトは相手が司令官であろうとも、飄々とした態度で軽口を叩いた。ブライトはあからさまにムッとした顔をしたが、ヤマトはアヤトがこういう生意気な口をきくときは、かなり自信があるときの兆候だと、父から聞いていた。
アヤトの乗るセラ・マーズが右肩に装着されていたドリル兵器に手を伸ばした。ふだんは厳ついデザインを感じさせるだけの飾り程度の役割しかなかったが、取り外すことで武器になる。マーズがドリル兵器の把手部分をつかんで引きはがすと、ずしりとした重みがマーズの腕にのしかかった。アヤトはすぐにその兵器を持ち替えると、両手で構えてみせた。ウィーンという低い音とともにドリルの先端が高速回転しはじめる。
アヤトがヤマトのほうにウインクをして言った。
「さあ、準備はできたぜ。穴は俺がしっかり空けてやるから、おまえがソードでとどめをさせ」
「アヤト兄ぃ。了解だ」
「だな。タケル、おれたち二人は『愚連隊』。息のあったとこ、いっちょ見せてやろうぜ」
ふと、フラッシュバックが消えた。
「あんときのオレのドリル捌きどうだったよ?」
ヤマトは破顔した。
「あぁ、あの時のアヤト兄ぃは見事だった。一発で亜獣の急所に穴を掘って……」
「そんでおまえが電光石火の突きで、あっと言う間に片づけちまったな」
ヤマトは上気したような表情で、何回もうなずいた。
「ンじゃあ、今度も一撃で始末しちまおうぜ」
「いいね」
「あそこにいるデミリアン、セラ・サターンをサ」
ヤマトはうわごとのように繰り返した。
「あぁ、あのセラ・サターンを倒そう……」
そういうと、ヤマトは操縦桿をひき、ペダルを踏み込んだ。
マンゲツは背中に帯同している、サムライソードを引き抜くと、セラ・サターンのほうにゆっくりと歩きだした。
アヤトがにこやかな顔をして言った。
こいつは……、自分の脇に経っているこの神名朱門は幻影だ。ヤマトは心のなかでそれを反芻した。
が、その顔をみたとたん、ヤマトは一気にフラッシュバックに襲われた。
「あの日は暑かったよな」
これは自分の記憶から、亜獣が作り出した幻覚に過ぎない。ヤマトはわかっていた。それなのに、ヤマトはそのことばに素直に返事をしてしまっていた。
「あぁ、確かに暑かった」
ヤマトはアヤトとはじめて一緒に戦った、あの日に引き戻されていた。
「それにしても人が多すぎる」
アヤトが空を見あげながら言った。
空はスカイ・モービルで埋め尽くされていた。民生用の誘導電磁パルスレーンは、逃げようとするスカイモービルの渋滞で、遅々として進まない。そのせいで晴天とは思えないほど、辺りは暗かった。
渋滞は空だけではなかった。各所にある道路の映像に目をむけると、幹線道路の『アクラバー・ロード』をはじめ、ほとんどの支線でも身動きできなくなった車が、道を埋め尽くしているのがわかった。
「なんだって、タージマハール廟の近くにこんなに人がいっぱいいるんだ」
正面をみると、世界遺産タージマハールの手前側に、100階はゆうに越える高層ビルが驚くほど乱立している。景観を損ねないように廟の敷地内には手を付けられて居なかったが、その手前の街は不自然なほどに高層ビルが建ち並んでいた。それぞれのビルには壁面を埋め尽くすように、何重にも積み重なって3D看板が動きまくっていて、CGキャラや映画のスーパースターが、歌い踊って、商品の宣伝に忙しそうだ。ヤマトにはなじみのない食べ物や宗教的意味合いの強い装飾品に興味を感じたが、この緊迫している状況では、それらは単に目にうるさいものでしかなかった。
ヤマトは正面のモニタに目を向けた。
タージマハール正面に「アクロバン」と命名された亜獣がいた。
水色がかった透明のからだは、まるでゼリーで作られているかのような質感で、動くたびにぶよぶよとだらしなく体躯が揺れていた。からだが透明なせいで、外側から臓器や骨格がまるみえで、簡単に急所とおぼしき場所すら特定できていた。しかし、その弾力が強いからだは、マンゲツのサムライソードの刃をまったく受けつけなかった。
下半身にあるイソギンチャクのような無数の触手を動かしながら、ずりずりと進むアクロバンは、その触手の一部をまるでカメレオンの舌のようにあたりに繰り出していた。すでにその舌に掴まった犠牲者は数千人を越えており、透明なからだに取り込まれゆっくりと消化されていっていた。
最悪なことに、透明なからだのせいで人間が消化される様子がまる見えで、それがニューロン・ストリーマ等を通じて共有され、収拾がつかないほどのパニックを引き起こしていた。
「さあて、どうするよ」とアヤトが言った。
「父さんたちを待って……」
「バカなこと言うなよ、タケル。おやっさんは今、ニュージーランドだ。駆けつけてきたときゃ、こいつはむこうに戻ってるよ」
ヤマトは押し黙った。
「さて、おまえのご自慢のサムライソードの刃が通らねーとなると、どうすりゃいいかね?」
アヤトはのんびりとした調子で思案をしていたが、ヤマトはマンゲツのデッドマン・カウンターがさきほどからゆっくりだが、間断なく、パタッ、パタッとリズムを刻んでいるのが気になって仕方がなかった。
「アヤト兄ぃ、早くしないと犠牲者が……」
「おいおい、そんなこと言ってるとまた怒られるぞ…」
「ひとの命なんでどうでもいいって、おやっさんに散々叩き込まれただろ、まったく」
「うん、そうだけど……」
「そんな甘っちょろい考えじゃあ、戻ったらまたおやっさんにぶん殴られるぞ」
「あ、うん」
「この国の人口は、今現在で10億人。100万、200万の生き死にに、そこまで大騒ぎしても仕方ねーだろ」
ヤマトはちらりとデッドマン・カウンターに目をやって黙り込んだ。
アヤトはエドを呼びだした。
「エド、この亜獣……えーと、アクロンだっけ、こいつの弱点わかったかい?」
モニタにエドが神経質そうな顔をして現れた。
「アクロバンだ、アヤトくん」
そうひと言、修正すると、エドは3D映像を操りながら、説明しはじめた。
「アクロバンは見てのとおり、からだの構造が外からみてとれるので急所は丸見えだ」
「エド、そんなのをわかってるさ。だが、皮膚とも脂肪ともつかねぇヤツが、ぶ厚すぎてまったく刃が通らねーから困ってるんだよ」
エドがアヤトにムッとした目をむけると、亜獣の映像をくるりと回して、背面からの角度に切り替えて首筋を指さしながら言った。
「ここをみてもらえるとわかるが、人間でいうところの延髄にあたる部分、ここがその皮膚が一番薄い場所になる」
「んじゃあ、そこ狙って刺せば倒せるってことかい」
「アヤト君、さっきからヤマト君の刃がさんざん跳ね返されただろ。簡単じゃない」
「どーすんのさ」
「このブヨブヨとした身体に穴を穿つには、摩擦によるダメージが有効だ」
その意味に気づいたアヤトが口をにやつかせた。
「おっ、そいつは俺の出番ってことだね」
エドはあきらかに気分をそこねた顔つきで「あぁ、きみのドリル型の兵器が役にたちそうだ」と言った。アヤトは額に手をあて、嬉しさを爆発させた。
「カァーーーッ、そいつはうれしいね。いっつもツルハシみたいなダっさい武器で戦わされてたからね」
そこへ仏頂面をしたアルの映像がわりこんできた。
「すまなかったな、アヤト。ダっさい武器で」
「アル、そーなんだよ。俺もサァ、タケルみたいにかっこいい武器が……」
「アヤト、武器の感想はいいから、急いでくれ」
司令室からブライト司令が苦言を呈した。
「あいよ」
アヤトは相手が司令官であろうとも、飄々とした態度で軽口を叩いた。ブライトはあからさまにムッとした顔をしたが、ヤマトはアヤトがこういう生意気な口をきくときは、かなり自信があるときの兆候だと、父から聞いていた。
アヤトの乗るセラ・マーズが右肩に装着されていたドリル兵器に手を伸ばした。ふだんは厳ついデザインを感じさせるだけの飾り程度の役割しかなかったが、取り外すことで武器になる。マーズがドリル兵器の把手部分をつかんで引きはがすと、ずしりとした重みがマーズの腕にのしかかった。アヤトはすぐにその兵器を持ち替えると、両手で構えてみせた。ウィーンという低い音とともにドリルの先端が高速回転しはじめる。
アヤトがヤマトのほうにウインクをして言った。
「さあ、準備はできたぜ。穴は俺がしっかり空けてやるから、おまえがソードでとどめをさせ」
「アヤト兄ぃ。了解だ」
「だな。タケル、おれたち二人は『愚連隊』。息のあったとこ、いっちょ見せてやろうぜ」
ふと、フラッシュバックが消えた。
「あんときのオレのドリル捌きどうだったよ?」
ヤマトは破顔した。
「あぁ、あの時のアヤト兄ぃは見事だった。一発で亜獣の急所に穴を掘って……」
「そんでおまえが電光石火の突きで、あっと言う間に片づけちまったな」
ヤマトは上気したような表情で、何回もうなずいた。
「ンじゃあ、今度も一撃で始末しちまおうぜ」
「いいね」
「あそこにいるデミリアン、セラ・サターンをサ」
ヤマトはうわごとのように繰り返した。
「あぁ、あのセラ・サターンを倒そう……」
そういうと、ヤマトは操縦桿をひき、ペダルを踏み込んだ。
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